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8章  4話 聖域

「え、えええええええええええええ⁉」


 和室に詞の声が響いた。

 彼は取り乱した様子で景一郎に縋りつく。


「僕がリーダーやっちゃうの!?」


 そう言う詞はほとんど涙目だった。


「そんなに驚くことか?」


 確かに唐突に思えたのかもしれない。

 だが、それほど不自然な人選ではないと思うのだが。


「【面影】結成の発案者で創設メンバー。冒険者ランクも一番高い。順当な判断だろ」


 リーダーこそ景一郎が務めたものの、そもそも【面影】を作ったのは詞だ。

 そして彼はAランク冒険者である。

 実力としても経緯としても、一番違和感のない選出だと思うのだが。


「うう……だけどぉ」


 詞が唸る。


「不安か?」

「そりゃ、お兄ちゃんの代わりはちょっと荷が重いよぉ」

「そうか?」

「そうだよぉ」


 そんなものだろうか。


 景一郎からしてみるとリーダーとして指示こそ出していたものの、それほど難しいことをしていた認識はない。

 対外的な部分は明乃が担当してくれていた。

 むしろ景一郎のワガママに合わせる形で【面影】を動かしてきた自覚がある分、かなり楽をさせてもらったつもりだったのだが。

 

 とはいえ、そんな言い方をしたところで彼の意思は伝わらないだろう。


「正直に言って、俺はお前が一番リーダーに向いていると思ってる」


 だから景一郎はそう言って、詞の頭に手を置いた。


 彼は自分が戦うだけではなく、サポートに回れる視野の広さもある。

 彼ならば上手く【面影】を動かしていけるだろうと本気で思っている。

 

「俺も役職が変わるってだけで、別に冒険者を辞めるわけでも、どこか遠くに行くわけでもないんだ。ちゃんとサポートする。任されてくれないか?」


 それに景一郎は引退するわけではない。

 これからも同じところで戦い続けるのだ。

 いきなりリーダー交代を言い渡した以上、アフターケアを怠るつもりはない。


「んんぅ……」


 それでも踏ん切りがつかないのか、詞が声にならない声を漏らす。

 ――やはり難しいのだろうか。

 例は少ないが、詞と明乃の2人で共同リーダーとすることも視野に――



「お兄ちゃんは……僕ならやれるって思うの?」



 そんなとき、詞がそう口にした。

 黒い瞳を揺らし、それでも景一郎をまっすぐに見つめて。


「思わなかったら指名してない」

「そ……っか」


 詞が数歩下がる。

 前髪で隠れ、彼の表情は見えない。

 

「うん。分かった」


 だが――



「やるよ。――2代目リーダー」



 次に彼が見せたのは笑顔だった。

 少しぎこちない。

 不安は完全に拭えていなくて。

 それでも、強くあろうとする笑顔だった。


「ああ……頼む」


 ――この瞬間、【面影】の2代目リーダーが決定した。


「ん……それじゃあさっそくクラン名を決めるべき」


 【面影】のリーダーが確定したタイミングを見計らい、雪子がそう言った。


 クランというのは各々が勝手に名乗るものではなく、きちんと届出を出す必要があるものだ。

 そしてそうなれば、識別のための名称が必要となる。


「というわけで景一郎君」

「また俺か?」


 雪子に名指しされ、景一郎は考え込む。


(【先遣部隊】から世界を守るためのクラン、か)


 常識で考えて、Sランクの半分以上が所属しているクランというのは異常だ。

 だからこのクランは【先遣部隊】の脅威が去るまでのチームとするべきだろう。

 侵略を食い止めたら解散する――そんな【先遣部隊】を打倒するためだけにあるクラン。

 だとしたらふさわしい名前は――


「俺たちの目的は、何者にも侵されない……異世界の侵蝕を許さない聖域。だから【聖域】……ってのはどうだ?」



「それにしても、クラン結成を急がせる必要がありましたの?」


 明乃は隣にいる白い少女に問いかける。


 すでにこの部屋には明乃と来見しかいない。

 2人はクラン結成の手続きのためにこの場に残っていたのだ。

 ――そもそもSランク4人のクランなど本来なら結成できない。

 冒険者内のパワーバランスが崩れることもあり、協会もあまり良い顔をしないだろう。

 

 だからこそ天眼家、冷泉家の力で押し切る必要があるわけだ。


「わたくしもクラン結成は考えていましたわ。だから今回の件も同意いたしましたわ」


 今回の提案は来見によるものだった。

 それに明乃が同意したのは、彼女も同じようなことを考えていたからだ。


「ですが、もう少し時間をかけて進めていく予定だったのですけれど。実際、リーダー決めで少し手間取ったわけですし」


 だが、2人の考えで違ったのはその時期。

 明乃としてはもっと余裕を持って、時間をかけてクラン結成に踏み込んでも良いと考えていた。


 しかし来見は、多少強行であろうとも今日中にクラン結成の合意を得ることに固執していた。

 その理由が少し引っかかっていたのだ。


「言ったじゃないか。このままじゃ【面影】と【聖剣】が全員で【先遣部隊】と戦う状況を作るのは難しいからだって」

「それくらい天眼家の名前でどうにでもなるのでは、と言いたいですわね」

「――確かにね」


 天眼家の影響力はすさまじい。

 それこそ冷泉家とは比べ物にならないほどに。

 なんなら国家の決定を覆すことさえ可能だろう。

 そんな天眼家の当主である彼女が、こんな回りくどい手段を取る必要があるのだろうか。


「ま、クラン結成のメリットなんて半分は説得のための言い訳さ。もちろん他の目論見もある」

「?」

「次回の戦い、景一郎君は【面影】を指揮できない。だから、今のうちに新しい指揮官を立てておきたかったんだよ。景一郎君の代理じゃなくて、【面影】の『正式な指揮官』をね」


 ――景一郎が指揮できない。


 その言葉に明乃は眉を寄せる。

 彼の身に何かが起こると言いたいのだろうか。


「景一郎様が指揮できないとはどういう意味ですの?」

「それを話したら未来がブレちゃうから駄目だね。未来は知る人が少なければ少ないほど安定するんだから」


 尋ねてみたものの、来見ははぐらかす。

 きっと追及したところで意味などないのだろう。


 ただ、彼女の言いたいことは少し分かった。


 詳細は不明だが、次の戦いで景一郎の指示を受けられない事態となる。


 となれば【面影】の指揮は詞がすることになる可能性が高い。

 代理として、突発的に指揮官となるか。

 正式なリーダーに指名されたことで、わずかながら心の準備ができているか。

 その意識の違いが勝率に影響すると考えているのだろう。


「どうせこの戦いが終わったら、彼は【面影】のリーダーじゃいられなくなるわけだしね」

「今なんと――?」

「独り言だよ。ただの、ね」


 へらりと笑う来見。

 彼女は杖を手にすると、立ち上がる。

 そのまま彼女は部屋の外へと向かった。


「それじゃあ、手続きは任せても良いかな? まあ体裁さえ整えておいてくれたら、あとはこっちでどうにでもするけどね」


 そう言い残し、彼女は明乃に背を向ける。


「これで景一郎君が不在になるデメリットはできるだけ抑えた。あとはどんな布石を打っておくべきかな――」


 何かを呟きながら、来見は部屋を去っていった。


 主人公チームは、ここから【聖剣】の3人も加わって【聖域】となります。



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