1章 13話 発露する悪意
「ふんふふ~ん♪」
月ヶ瀬詞は先頭を歩いてゆく。
彼女はパーティ内でもっとも素早く、盾役がいなくても問題なくモンスターを狩ることのできる実力者だ。
ここが不安定な岩場ということもある。
身軽な詞なら、ハウンドウルフの奇襲にも対応できるだろう。
(……気のせいだったか)
景一郎が歩くのは最後尾。
背後からハウンドウルフに襲われた時のため、一定間隔でトラップを残しているのだ。
彼は後方からパーティを見て思う。
やはり攻略は順調に進んでいる。
だからきっと、景一郎の予感が間違っていたのだ。
今回の攻略はこのまま滞りなく終わる。
そう――信じていた。
「まあ――もうそろそろ良いか」
パーティリーダーである大石の声が聞こえるまでは。
どす黒い、悪意が満ちた声が聞こえるまでは。
☆
「んぅぅ……!?」
それは突然のことだった。
大石が背後から詞を抱きしめるように拘束した。
パーティメンバーだからと無警戒だったこと。
ほとんど距離のない真後ろからの行動だったこと。
それらが合わさり、詞は容易く大石に締め上げられていた。
「な……ぇ……!?」
事態が呑み込めず、詞がパニックになる。
もがく詞。
だが、彼女は拘束から逃れられない。
「高ランクって言ってもアサシンなんて捕まえちまえば――おらっ」
「ぁぐぅ……!」
大石は詞の腕を掴み、乱暴に締め上げる。
関節を極められ、詞の表情が苦痛にゆがんだ。
「所詮、細っこいガキってこった」
大石は醜悪に嗤う。
【アサシン】は速力に優れる反面、パワーは弱い。
しかも不意を突かれたせいで、完全に関節を固められている。
格下だとしても、パワー寄りの【ソルジャー】が相手では振りほどくのは難しいだろう。
「なにを――」
「おっと邪魔すんなよ?」
「できるとは思えませんけどね。実力からして」
景一郎が踏み出そうとすると、田代と倉田が道をふさぐ。
彼は大石と長くパーティを組んでいたという。
そして今、大石の凶行を前にしても景一郎を足止めしている。
つまりは――そういうことだ。
「やっと嫌な予感の正体が分かった」
景一郎は息を吐く。
考えてみれば、当然のことだった。
(あいつらの鎧が擦れる音に、俺は聞き覚えがあった)
だからこそ、違和感を覚えなかった。
だが逆だったのだ。
(でも、聞き覚えがあるはずがないんだ)
鎧から鳴る音は素材によって変わる。
素材が違えば、音は全く違うものとなる。
ならば――
(SランクとAランクの冒険者に囲まれていた俺が、Cランクの冒険者が持っているような鎧の音を聞き慣れているわけがないんだ)
景一郎は大石たちの装備を見る。
どれも少しくたびれていて、使い込んでいるように見える。
だがもしも景一郎が思い浮かべているような高ランクの素材で作られた装備品であるのなら――ありえないのだ。
オリハルコンやミスリルで作られた装備は、Cランクダンジョンのモンスターなんかでは傷一つつかない。
使い込んだくらいで、あんなに色褪せたりしない。
「アンタらの装備、高ランクの装備をわざと汚く塗装してるだろ」
景一郎は大石たちを指さす。
彼らの眉がわずかに動いた。
当たりらしい。
「Cランク冒険者が持つには不相応な高ランク装備。そうと周囲に悟らせないために偽装していたんだな」
(装備品の見た目と、その素材から感じた差異。それが違和感の正体)
目で見た情報と、耳で聞いた情報。
景一郎は無意識にその矛盾を察知していたのだ。
(こいつらの動きを見る限り、Cランクという話に偽りはない)
景一郎には分かる。
大石たちは、壁を越えられなかった者たち。
才能の壁に阻まれた側の人間だ。
実力に不相応な装備品。
そして、それを低ランクに偽装する理由。
現状と照らし合わせれば、すべての答えが分かる。
「――【強盗団】か」
景一郎は冒険者の間で忌み嫌われている存在の名を口にした。
【強盗団】というのは、その名の通り冒険者を相手に盗みを行う存在のことだ。
規模は個人から複数パーティまで様々。
