7章 19話 衝突
「なんとか間に合ったみたいだな」
景一郎は建物の上から戦場を俯瞰する。
もっともダメージが大きいのは透流だ。
死の危険があるほどではないが、しばらく意識を取り戻すことはないだろう。
次点でナツメ。
こちらも死の危険があるダメージではないが、敵に捕らえられており透流よりも危機的状況にあるといえる。
残る明乃、詞、香子たちは手傷を負っているものの急を要することはない。
「――2人か」
そして敵戦力。
キグルミと喪服メイド。
見ただけでは分からないが、おそらくかなりの手練れなのだろう。
「そっちの――デカいほう」
景一郎は戦場に降り立つと、キグルミ――グレミィへと目を向ける。
「その人を放してくれないか?」
グレミィの手にはナツメが捕らわれている。
腹を圧迫され、彼女は胃液混じりの唾液で顔を汚している。
もはや動く気力もないのか、彼女はされるがままに吊り上げられていた。
彼女のことだ。
明乃を守るため、身を挺してここまで戦ったのだろう。
「肌が吸い付くくらい瑞々しいから無理だお」
取り合う様子もなくグレミィはそう言った。
彼らにとって景一郎たちは原始人――対等に扱うべき敵でさえない。
耳を貸す義理などないのだろう。
「そうか」
ならば――
「ちゃんと、聞いたからな?」
――奪い取るだけだ。
「ッ――!」
グレミィが息を吞む。
――彼の両腕が宙を舞った。
景一郎が一刀で斬り捨てたのだ。
「なんだ……おぉ……!?」
驚愕の声を上げるグレミィ。
その隙を突き、景一郎は解放されたナツメの体を受け止める。
「っ……!」
その時、背後に気配を感じた。
首だけで振り返ると、そこには黒一色のメイド服を纏う女――シオン。
彼女は鎖を振りながら景一郎に迫っていた。
「遅い」
迫る鎖。
景一郎は首を傾けるだけでそれを躱す。
「ッ……!」
交わる視線。
感じるものがあったのだろう。
シオンが身を引く。
それに構わず景一郎は黒刀を振り上げた。
一方、シオンは鎖で作った繭に身を隠すが――
「!?」
景一郎の斬撃は鎖ごとシオンの首を斬り落とす。
「これは――予想外ですね」
頭部だけになっているはずのシオンがそう漏らした。
地面へと落ちてゆく生首。
シオンの体はそれをキャッチして大きく距離を取る。
体と頭が離れても死なない。
まるでデュラハンのようだ。
しかも、元の位置に戻しただけで頭部が体と癒着した。
――少なくとも、見た目としては完治している。
「……これで死なないのか?」
(どう見ても死んでる状況から発動してるわけだし【再生】系統のスキルとも違う感じがするな)
――どちらかというと、アンデッドモンスターの系譜を感じる。
景一郎は静かにシオンの能力を観察していた。
あれを倒すには、特殊な手法が必要となりそうだ。
「近接型が相手ならぁ――遠距離攻撃で潰しちゃえば良いんだお」
グレミィがパカリと大口を開ける。
そして口腔に魔力が収束してゆく。
「ちょっと……下ろします」
「お構い……なく」
どうやら大技を撃とうとしているようだ。
そう判断し、とりあえず景一郎はナツメの体を地面に下ろした。
彼は両手で剣を握る。
「お~~っほぉぉぉぉぉ!」
グレミィの口を満たす魔力砲。
それが――撃ち出された。
「…………ロボットか?」
それはまるでビームだった。
キグルミのような見た目といい、実は遠隔操作の人形だったりするのだろうか。
とはいえ迫るビームを無視はできない。
――景一郎の背後には明乃たちがいる。
躱すわけにもいかない。
「――【影魔法】」
ゆえに景一郎は――全力で影の斬撃を射出した。
正真正銘の全力。
最大出力で放たれた斬撃はビームを縦に裂き、100メートル先までを一気に切り開いた。
一拍遅れて鳴り響いた轟音が鼓膜を激しく揺らす。
衝撃で巻き起こった風が街を吹き抜けた。
「さっきは庭だったから本気では撃たなかったけど……本気で撃つとこうなるのか」
景一郎はそう漏らした。
グリゼルダと戦ったときは、天眼邸であったということもあって加減した攻撃しか使っていない。
今回は自分の力の上限を測る意味も込め、本気で剣を振るったのだが――思っていたよりも威力が高かった。
味方を巻き込まないように注意すべきだろう。
「……こっちも、頭半分潰されて死なないのか」
景一郎はため息を吐き出す。
影の斬撃によって噴き上がった砂塵。
そこから現れたグレミィは頭部を大きく損傷していた。
本来なら脳まで弾け飛んで即死しているであろう傷。
しかしグレミィは倒れない。
(機械仕掛け……やっぱり生物じゃないのか)
欠損して見えた断面。
グレミィの内部には歯車などの機構が覗いていた。
やはりあれは人形で、本体は別にいるということだろうか。
「【影魔法】」
ともあれ、まずはグレミィを機能停止させるべき。
そう考え、景一郎は軽く何度か剣を振るう。
斬撃に合わせて射出される影の刃。
それがグレミィに迫り――途中で上半身裸の男に弾かれた。
「ふむッ! さすがに助太刀が必要であろうッ!」
上半身裸の男がそう叫ぶ。
正直、かなりうるさい。
耳障りといってもいい。
「今の一瞬で割り込んできたのか? いや……【隠密】で隠れてたのか」
