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7章 15話 追う者、追われる者

 詞は空中で身をひねり、体の回転を乗せた斬撃を振るう。

 空気を裂く黒い斬撃。

 それは一刀でオズワルドの手首を落とした。


「これは――」


 詞が【隠密】を使用していたこともあり、気付くのが遅れたのだろう。

 オズワルドは手首を斬られ、ようやく彼の存在を察知した。


「小娘がッ……!」


 しかし、そこからの反応はさすがの一言。

 オズワルドは背中から伸びた蜘蛛の脚を操り、左右から詞を襲う。


 迫る蜘蛛の脚は両手で防げる数ではない。

 だが、問題ない。


「【操影】っ」


 詞の肩甲骨あたりから影の腕が2本伸びた。

 計4本の腕で彼は蜘蛛の脚をガードする。

 

 ほとばしる火花。

 振りかぶったわけでもない一撃だというのに、蜘蛛の脚による攻撃は重い。


 ――やはり、戦わないことを前提にした作戦で間違いなかった。

 

「隙だらけじゃぞ? 小娘」


 左右から蜘蛛の脚による挟撃。

 空中で詞の体は縫い留められている。

 さらに両手も塞がっているため、追撃に対応もできない。

 

 ゆえにオズワルドは残る蜘蛛の脚で彼の胴体を貫こうとするが――


「させませんわ」


 詞の黒髪が風で広がる。

 直後、その影から明乃が現れた。


 【潜影】。

 自身を含めた生物、無生物を影に収納するスキル。

 それを用いて、あらかじめ明乃を影に待機させておいたのだ。


「【レーヴァテイン】ッ」


 明乃の手中で大剣が炎を纏う。

 高出力の大火力。

 それはオズワルドにとっても無視できるものではなかったのだろう。

 彼は蜘蛛の脚を交差させて防御態勢に入る。


「はぁぁッ」


 だが明乃は構わない。

 そのままオズワルドのガードの上へと炎剣を叩き込んだ。


 炸裂する爆炎。

 だがオズワルドには届かない。


「自身の火力を見誤ったというわけかのう」

「なんの話ですの?」


 オズワルドは自身に攻撃が通らなかったことを指摘する。

 しかし明乃に動揺はない。

 なぜならこれは――彼を狙った攻撃ではないから。


 本命は、斬撃とともにまき散らされた爆炎。

 それが――塔を崩壊させた。


 塔が崩落し瓦礫へと変わる。

 それに伴って、塔に拘束されていた紅たちが落下を始めた。


「ったくッ」


 それを防いだのは明乃と同じように影の中に隠れていた香子だ。

 彼女は【空中歩行】を駆使し、すばやく紅たちを回収する。

 そのまま彼女は空中を蹴り、詞の影へと戻った。

 すでに明乃も詞の影に隠れており、戦場にいるのは彼とオズワルドだけとなる。


 ――これが詞たちの作戦だった。


 前回の戦いから見て、彼らに異世界の冒険者を打倒する力はない。

 だからあくまで、【隠密】を主軸にして紅たちを奪還することにしたのだ。


 すると問題が1つ。

 【面影】の中で【隠密】を使えるのが詞と透流だけという事実だ。

 それを解決するために使ったのが【潜影】というわけだ。

 詞が透流以外のパーティメンバーを影に隠して、その状態で【隠密】を使用する。

 そうすることで、実質的に【面影】の全メンバーの気配を断つことに成功したのだ。


 ――すでに【聖剣】の奪取には成功した。


 あとは無事に帰るだけだ。


「逃がすと思うておるのか」

「思わなかったら来ないでしょ」


 オズワルドが蜘蛛の脚に力を込めると、左右からの圧力が増す。

 すぐに圧殺されることはないが、脱出するだけの余裕はない。

 じりじりと腕を押し返され、蜘蛛の脚が詞の頬に触れる。

 頬から流れた血液が顎へと伝ったとき――


「ほら、みんな影に包まれちゃうよ」


 塔が崩壊したことで巻き上がった砂塵が太陽を遮った。


 明乃が塔を破壊した理由は2つ。

 1つは、蜘蛛の糸を焼き切るよりも早く確実に紅たちを解放できたから。

 そしてもう1つは、砂煙でこのあたり一帯を覆う巨大な影を作るため。

 

「この――」


 オズワルドが苛立ちの声を上げる。

 詞の体が蜘蛛の脚にできていた影へと溶け込んだのだ。

 そのまま詞はオズワルドの背中に生じた影から飛び出し、彼の背中を蹴りつけて地面を目指す。


 当然オズワルドは彼を追おうとするが――


「――狙撃じゃと?」


 オズワルドの蜘蛛の脚が何かを弾いた。

 それは氷の弾丸だ。

 

