7章 21話 交渉
「どういうつもりよレイチェル」
最初に声を発したのはルーシーだった。
相手はこの場に現れた男――レイチェル。
彼は奇襲するでもなく、むしろ全員の注目を集めるように手を叩いた。
確かに、この場で行う行動としては合理性に欠けているように思える。
「それを今から話すから、ちょっと静かにしてくれって言ったんだろ」
とはいえレイチェルに気にした様子はない。
彼はルーシーの言葉を軽く受け流し、景一郎へと目を向ける。
「ってわけで、そっちの……影使いさん」
レイチェルは気負った様子もなく頭髪を撫で上げる。
そして飄々とした態度のまま――
「この戦い……話し合いで解決しねぇか?」
戦場に爆弾を投下した。
「……正気か?」
思わず景一郎は問い返す。
彼は異世界からの侵略者。
それが話し合いをしようなどとのたまうのだ。
あまりにも唐突で困惑しか感じられない。
「同意見ね。こいつから殺しましょ」
「いや、そこまでは言ってないだろ。俺まで過激派に巻き込むな」
ちなみにそれは彼の味方も同じらしく、ルーシーはレイチェルの背中に人差し指を向けていた。
――景一郎としてはそのまま撃ち抜いてもらっても別に構わないけれど。
「そっちの人も分かってんだろ? このまま戦えば、どっちの陣営にも死人が出る」
正気とは思えない発言。
さらに味方さえ納得していないという状況。
それでもレイチェルの言動は揺らがない。
「はぁ!? 戦えばアタシたちが勝つんだから、そういうのは向こうが必死こいて頭下げて頼むことでしょ!?」
「お前はむしろこのまま戦ったら死ぬ奴筆頭だろ。グリゼルダとの戦いで負けかけてたじゃねぇか」
「はぁぁぁぁ!?」
ルーシーが怒りのままに叫ぶ。
グリゼルダが彼女に対して優位に戦っていたのは間違いない。
だからといって、こんな無理やりな方法で戦いを止めなければならないほどだっただろうか。
そこまで彼らを追い詰められていたとは――思えない。
「ま、それを差し引いても――だ。数の少ない俺たちとしては、1人でもここで死なれると困るんだよな」
そうレイチェルは言った。
彼らは間違いなく強い。
しかし同時に、人数も少ない。
1人欠けるだけでも大打撃だろう。
その論理に不自然な点は見受けられない。
「交渉っていうからには、そっちには何か用意でもあるのか?」
だからといって、無条件に食いつくというのも癪だ。
あくまでこちらにも余裕があるという態度で景一郎は尋ねる。
別になんらかの譲歩を狙っているわけではない。
少しでも彼の意図を覗き見ることが目的だ。
「あるわけないだろ。ルーシーの言う通り、殺し合えば勝つのは俺たちだからな」
一方でレイチェルはそう言い放つ。
純然たる事実として。
交渉を持ち掛けたのはこちらだが、こちらが追い込まれているわけではない。
そう示すように。
「このまま戦い続けるなら、犠牲を出してでもお前らを全滅させる。そのままそっちが帰るっていうなら――わざわざ追いかけまではしねぇって話だ」
――景一郎だけならこの状況でも生存できるだろう。
だが他の【面影】はどうか。
全員を守ることは……できないだろう。
「強いて言うなら、捕虜3人を安全に連れて帰れるってところか?」
「………………」
紅。雪子。菊理。
【先遣部隊】には3枚のカードがある。
今回の戦いの目的は彼女たちの奪還。
それを安全に達成できるというのは大きい。
――世界のためを思うのなら、無理にでも敵の戦力を削ぐべき場面かもしれない。
たとえ景一郎たちが死んでも、他の誰かが――世界中にいるSランク冒険者が彼らを打倒してくれるかもしれない。
――だが、そうじゃない。
景一郎が戦う理由はそうじゃない。
そんな大局を見据えた理由でここに来たわけではないのだ。
(この状況から、こいつらを撒くのは現実的じゃないか)
少なくとも、全員で帰るのは無理だ。
(別に鵜呑みにするつもりはないけど、乗る価値はあるな)
少なくとも、一切の犠牲もなくこの戦いを終わらせる唯一の方法だ。
景一郎にとって、この提案を拒絶する理由はなかった。
「じゃあ……それでいい」
「話が分かるじゃねぇか。とことん殺し合うはめにならなくて良かったぜ――俺は弱いからな」
☆
「なるほど、奴らが逃げた先でバベルが待ち構えているという作戦だなっ」
こちらを警戒しながらも離脱してゆく景一郎たち。
彼らを見送りながらガロウはそう言った。
「いや、普通に帰らせるけど」
――無論、レイチェルには奇襲などかける気はない。
今回に限っては、このままお開きだ。
「はぁ!? なによそれ! ちょっとアタシ今から追いかけて――!」
「やめとけやめとけ」
肩を怒らせながら歩き出すルーシー。
レイチェルはそんな彼女の肩を掴んで止めた。
ここで追撃されたらすべて破談だ。
「別に俺も、なんの成果もなく帰したわけじゃねぇしな」
「どういうわけじゃ?」
レイチェルの言葉にオズワルドが問いかける。
他のメンバーも彼の言葉を待っている。
口を出さずとも、彼のやり方に疑問を持っていたのだろう。
「話しながら、向こうのリーダーにマーキングしといた」
そうレイチェルは告げる。
確かに今回は穏便に終わらせた。
だが、次の戦いのための布石は打っておいたのだ。
ならば今回の戦果はゼロで良い。
次で充分に取り返せる。
「レイチェル殿! 常日頃から弱腰だとは思っていたが、ついに敵将の前で失禁するほどに――ッ!」
「犬と一緒にしないでくれねぇか? ちゃんと文明的な手段に決まってるだろ。ってか、目の前で漏らしたら普通に気付かれるっての」
なぜそんな解釈になるのか。
「あれで向こうのリーダーの位置情報は筒抜け。拠点も分かるし、向こうのリーダーさんがカバーできない場所も分かる」
レイチェル・マインは【罠士】だ。
ゆえに標的の位置情報を追跡するスキルなども有している。
今回は話している間――景一郎がレイチェルの唐突な提案の裏を読もうとしている隙にマーキングを仕込んだ。
「決着は第2ラウンドに持ち越しってわけだな」
7章は【先遣部隊】の陣地に戦いを仕掛けましたが、8章は【先遣部隊】が攻め込んでくる章となる予定です。
景一郎たちはチームとして動く【先遣部隊】による第2次侵攻から町を防衛できるのか――