1章 14話 裁く影
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
最初に動いたのは大石だった。
大盾を構え、景一郎に向かってタックルを繰り出した。
戦士系である【ソルジャー】の突進。
身体能力で劣る【罠士】には受け止められるはずもない攻撃。
しかし――
「トラップ・セット――【矢印】」
景一郎は大石を手の甲で受け止める。
直後、トラップが発動する。
「ぐおぉっ!?」
矢印が発動したことで、大石は真横に吹っ飛ばされる。
大石は岩場を勢いよく転がった。
「な、なんだ……!?」
何が起こったのかも分からず、大石は困惑の表情を見せる。
そんな彼を景一郎は冷たく見つめた。
「パワー寄りの職業だからタックルを選択したんだろうけど……はっきり言って微妙だな。スピードがないから対応は簡単だし、重戦車と言えるほどのパワーもないから小細工に負ける」
景一郎はそう吐き捨てる。
強い冒険者。
それはレベルやスキルだけの話ではない。
――自分の適性を理解しているかだ。
魔都にいるような冒険者は、自分の力を100%発揮する術を知っている。
それが凡百と、壁を超える者の違い。
「この……カス職業がァァァッ!」
大石は雄叫びを上げ、景一郎に再び突っ込む。
身体能力で勝っているという自負があるからこそ、それだけで彼を押し込められると妄信しているのだ。
だから別の手段を模索できない。
「盾役が味方を放置してどうするんだ?」
タンクであるはずの大石が景一郎に執着してしまう。
その時点で、味方を守るポジションにいる者として失格だ。
「トラップ・セット」
景一郎の掌に上向きの矢印が現れる。
そして彼は、迫る大石に掌打を叩きこんだ。
大石は盾で防ぐものの、矢印は盾ごと彼の体を空中に打ち上げた。
「トラップ・セット――【矢印】+【炎】」
景一郎が拍手すると、炎の柱が大石を襲う。
「うおおおお!?」
地に足のついていない大石にそれを躱す術はない。
火柱は勢いよく彼の腹へと抉り込んでいった。
炎は彼の鎧に大穴を開け、彼の体を遠くに跳ね飛ばした。
「実力に比べて優秀な鎧だったからな。死にはしないだろ」
【斬】のトラップを使えば、彼らを殺すことは簡単だ。
だが、それをするつもりはない。
彼の話を信じるのなら、犯行は今回が初めてではない。
すべてを剝ぎ取られ、ダンジョンとともに消えていった冒険者がいるはず。
ならば彼らは生かして――すべてを明らかにさせる必要がある。
生きて、罰を受けさせる。
「ッ……!」
景一郎が視線を向けると、田代が弓を構えた。
焦燥からかその手はブレており、照準を合わせるのがワンテンポ遅れた。
「構えるのが5秒遅い」
景一郎は魔都で多くの冒険者を見てきた。
戦う実力はなくとも、最前線の空気を肌で感じ続けてきたのだ。
だから、経験値では彼のほうがはるかに勝っていた。
一瞬の遅れで死ぬようなヒリついた戦場を大石たちは知らない。
立ち回りのシビアさが、景一郎より大きく劣っている。
「トラップ・セット――【デュエット】」
景一郎は指先に展開した矢印で小石を射出する。
流星のような一射は、田代が構えていた弓を撃ち折った。
「【デュエット】」
続けて小石の弾丸で田代の眉間を撃つ。
肉体強度の低い【アーチャー】はそれだけで気絶する。
「あと1人だな」
景一郎は残る1人――倉田と対峙する。
その距離は25メートル。
【ウィザード】である倉田の間合いだ。
「【罠士】が余裕ぶってるんじゃないんだよぉ!」
倉田はそう怒鳴り散らす。
そして、彼は口が裂けそうなほどに笑う。
「私をあいつらと一緒だと思うなよッ!」
倉田は両手を掲げる。
その十指には、大量の指輪がつけられていた。
「見てみろ! これはDランクの【属性強化シリーズ】だ!」
【属性強化シリーズ】とは、属性攻撃を強化する能力が付与された指輪のことだ。
景一郎が明乃に渡した指輪と同系統のものであり、1つ格が落ちる品だ。
「【属性強化シリーズ】をコンプリートしたことで強化された私の魔力はBランク! 否! Aランク【ウィザード】に匹敵するんだ! 私は! 私は、Cランクで頭打ちのあいつらとは持っているものが違うんだッ!」
声高々に倉田はそう演説する。
シリーズ装備は、セットで装備することでボーナス効果が得られる。
【属性強化シリーズ】のボーナス効果は魔力上昇。
潤沢な魔力から放たれる属性強化された魔法。
それは確かに驚異的だろう。
倉田は叫び、魔方陣を展開する。
放たれたのは炎の魔術だ。
属性強化の恩恵を受け、その炎の威力はすさまじい。
確かにBランクからAランク相当の炎魔法といっていいだろう。
「そう悲しいこと言うなよ。アンタら似た者同士だったぞ」
景一郎は短剣を取り出す。
宵闇の双剣。
それに矢印を貼り付けた。
「ッ……!」
景一郎は双剣で豪炎を斬りつける。
矢印が発動し、迫る炎の進行方向を反転させた。
「私の魔法が……!」
跳ね返った炎が倉田の真横をすり抜けた。
彼の目には、景一郎が双剣で魔法を反射したようにしか見えなかっただろう。
「ありえない! そうだありえない! だって私の……僕の魔法は! Bランクの【ウィザード】にだって破れないんだ……! 親切にしてやったのに、僕より早くBランクになった生意気な女も……僕が倒してやったんだ!」
倉田は発狂したように頭を掻く。
その口からこぼれるのは、吐き気のするような身勝手な言葉だけ。
「僕は、本来ならCランクなんかにとどまるような【ウィザード】じゃないんだぁッ! だからあいつらを煽動して、僕に見合う装備を――」
髪を振り乱す倉田。
錯乱したような彼の挙動は――隙だらけだった。
倉田が気づいた時には、景一郎はすでに彼へと肉薄していた。
その距離は1メートル。
もう魔術師の間合いではない。
「もう黙れ。お前の言う通り――お前はもう、Cランクなんて上等な立場にはとどまれないさ」
景一郎は双剣を振り上げた。
倉田は情けない悲鳴を上げながら両手で顔を守る。
だが、慈悲はない。
「トラップ・セット」
「――――【トリオ】」
双剣が擦れ合う。
左手の短剣に貼り付いていた矢印が発動し、右手の短剣が加速する。
制御できるギリギリのスピードで振るわれる短剣。
「ぐぇぇぇぇぇッ!?」
高速で振り下ろされた短剣の柄は倉田の両腕を叩き折り、その奥にあった彼の顔面へと叩き込まれた。
陥没する顔面。
鼻の骨が折れる感触が伝わってくる。
倉田はその場で崩れ落ちて失神した。
こうして、この場に立っているのは景一郎だけとなる。
「これだから、冒険者同士の揉め事は面倒なんだ」
景一郎は倒れた3人の強盗たちを見下ろしてそう呟いた。
景一郎が犯罪者を討ちました。