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7章 17話 死者のメイド

 頭蓋を撃ち抜かれたシオン。

 彼女の体がぐらりと揺れる。


 致命傷という表現さえぬるい。

 それはもはや即死に値するダメージだった。

 なのに彼女は――踏みとどまる。

 それどころかシオンは素早く鎖を投擲した。


「――【影分身】」


 鎖の先端がナツメの額を貫き――彼女の体が溶けて消えた。

 それはまるで蜃気楼だ。

 彼女の体が大気と混じり、鎖をすり抜ける。

 残ったものは鎖の空振りと、ナツメが無傷であったという事実だけ。

 

「脳と心臓を潰されても死なないというのは異常ですね」


 ナツメは建物の屋上の淵に足をかけ、シオンの姿を見下ろす。

 胸。脳天。

 いずれも人体における最大級の急所だ。

 その両方に穴が開いてなおシオンは死なない。

 むしろ傷が塞がりつつある。


「では――」


 ナツメはシオンへと向かって飛び降りる。

 一方で、対峙するシオンは動かない。

 どんな攻撃が来たとしても命には届かないという自負か。


 だとしたら、油断だ。


「――【屠殺・微塵】」


 おもいのほか、あっさりとナツメの手はシオンの胸に触れた。

 直後、シオンの体に無数の亀裂が走る。


「心臓と脳。2か所の傷を最大まで拡張させていただきました」


【屠殺】スキル。

 それは、与えた傷を拡張する対生物特化のスキル。


「これは――」


 2つの銃創を起点として傷が拡大してゆく。

 ヒビはやがてシオンの全身へと広がる。

 そして彼女の肉体は――肉片となって地面に散乱した。


「急所を刺されて死なないのなら、それ以外もすべて擦り潰せばいいだけです」

「ぁぅ……グロ」


 一連の光景を見ていた詞が口元を押さえる。

 戦い慣れしていても、さすがにグロテスクすぎたようだ。


「ナツメ。どうしてここに……?」


 ナツメが血だまりを避けて歩いていると、驚いた様子の明乃がそう漏らす。

 ――今回、ナツメは明乃になんの事情も説明していない。

 だから明乃は、ナツメは冷泉家の支部で待機していると思っていたことだろう。



「――天眼来見です」



 そんな彼女を動かしたのは1人の少女だ。

 未来を視る、白々しい少女だ。


 伝えられた事実は2つ。

 このままでは明乃たちが死亡すること。

 そして、ナツメが参戦すればその未来を避けられる可能性があること。


「どうやら、死んでもいい駒の中では私が一番強かったようですね」


 これでも、ナツメは冒険者として裏社会にもかかわった経験がある。

 だから天眼家や天眼来見自身についても多少は知っている。

 ゆえに分かるのだ。


 どうしても生かしたい駒は明乃たち。

 ナツメは、そのためになら捨てても構わない駒なのだと。


「――影浦様もこちらに向かっているそうです。それまでの時間稼ぎ……そのために私はここに来ました」


 来見からの依頼は1つ。

 影浦景一郎が現着するまでの時間稼ぎだ。


「お兄ちゃん……!?」

「景一郎様――」

「……ふぅん」


 影浦景一郎。

 その名前が出ただけで、詞たちの目に希望が宿る。

 ――それほどに、彼の存在は大きいのだ。


 そして、それは逆も然り。

 景一郎が到着するまで、この場の誰も死なせるわけにはいかない。

 守りたい人がいる。

 その事実が、どれほど大きいのかをナツメは知っている。



「とはいえ、まさか最初の敵が不死身だとは思いませんでしたが」



 背後で蠢く気配にナツメは嘆息する。

 どうやら――殺し損ねていたらしい。


「それは――失礼を」

 