あの男は突然現れた。
考えられるのは凄まじい速力で割り込んできたか、さっきまで見えていなかったかの2つ。
とはいえ前者はさすがにないだろう。
男は剣と盾を持った典型的な戦士スタイル。
景一郎の動体視力を置き去りにするような高速移動ができるとは考えにくい。
そうなれば消去法で、彼が【隠密】持ちの戦士であると予想できる。
「ご名答ッ! 私は【先遣部隊】のタンクッ! ガロウ・クラウンであるッ!」
「……そうか」
予想はあっていたらしい。
予想が正しかったという達成感より、彼の大声にさらされたという疲労感のほうが強いけれど。
「先程の攻撃見事であったぞッ! しかし、あれでいいのか!? この私と矛を交えずしてお前は満足なのか!?」
「……えっと、何が言いたいんだ?」
なんとなく気分の高揚が冷めてゆくのを感じつつ、景一郎は彼に問う。
すると得意げに大男――ガロウは得意げに胸を張った。
「単純な話よ! 敵の防御を打ち破ってこその攻撃! 最強の盾である私から逃げて構わぬのかと問うているのだ!」
「いや、相手の防御を躱すのも立派な技術だろ」
「敵の防御から逃げ、それでも矜持が傷つかないと言うのか!?」
景一郎の攻撃力と、ガロウの防御力。
どちらが上なのかを試してみたいらしい。
「いや、だから……まあいいか」
面倒だが、相手の実力を測るには悪くないかもしれない。
景一郎は頭を掻き、黒刀を振り上げた。
「【影魔法】」
そして、振り下ろす。
影の斬撃が三日月となりガロウを襲う。
その出力は、先程の全力の一撃と相違ない。
そんな中、ガロウは歯を剥き出して笑った。
「かかったなッ! 【位置交換】ッ!」
ガロウが叫ぶ。
――そして彼と景一郎の居場所が入れ替わった。
(空間転移系のスキルか?)
空間に作用するスキルというのもいくつか存在する。
ある意味【潜影】なども『影の中』という特殊な空間を利用した類似スキルといっていい。
しかし、対象と位置を交換するスキルというのは初めて見た。
「ふはははははッ! 力と力の勝負にこだわった若さがお前の敗因だなッ! 勝ち方に貴賤などないのだッ!」
「お前、さっきまでと言ってることえげつないくらい違うぞ」
最初に力と力の戦いを持ちかけたのは向こうだったはずなのだが。
とはいえ、これでは立場が完全に逆転してしまっている。
景一郎が全力で放った攻撃は、あろうことか彼自身へと飛来している。
このまま直撃を受けてしまえばダメージは免れないだろう。
「【矢印】」
だが――飛び道具は彼に通じない。
景一郎は矢印によって影の斬撃を跳ね返した。
その先にいるのは当然、景一郎と場所を入れ替えたガロウだ。
「ぬ!?」
「お前がやれって言ったんだから、責任持ってちゃんと受け取れよ」
もしかすると【位置交換】をもう一度使われてしまうかもしれない。
その可能性を念頭に置きつつ、景一郎はガロウの対応を見守る。
「よかろうッ!」
気が変わったのか。
再使用にはインターバルが必要だったのか。
ともあれ、ガロウは影の斬撃へと向き合う。
「【秘剣・希望の剣】ッ!」
ガロウの剣が光を纏う。
十字架のような光に包まれた剣。
それを彼は影の斬撃へと叩き込んだ。
「ぬおおおおおッ! 止められぬというのか!」
斬撃を受けるガロウ。
しかし彼の体は少しずつ後方へと滑ってゆく。
剣だけでは不足と察したのか、ガロウは盾を前面に押し出す。
剣と盾。
両腕で彼は影の斬撃を止める。
だがそれも数秒のこと。
彼の体はそのまま影に呑まれていった。
「――それで、防いでみた感想はどうだ?」
「ぐぬ……!」
影が吹き抜けた後。
そこには腕に軽い火傷を負ったガロウの姿があった。
――完全に防げてはいないものの、攻撃の大部分を相殺されている。
彼のタンクとしての性能は甘く見ないほうが良いかもしれない。
景一郎がガロウの戦力を分析していると――
「【水魔法改メ・出力偏重】」「【蜘蛛の巣・雷撃付与】」
「!?」
景一郎の頭上に雨が降り注ぐ。
半径2メートルほどの限定空間のみに降り注ぐ豪雨。
しかもそのすべてがウォーターカッターのような高圧水流であり、水の槍だった。
それだけではない。
豪雨へと落雷が絡みつく。
目が眩むような光を放ち地面を穿つ雷雨。
それはまるで天へと伸びる嵐の塔だ。
「っ……。援軍か」
景一郎は影の籠手をつけた左腕ですべての攻撃から身を守っていた。
籠手は砕けたが、生身に傷はない。
とはいえ、先程の攻撃が直撃していたらそれなりのダメージを負っていたことだろう。
「さっきからドタガタうっさいのよ!」
「小童共が。なにを原始人に手こずっておるのだ」
戦場に現れた2つの新しい影。
青髪の少女――ルーシー。
蜘蛛の脚を生やした老人――オズワルド。
どちらも【先遣部隊】のメンバーだ。
「うぬ!? ルーシー殿にオズワルド殿ではないか!」
「ったく――さっさと終わらせるわよっ」
援軍に笑い声をあげるガロウ。
そんな彼に、ルーシーは苛立たしげな声を上げた。
「……5人か」
シオン。
グレミィ。
ガロウ。
ルーシー。
オズワルド。
景一郎を囲むのは5人の【先遣部隊】だった。
想像以上に覚醒景一郎が強い――