ダンジョン内という閉鎖空間であることを利用した最低の犯罪。
しかも、ダンジョンクリアとともにダンジョンは死体ごと消えてしまうため露見しにくい。
「そういうこった」
大石は口元をゆがめる。
そして、詞の体を持ち上げる。
「ぁ、ぅぅ……!」
関節にすべての体重がかかり、詞は痛みにうめく。
そんな彼の姿を、大石は嗜虐的な笑顔で眺めていた。
後ろ手に回された詞の両腕を大石は片手で抑え込み、残った腕で詞の首を締め上げた。
「こいつが自信満々に冒険者を紹介してきたときは、どんな高ランクが来ちまうのかと焦っちまったけど杞憂だったなァ」
絞首刑のように詞の首が絞められてゆく。
詞と大石にはかなりの体格差がある。
地面に足もつかず、筋力も違う。
詞にできる抵抗は多くなかった。
「嬉しかったぜぇ? なんせ来たのが【罠士】なんてカス職業だったんだからなぁッ! 仕事の邪魔どころか、むしろボーナスが来やがったって思ったぜッ!」
大石は大声で嘲笑う。
景一郎を貶めるように言葉を選び、嗤った。
「影浦お兄ちゃん……」
そんな中、声が聞こえた。
大石に捕えられている詞だ。
彼は顔を青ざめさせながらも、懸命に言葉を紡ぎだす。
「ボクが誘ったせいで……ごめんね」
詞が口にしたのは謝罪だった。
確かに、彼の誘いがなければ景一郎がここに来ることはなかっただろう。
だが彼を責めることはできまい。
彼もまた、純然たる被害者なのだから。
「ボクは……強いから、大丈夫」
――逃げて。
詞はそう言った。
助けて、ではなく。
逃げて、と。
酸欠状態のせいで体に力が入らないのだろう。
すでに彼の手からナイフはこぼれ落ちていた。
どう見ても、自力で打開できる状況ではない。
それでも彼は笑う。
景一郎が心置きなく逃げられるように。
「ハハッ! こいつもヒデェこと言うなぁ! 【罠士】みたいなカス職業がどうやって俺たちから逃げるってんだ!? もっとも、ハウンドウルフの餌になっちまえばできるかもしれねぇけどな! さすがに俺たちも犬っころの胃袋までは追いかけられないからよッ!」
大石は嗤う。
ひどく耳障りな哄笑。
それを前にして――景一郎は嗤う。
呆れたように。
少し困ったように。
景一郎は場違いな苦笑を浮かべた。
「悪いな月ヶ瀬。俺の目指している道は――こんな小悪党を避けて通るようにはできていないんだ」
景一郎は目指すと決めているのだ。
【聖剣】を。
最強の幼馴染たちを。
彼女たちなら屈さないだろう。
この程度の障害は壁とさえ認識しないだろう。
木っ端みじんに蹴散らすはずだ。
「小悪党……? オイ。立場分かってんのかぁ? 俺たちはこれまで高ランクの奴らも狩ったことがあるんだ。誰にもバレずに、な」
景一郎の態度が不満だったのか、苛立たしそうに大石は歩みだす。
大石は衰弱した詞を投げ捨て、景一郎と対峙した。
「そしてこれからも俺たちは成功を重ね、成り上がり続ける」
大石は語る。
吐き気を催すような腐りきった理想を。
他者を踏みにじり、自分の利益だけを追求すると語る。
「つまりだ」
大石は嗤う。
見下し切った瞳で。
景一郎など、いつでも殺せるといわんばかりに。
「俺たちを小悪党呼ばわりする暇があるなら、命乞いの言葉でも考えるほうが建設的だって分からねぇのかカス職業ッ!」
大石の恫喝。
だが、景一郎には恐怖などみじんもなかった。
怒りさえ湧いてこない。
「くふふ……いや、悪い」
景一郎は忍び笑いを漏らす。
彼も、これまで多くの冒険者を見てきた。
「小悪党だって言われたのが気に入らなかったみたいだけど――」
強い冒険者。弱い冒険者。
尊敬できる冒険者。唾棄すべき冒険者。
「これまで自分のデカさを気にする大物なんて見たことがなかったからさ」
そんな彼が大石と対峙して感じたのは――憐み。
同じ土俵に立って憤るにも値しない。
「――余計小物に見えてきた」
目の前の犯罪者は、とびっきりの小物だ。
ダンジョンという特殊な環境を利用した犯罪者。
景一郎は悪質なCランクパーティに勝利できるのか。