 シオンがゆらりと立ち上がる。

 血濡れの体。

 しかしそこに傷はない。

 あの肉片となった状態から、ここまで回復したというわけだ。


「あれで死なないの?」

「致命傷なんてレベルのダメージではなかったはずですわ……」

「絶対なんかバグってるでしょこれ……」


 詞たちが一歩引いた。

 無理もない。

 どう考えてもシオンの生命力は異常だった。


「それは、この広域結界と何か関係があるんですか?」

「うふ……勘が鋭いんですね」


 ナツメの問いにシオンが微笑む。



「私の【魔界顕象】の能力は、術者への不死属性付与」



 容易く彼女は語る。

 不死だと。

 この結界において、自分に死という終焉は存在しないのだと。


「そして――召喚制限の撤廃です」


 直後、ぬかるんだ地面から細腕が伸びてくる。

 血の気のない、命を感じさせない体。

 シオンの周囲に現れたのは大量のゾンビだった。


「私の職業は【ネクロマンサー】」


 それは、ナツメが知らない職業だった。

 しかし名前から察するに、ゾンビを召喚したのはその職業スキルによるものだあろう。


「貴女たちにも、この葬列に加わっていただきます」


 優雅にスカートの裾を摘まむシオン。

 その間にもゾンビは増え続けていた。


「うそ……! 数多すぎでしょぉ……!?」

「100は軽く越えてんじゃないの?」

「多勢に無勢……ですわね」


 ナツメ、詞、香子、明乃の4人は背中を預け合うようにしてゾンビを迎撃する。


 ――召喚スキルの極致といえば、思い浮かぶのは糸見菊理だ。

 個々の強さはA~Bランク。

 その数は100。

 まさに破格の性能だ。


 一方、シオンの召喚術もそれと同等以上のものだった。

 ゾンビの戦闘力はBランクの中でも弱めの部類。

 しかし数が圧倒的だ。

 一気に100近い召喚を行ったというのに、際限なくゾンビが増え続けている。

 魔力の限度はあるはずだが、このままのペースではいずれ召喚数は1000を越えることだろう。


「明乃お嬢様。命じて下さい」


 このまま戦い続けてもジリ貧。

 そう判断したナツメは、明乃にそう告げる。



「命を賭し、敵を討てと」



 命を捨てろ。

 そう言って欲しい、と。


「私がここに立っている理由はおそらく、そのためですから」


 シオンは強力だが、脅威は彼女だけではない。

 すでに隠密行動とは言い難い戦闘音が響いてしまっている。

 やがて他の【先遣部隊】もここに集まってくるだろう。

 そこから離脱するというのなら、相応のものを捧げる必要がある。


「命を捧げ、【面影】と【聖剣】が世界を救うための道をつなぐ。そのために私はここに立たされているのですから」


 そして、その代償が自分の命だったとして。

 ナツメに躊躇うつもりはなかった。


「――断りますわ」

 

 だが、明乃はナツメの要請を拒絶する。

 彼女が主へと目を向ければ――明乃は笑っていた。


 そして、彼女は命じる。


「棘ナツメッ!」


 凛とした声が響く。


「【冷泉明乃が主人として命じますわ】――【明日を生きるために敵を討ちなさいッ】!」


 命を捨てて戦うな。

 命を持ち帰るために戦え。

 主は――そう命じた。


「――――【かしこまりました】」


 他ならぬ主のオーダーだ。

 断れるはずがない。


 直後、ナツメの動きが変化した。

 彼女の動きが数段速くなり、周囲にいたゾンビの首が一斉に落ちた。

 

「…………これは」

「確か、異世界人は上級職にも詳しいんですよね」


 状況を把握しかねているシオン。

 ナツメはそんな彼女を見据えた。


「私の職業は【メイドマスター】……そう言えばお分かりになるでしょう」


 それを聞いたシオンの眉がわずかに跳ねる。


「【勅命遵守】――主の使命を全うする際にのみ発動するスキルですね」

「やはりご存じでしたか」


 【メイドマスター】は、生涯の主を見つけた【アサシン】のみが至ることのできる境地。

 だからこそ【メイドマスター】にとって『主』は言葉以上の意味を持つ。


「上級職の中では最弱に近いとされる【メイドマスター】ですが、主のために戦う【メイドマスター】はその例外」


 シオンの言葉を裏付けるように、ナツメが動き出す。

 これまでの倍近い速力で。


 走る剣閃。

 大量のゾンビの首が舞う。


 シオンは逃げ、ナツメが追う。

 縮まる2人の距離。

 シオンは死体の召喚でナツメの接近を阻む。


 しかし、針の穴に糸を通すかのような精密さで投げられたナイフがシオンの脚を掠め――


「【屠殺】」


 傷が拡大し、シオンの右足首が千切れ飛ぶ。

 その隙にナツメが距離を詰め、ついに両者の間合いはゼロになる。


「貴女の不死性があらゆる死を拒むのなら――」


 全身を切り刻んでもシオンは死なない。

 なら、新しい殺害方法を試そう。


「あらゆるスキルの干渉を許さない刃で殺すだけ」


 不死性を覆すほどのダメージを与えるのが無理ならば、不死性そのものを無視してダメージを与えるしかない。

 ――スキル効果を無視する攻撃を突き立てるしかない。


「――【屠殺・毒抜き】」


 そしてついに、ナイフがシオンの胸元に沈み込んだ。


 【勅命順守】

 主の命令を守るために戦う場合に限り、身体能力が大きく向上。



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