 射手は透流。

 【隠密】を自力で使える彼女だけは別の場所で待機させ、作戦全体のサポートを任せていたのだ。


「じゃあね」


 おかげでオズワルドは足止めされ、詞へと届かない。

 彼は笑顔で手を振ると、そのまま地面の影へと入水した。



『透流ちゃん、ナイス狙撃だったよ~』

「ん」

 イヤホンから聞こえてくる声に透流はそう答えた。


 紅たちがいた塔から数百メートルの場所。

 透流はそこにいた。

 城下町のように配置された建物群のうちの1つに陣取り、窓から彼女は戦場を俯瞰する。


 すでに詞は【隠密】を使って逃走を始めているようだ。


『それじゃあ後は、【隠密】を使いつつ逃げて外で合流ってことで』

「ん。分かった」


 透流は詞たちのいる場所へと背を向ける。

 ――合流は、【先遣部隊(インヴェーダーズ)】が作り出した帝国の外に脱出してからということになっている。


 今回の作戦ではどうあっても詞は目立ってしまう。

 だからこそ、単体で動く透流はあえて彼と合流することなく自力で逃げることとなったのだ。


 撃った狙撃は1発。

 だが、場合によっては場所を特定されかねない。

 ゆえに透流は移動を開始するが――



「女の子の匂いがするお~~!」



 まるで爆弾が弾けたかのような轟音とともに建物が崩壊した。

 

「ん……」


 透流は瓦礫を蹴って、建物の崩壊から抜け出す。

 そして敵の正体を確認する。


 そこにいたのは――キグルミだった。

 デフォルメされたクマを思わせるぬいぐるみ。

 だがその両腕は膨れ上がっており、血管が浮いている。

 作り物のような造形と、妙な生々しさ。

 可愛さよりも、気味の悪さを覚えてしまう。


『何かあったの……!?』

「予想外。もう見つかった」

『うそ……!』


 イヤホンの向こう側で詞が驚きの声を上げる。


 現在、透流は単体で行動している。

 そんな彼女が敵に見つかってしまうのは、ある意味で最悪の展開だからだ。


『透流ちゃん、計画変更。僕もそっちに向かうから、なんとかこっちに逃げてきて』

「……善処」


 このまま逃げ切るのは現実的ではない。

 計画を変えてでも、仲間の手を借りるべき場面だろう。

 

 とはいえ、どこまでやれるか――


「あ~あ~あ~」

「…………?」


 そんな不安とは対照的に、キグルミは呑気な声を上げている。

 彼は透流の姿を確認してもすぐに追撃することはなかった。

 ただ彼女の姿を観察している。


「無表情なロリっ娘だと思ったらわりと胸もあるお~。属性過多だおお~」


 ――聞こえてきた言葉は、聞くに堪えないものだったけれど。


 キグルミは間延びした声で透流を品定めする。

 感情がうかがえない人工の眼球が彼女を見定める。

 感情は見えない。

 だが、視線が全身を這い回っているのは感覚で分かった。

 ――寒気がする。


「それじゃあロリ巨乳ちゃんでお人形遊びするお~」


 そしてついにキグルミが動き出した。

 大げさで、無駄の多い動き。

 キグルミは数十メートルもの高さへと飛びあがり――


「――――いっぱい着せ替えてあげるお」


 ――拳を振り下ろした。



「――まずいっぽいなぁ」

(こんなに早く侵入がバレる予定じゃなかったんだけどなぁ)


 詞は城下町を駆ける。

 素早く、それでいて敵の目に触れないように。


 今のところオズワルドが追ってきている気配はない。

 だが問題はすでに発生している。


 透流だ。

 遠距離専門の冒険者である彼女が単身で敵と遭遇してしまった。

 

(偶然近くに敵がいたのか、よほど感知に長けてたのか。どっちにしてもあんまりよくない状況だなぁ)


 彼女が自力で状況を打開するというのは難しいだろう。

 逆に言えば、透流が敵に見つかった時点で彼女と別行動をするメリットはなくなった。

 ここからは全員で魔都脱出を目指すべきだ。

 

「すぐに合流しないと――っと」

 

 それはほぼ直感だった。


 詞が倒れるように前に飛ぶと――彼の足元が爆発した。

 正確に言えば、路地から伸びてきた何かが地面を抉り飛ばしたのだ。

 もしも気付かずにいたら、彼の両足はそのあたりに転がっていたことだろう。


「――ありゃりゃ」


 詞は声を漏らす。

 ――どうやら、こちらも捕捉されてしまったらしい。


「――先程の爆炎は、貴女たちですか?」


 路地から女性が現れた。

 死人のように光のない瞳。

 透き通るような白い肌。

 喪服のように黒一色のメイド服。

 ――彼女は全身から死の気配を醸していた。


「これは……すぐに合流ってわけにはいかなそうかも」

「そうですか?」


 詞の言葉に喪服メイドが首をかしげる。

 無表情で。

 淡々と。


 袖から黒い鎖を垂らし、彼女は詞を見据える。


「きっとすぐに合流できますよ」

「え、あの世で?」


 接敵。

 景一郎の到着まであと――



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