7章 エピローグ2 救世の神の行きつく先
「うん。まあ70点かな?」
月光に照らされた和室で来見はそう呟いた。
開いた障子から寒風が吹きこんでくる。
熱を帯びた頭が冷めてゆく。
「本当は棘ナツメを使って、向こうの陣営を1人くらい削りたかったんだけどね。駒の交換には応じてくれなかったか。――油断ならない戦略家がいたみたいだね」
彼女が考えるのは先日の戦い。
【面影】を使って【聖剣】を奪還するための戦いだ。
しかし目的はそれだけではない。
それは棘ナツメを利用した敵戦力の消耗だ。
彼女は主である明乃を何よりも優先する。
だから彼女は明乃を――【面影】を逃がすための犠牲となり、最期に【先遣部隊】の1人を道連れにする予定だった。
棘ナツメはSランクに匹敵する強力な駒だ。
だが、彼女1人と交換で【先遣部隊】を削れるなら破格の未来――だったのだが。
未来がズレた原因は影浦景一郎だろう。
彼の到着が思いのほか早かった。
――ナツメが命を投げ打つ決意を固めるよりも遅く、【面影】に死人が出るよりも早い。
そんなタイミングを狙って景一郎に【聖剣】奪還作戦を伝えたのだけれど。
敵戦力を削れなかったが、思っていたよりも味方の駒が大きく育っていた。
この差異が戦局に与えてゆく影響を見極めていかねばならない。
「しかも次の戦いは妙に向こうの手際が良い。未来まで視て対策しているのに、どんどん裏をかいてくる」
すでに来見には次の戦いが見えていた。
期間にして1週間ほどの猶予。
今度は【先遣部隊】がこの町を攻めてくる。
いわば第2次侵攻といったところか。
「ん……これは、何か仕掛けられてるかもしれないね」
しかし今回の戦いにはいくつかの懸念がある。
「未来の揺れ方から考えるに、おそらく敵は景一郎君の位置を常に把握して動いているね」
来見が未来を参考に最適の手を打つ。
するとなぜか、相手は彼女の掌をするりと抜けてゆく。
――彼女の戦略が読めているかのように。
そもそも、ここが戦場になる理由も気になる。
確かにここは魔都に隣接しているエリアだ。
だが【先遣部隊】が――天眼邸のあるここをわざわざ狙っている。
偶然だろうか?
それとも、天眼邸が対異世界のための拠点となっていることが看破されているのか。
「困った。これじゃあ景一郎君という最高戦力が盤上から浮いて使い物にならないや」
そして最大の問題は景一郎だ。
【先遣部隊】が徹底して彼との接触を回避している。
リアルタイムで位置情報を手にしているかのように、正確に避けてくる。
おかげで最高戦力であるはずの景一郎が戦いに参加できず、一方的にこちらが被害を受けている。
「最悪リリスちゃんを投入する手もあるけど……多分、戦力が残っているうちは手伝ってくれないだろうし」
思い浮かべるのは救世の女神。
確かにリリスは1人で【先遣部隊】――いや、異世界の冒険者全員を相手にしても勝てるだろう。
しかし彼女は戦いに参加しない。
彼女の役割は救世。
しかし彼女のスタンスは現地の人間による救済。
あくまで間接的な支援にとどまり、基本的に彼女自身は静観の姿勢を保つ。
彼女が直接手を下すのは、現地の人間ではどうあがいても勝てなくなってから。
――つまり、景一郎たち【面影】や【聖剣】が全滅してからだ。
「【聖剣】も療養が必要だし……ギリギリ次の戦いまでに間に合わせられるかな? 間に合わなかったら詰んじゃってるかもね」
すでに【聖剣】は快方に向かっている。
しかし本当の意味で万全に戦えるようになるまでは少し時間が欲しい。
相手が【先遣部隊】である以上、欠片ほどの疲労さえ残っていてはいけないのだ。
「――なにやってるワケ?」
思考に集中していたせいだろうか。
来見は背後の気配に気づけていなかった。
「ふふ。次のゲームに向けて戦略を練っているのさ」
来見が振り返れば、そこには黒髪の少女――リリスがいた。
「ふぅん」
興味なさげにリリスはそう言った。
――彼女は世界の破滅を楽しむ。
女神でいて、悪魔のような存在。
現地の危機は現地の人間に任せる。
そういえば聞こえは良いが、彼女が絶対的な力で世界を救済しないのは――面白くないからだ。
だから現地の人間に手を貸し、彼らが滅びに抗う様子を楽しんでいるのだ。
あえて神としての力を振るうことなく。
「まあ……1人の人間を地獄に落とそうっていうんだからね。やるからには勝たせてもらうさ」
そしてリリスにとって、来見もそういう『抗う人間』の1人なのだろう。
必死に超越者を気取ろうとしているだけの人間。
未来が視えたところで、リリスにとって来見はただの人間でしかないのだから。
「地獄、ネ」
「いやいや、別に他意はないよ」
来見はへらりと笑う。
地獄。
確かに、リリスにとっては引っかかる言い回しだっただろう。
――少なからず、彼女に関わる話だから。
半神と化した景一郎の行きつく先は――女神リリスが立っている場所だから。
「別に気にしてないシ。アタシは、それなりに楽しんでやってるカラ」
「そういう心構えじゃないと、神様なんてやっていられないんだろうね」
――救済の女神。
そういえば輝かしく、尊い存在に聞こえるだろう。
しかし本質は違う。
救済の女神が現れるということは、その世界が救済を必要としていること。
その世界が、女神の助けなしには避けられないほどに破滅しかけているということ。
きっと生真面目で優しい女神だったのなら、そんな地獄から地獄へと渡り歩く日々は耐えがたい苦痛だろう。
世界の窮状に心を痛めることはない。
救済のために身を削ることもなく、適度に手を抜ける。
ある意味、そんなリリスでなければ務まらないのかもしれない。
「景一郎君はどうなるかなぁ」
「アンタなら視えてるんデショ」
「まあね」
来見は目を閉じる。
しかし瞼の裏には未来が映り続けている。
寝ても覚めても目を逸らしても。
未来は彼女に語りかけてくる。
「景一郎君は半神となった。それもリリスちゃんの因子を持つ『世界を救うためのシステムの一部』に」
おそらく、すべての平行世界を見渡しても最高位に位置するであろう女神リリス。
世界を救うため、景一郎にはそんな彼女の因子を与えた。
【魔界顕象】に、因子となったモンスターの特色が反映されるように。
景一郎にも、女神リリスが持つ要素の影響が現れる。
「人の枠を離れた以上、人としての幸せは保証されない」
人には人の生き方がある。
逆説的に、人ならざる者はもう人間としての生き方を選べない。
「救世の神となった以上、救われた世界にはいられない」
破滅からの救済こそが女神リリスの役割だから。
滅ばない世界に彼女は必要ないから。
ならば同じ因子を有する景一郎もまた――
「この戦いが終わったら――影浦景一郎はこの世界を去らなければならない」
救われた世界で、彼だけが救われない。
景一郎は世界を救う神としての因子を得たからこそ、滅ぶ危険のなくなった世界には滞在できない。
枠の中で管理される人間としてではなく、枠を管理する神側として生きていかなくてはならなくなる。
それこそが、アナザーが最後に残した忠告の正体です。
このあたりの問題にいかなる答えを出すのかも、今後の焦点になるかと。
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皆様の応援は影浦景一郎の経験値となり、彼のレベルアップの一助となります。