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7章 20話 影の王

「――アンタ誰よ」


 ルーシーが発したのはそんな言葉だった。

 彼女は眉をひそめ、景一郎を睨んでいる。


「数日前に会った奴の顔も忘れたのか?」


 彼らが対峙してから一ヵ月と経っていない。

 それくらいで忘れてしまう程度の認識だったのか。

 そう思ったのだが――

 

「こっちの世界にも【混成世代(カオスエイジ)】がいたわけ? この前はそんな気配じゃなかったし、もしかしてこの数日で施術したっての?」


 ルーシーが言っているのはそういう意味ではなかったらしい。

 彼女が見ているのは景一郎という存在の変化。


 女神の因子であるアナザーが影に徹していた以前の景一郎。

 その力を帰属させた現在の景一郎。

 2つの景一郎の間にある差異を測りかねているのだ。


「しかもこの雰囲気――第2世代じゃな」

「なら、なおさらここで殺しておくべきね」


 オズワルドの言葉にルーシーはそう答えた。


(さすがにこの数の差は手間がかかるな)


 景一郎の戦闘力は飛躍的に向上している。

 だがこの人数を相手にするとなるとそれなりのリスクを背負うこととなる。

 となれば――


「――グリゼルダ」

「うぬ」


 景一郎が呼べば、彼の背後に気配が現れた。


 彼が招集するまでずっと待機していたらしい。

 ――従者として。


「1人で良い。抑えておいてくれ」


 ゆえに景一郎は主として命を下す。

 敵戦力の一部を封じろ。

 1対5の戦場を、1対4の戦場に変えろと。

 

「主殿の命とあれば、完璧に抑え込んで見せよう」


 そしてグリゼルダはルーシーへと顔を向けた。


「なによ……本格的に、そっちの世界につくことにしたわけ?」


 不快そうにルーシーはグリゼルダを見る。

 しかし、対するグリゼルダは小さく笑った。


「違うな」


 彼女はちらりと景一郎に視線を向ける。


「我が従うのは――主殿だけだっ」


 向き合うグリゼルダとルーシー。

 2人が動いたのは同時だった。


「【氷魔法改メ・出力偏重】」「【水魔法改メ・出力偏重】」


 グリゼルダは氷を。

 ルーシーは水を。

 大出力の魔法をぶつけ合う。


 すさまじい魔法の衝突。

 それを制したのは――グリゼルダだった。


「うそ!?」


 水の一部が凍り始めると、グリゼルダの【氷魔法】が覆いかぶさるようにしてルーシーの魔法を呑み込んでゆく。

 そのまま氷の瀑布はルーシーへと襲いかかり――


「くっ……!」


 彼女は足元から水流を放ち、その反動で氷の津波から逃れる。

 だが、魔法の出力でグリゼルダが勝利したことに疑いの余地はない。


「我とお前では格が違うのだ」

「うっさいのよ! 【制御偏重】!」

 

