8章 5話 第2次侵攻
「あの影使いの拠点はこの町ってわけか」
レイチェルは眼下に広がる街並みを見下ろした。
レイチェル、ルーシー、ガロウ、グレミィ。
【先遣部隊】の4人は山林を歩いていた。
そしてついに、魔都を囲むように広がっていた森を抜けたわけだ。
「ふむ! しかしなぜここを狙うのだ!? ここが奴らの拠点であるのなら、相応の準備をしていると思うだのが!」
ガロウが声を上げる。
今回、敵の主戦力である影浦景一郎の場所が割れている。
となれば選べる選択肢は2つ。
彼のいる場所を狙うか、彼のいない場所を狙うか。
レイチェルが選択したのは――前者だった。
「じゃあ何? あんな原始人にビビって、アイツらのいない場所を狙えば良かったってわけ!?」
それに嚙みついたのがルーシーだ。
彼女にはガロウの話が屈辱的だったらしい。
――もっとも、実際には影浦景一郎のいる場所を狙っているのだから、わざわざ不満を漏らす必要はないと思うのだが。
「ゲームは弱いところから狙うのが定石だお」
そう語るのはグレミィ。
彼としては、守りが薄いであろう場所を狙いたかったようだ。
とはいえレイチェルにも考えはある。
「支配圏が広がってからアイツらと戦うのは面倒臭いからな。まだ陣地を守るのに人手を割かなくて良い今のうちに、敵の主力を潰しておこうって話だよ」
守りの薄い場所を狙えばすぐに支配権は広がってゆくだろう。
しかしそうなれば、今度はこちらが防衛側に回ることとなる。
守勢にこちらが回ったとき、攻め手にあの影使いがいるのは都合が悪い。
だからレイチェルは領土を広げることより、この国の抵抗手段を削いでゆくことに決めたのだ。
景一郎本人を殺すのは後回しとして、彼の手足となって動ける駒くらいは潰しておきたい。
「それにしても、意外と田舎だお」
グレミィがぼやく。
確かに目の前の町は、魔都に比べて随分と田舎じみている。
山に囲まれ、建物の高さは比べるまでもない。
それに人通りもここからは確認できない。
「確かにな。あんな奴がいるくらいだから、もっと研究施設がうようよしてんのかと思ってたぜ」
こちらの世界の【混成世代】。
文明の習熟度から推察するに、あの影使いはこの世界の最新技術の結晶のはず。
だから彼の拠点は、この世界でもっとも技術レベルが進んでいると予想していたのだけれど。
「町中に入っちまったら高度が確保できそうにないな」
魔都であれば、高度から攻撃できるビルはいくつもあった。
しかしこの町では、中に入ってしまえば周囲を一望できるような高層ビルはない。
「ってわけでグレミィ。――ここからで良いぜ?」
「オケだお」
ゆえにレイチェルはグレミィにそう指示を出した。
のそりと進むグレミィ。
彼は山林の中でも比較的開けた場所に位置取る。
斜め45度。
彼は大口を開け、正確な角度で空を仰いだ。
開いた口腔。
そこから――複数の魔弾が放たれる。
1つ1つが人間を包み込めそうな大きさの魔弾。
それは上空へと射出され――放物線を描く。
そのまま魔弾は町へと落下した。
轟音。
激しい音と風圧がこちらまで届く。
あれは爆撃だ。
グレミィが曲斜射撃によって撃ち込んだ炸裂弾が町中で爆発したのだ。
曲斜射撃は撃つ場所が高所であるほど遠くまで届く。
今回の場合、山中から撃てば町の広範囲に炸裂弾をばらまけそうだ。
「なんか、このまま壊滅するんじゃないかしら」
「なんと! それでは我々は来なくとも良かったではないか!」
ルーシーとガロウはグレミィの攻撃をただ眺めている。
この距離では彼女たちの攻撃は町に届かないし、する必要もない。
あの町が火の海になるまで10分も必要ないのだから。
「おっほー。さらにもう1発だお」
グレミィの宣言とともに、彼の口元に魔力が集まってゆく。
大量の魔力を圧縮し、放つ大技。
溜めこそ長いが、威力は炸裂弾の数倍では済まない。
「この規模の街なら、これで壊滅ね」
ルーシーは嘆息する。
グレミィの収束砲なら、あれくらいの規模の町は端から端まで両断するだろう。
だからこの町を守りたいのなら、彼の魔力充填が終わるまでの数秒がラストチャンスだった。
「お~~~~っほぉぉぉぉぉぉッ!」
グレミィの口から強大な光線が放たれる。
そのレーザーはすさまじい魔力を内包している。
レイチェルは閃光の行く先を目で追い――
「――対応が早いな」
――結界に止められるのを見た。
数十枚にも及ぶ結界が重なり、収束砲を阻んでいる。
おそらく1人の冒険者による魔法ではない。
複数人の冒険者が協力して作り出した結界だ。
「でも、止められるわけがないおぉ」
だがそれも数秒のこと。
収束砲は次々に結界を貫いてゆく。
1枚、2枚。
砕けた結界の数が、残る結界の枚数を越えてゆく。
そして最後の1枚が――割れた。
あらゆる抑圧をはねのけた収束砲がついに町へと着弾する。
狙うのはこの町中でも特に大きな和風の屋敷。
あれが拠点かは分からないが、重要な施設である可能性が高い。
だからあれを潰せば――
「……へぇ」
目に見えた破滅。
しかしレイチェルは、想定を外れた未来に声を漏らした。
「ほう! なかなかの盾役がいるではないか!」
それは1人の少女だった。
少女は大盾を構え、収束砲を受け止めたのだ。
とはいえ実力差は歴然。
少女の防御力では収束砲を防ぐに至らない。
それでも彼女は――収束砲の軌道を逸らして見せた。
大盾を破壊され。
自分自身は遥か後方に吹き飛ばされ。
それでも屋敷を破壊されることだけは阻止した。
「1キロ以上離れたところから、しかも何枚も結界を貫いた後の砲撃を逸らしただけでしょ。もう1発撃てば終わりよ」
ルーシーはそう唇を尖らせた。
有効射程ギリギリ。
それも結界でかなり威力は減衰していたはず。
しかも正面から受け止めたわけではない。
さらにいえば防具を犠牲にしてのガード。
確かにさっきの攻防は、かなりの要素が味方したからこその奇跡。
そして、もう2度目はない。
「グレミィ。次の収束砲はいつ撃てるようになるんだ?」
「あと5分だお」
レイチェルの確認にグレミィはそう返す。
「5分か。さすがに向こうも、次の収束砲は撃たせてくれねぇだろうな」
5分もあれば、足の速い冒険者なら充分にここに到着する。
敵も、何もせずに次を撃たせてくれるほど無能ではないだろう。
「じゃあグレミィはこの山で待機。隠れ場所を変えつつ、エネルギーの充填が終わり次第に次々と撃つって感じで行くか」
グレミィを町中に連れてゆくメリットは薄い。
それならば山中に待機させ、敵の射程外から爆撃を続けるべきだ。
「それじゃあ女の子食べられないお~」
「どうせお前を抑えるために何人かこっちに来るだろ。それで満足しといてくんねぇかな」
「分かったお~」
渋々ながらもグレミィは山林を跳ねるように駆けてゆく。
これで敵陣営が収束砲の発射地点へと追っ手を放っても、すぐに彼を捕捉することは難しいだろう。
「それじゃあ、残る俺たちで敵地に侵入と行くか」
町の外部と内部から同時に攻め落とす。
そのため、レイチェルたちは移動を開始した。
第2次侵攻編――開始。