 ルーシーの指先から高圧水流が放たれる。

 幾条にも伸びる水のレーザー。

 それは何度も曲折し、グリゼルダを多方向から狙う。


「――【出力偏重】」


 グリゼルダが選択したのは――防御。

 彼女は空気を凍らせ、空中にいくつか氷の盾を出現させた。

 衝突する矛と盾。

 グリゼルダのシールドは……砕けない。

 すべての【水魔法】を防ぎきって見せた。


「そん……な」

「言っておるだろう。格が違う」


 動揺するルーシー。

 一方で、グリゼルダは悠然と構えていた。

 ――マジックアタッカーとして格付けは終わりつつある。


「うっさいのよッ! ちょっと魔法の相性が良いくらいでッ……!」


 その事実を認めたくなかったのだろう。

 ルーシーは掌を合わせ――唱える。


「【魔界顕しょ――】」

「【魔界顕象】」


 世界を侵食するスキル。

 それさえもグリゼルダが相殺してしまう。


「お前の本領はヒーラーであったな。本職の我に魔法戦で叶うと思ったのか?」


 ルーシーはヒーラー。

 対するグリゼルダは攻撃魔法専門。

 適性が特化している分、得意分野では負けない。

 それは自明のことであった。


「そして、ヒーラーだからこそお前を奴らと合流させるわけにはいかぬ」


 さらにいえば、ヒーラーは仲間がいてこそ力を発揮する。

 ――グリゼルダが封じる1人にルーシーを選んだのも、そういう意図があってのことだったのかもしれない。


「【氷魔法改メ・風花】」


 彼女は景一郎の命令を果たすため、大量の氷刃を大気中に散布した。



「あっちは問題なさそうだな」


 景一郎は横目でグリゼルダの戦況を観察する。

 彼女はルーシーを完全に抑え込んでいる。

 これなら流れ弾の心配もないだろう。


「ッ……!」

「おほぉぉ!」


 景一郎の意識が戦場から離れていたのを察知したのだろう。

 彼を挟むように攻撃を仕掛けてきたのはシオンとグレミィだった。


 迫るシオンの鎖。

 景一郎はそれを躱すと、彼女の襟首をつかんだ。

 そのまま背負い投げの要領で彼女を投げ飛ばす。

 標的は当然グレミィだ。

 

 シオンの体が2人の間に投げ込まれる。

 そうなれば、彼女の体がグレミィの攻撃を妨げる肉壁となる。

 ゆえに――


「おっほおおおおお!」


 しかしグレミィは止まらない。

 彼の剛腕はシオンごと景一郎へと叩き込まれた。


「――味方を躊躇いなく巻き込むのか」

「死ななきゃノーカンだお」


 腰を直角に折りながら地面に叩きつけられるシオン。

 一方で、景一郎は影の籠手でグレミィのパンチを止めていた。


 ――偶然にも、シオンの体が緩衝材の役割をしておりグレミィの攻撃の威力を減殺していた。

 そうでなければ、景一郎も多少は吹き飛ばされていたかもしれない。


「【位置交換】ッ!」


 地面に転がったシオン。

 彼女と入れ替わるようにしてガロウが現れる。

 彼はシオンの体を利用して景一郎の懐に潜り込んだのだ。


「っと」


 コンパクトな動作で剣を振るうガロウ。

 それを景一郎は黒刀でいなす。


「【矢印】」


 そして景一郎は矢印を貼り付けた足で彼を蹴りつけた。

 発動する矢印トラップ。

 彼の体が吹っ飛び、間合いが一気に開く。


「はぁッ!」


 直後に、景一郎の背後から迫る影。

 それはオズワルドだった。


 振り返りざまに剣を振るう景一郎。

 しかし黒刀は蜘蛛の脚に阻まれた。

 

「【雷撃付与】」

 

 オズワルドの一声で、蜘蛛の脚に電流が走る。

 このまま鍔迫り合いをしていれば、剣を伝って感電してしまう。

 景一郎は押し合いをやめ、後方に跳んで距離を取った。


「蜘蛛の脚でガードをすることで、守りながらマジックアタッカーとして戦える……って感じか」


 見た目以上にあの蜘蛛の脚は硬い。

 盾として十分に機能している。

 それによりオズワルドは、タンク相当の防御性能を併せ持ったマジックアタッカーとなっているのだ。


「なら――【矢印】」


 景一郎は再びオズワルドとの距離と詰める。


 先程の攻防で景一郎の攻撃を止められると判断したのだろう。

 オズワルドは蜘蛛の脚で身を守りつつ魔法の準備に入る。


 しかしそれが命取り。

 次に景一郎が放った斬撃は――矢印で加速しているのだから。


「小童がッ……!」


 響く金属音。

 景一郎の斬撃は蜘蛛の脚にヒビを刻み込んでいた。


「もう1発」


 次で――折れる。


 景一郎は再び剣を構え――



「ハイ。ちょっとスト~ップ」



 パン……。

 

 そんな音が鳴った。

 それは手を打ち合わせる音。


 何の意味もない音。


 それでも戦いの中で物音に敏感になっていた景一郎たちは同時に動きを止めた。

 景一郎もグリゼルダも【先遣部隊(インヴェーダーズ)】も。

 すべての戦いが止まった。


 たった1人の男が鳴らした音によって。


「それじゃあさ……まずは一旦、戦いの手を止めてくれないか?」


 すべての戦いを止めた男――レイチェルはそう言った。


 もうそろそろ7章も終わりが近づいています。



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