7章 12話 帝国
正午。魔都。
7つのオリジンゲートの内の1つが存在する都市。
そこに7人の人影が降り立った。
「ふふ……空気が美味しいね」
白髪の少女――バベル・エンドは都市を一望する。
その都市は崩壊していた。
原因はバベルたちが放ったモンスターたちだろう。
高ランクモンスターは人間のいなくなった都市を徘徊し、その巨躯で周囲を荒らしている。
破滅の匂いが立ち込めた世界。
だからこそ、良い。
「早く座り心地の良い椅子が欲しいわい」
「同感だぜ。岩場に寝てたせいで背中が痛ぇったらありゃしねぇ」
杖を着いた老人――オズワルド・ギグルと瘦身の男――レイチェル・マインはそう不満を口にした。
バベルたちは数日間オリジンゲートに閉じ込められていた。
脱出しようと思えば可能だったが、パーティの合流を待ったのだ。
どうやら不平が溜まっていたらしい。
「もうっ。アンタたち来るのが遅いのよ! アタシを何日待たせれば気が済むわけ!?」
そんな中、青髪の少女――ルーシー・スーサイドが後方にいる3人へと噛みついた。
彼女の怒声の標的となったのは3人の冒険者。
彼らもまた【先遣部隊】のメンバーだ。
デフォルメされたクマのキグルミ。
黒一色のメイド服を纏った女性。
西洋風の剣と盾を手にした上半身裸の男性。
彼らはルーシーの怒声など気にした様子もない。
「ボクはルーシーたんがおもらしを我慢できなくなるまで待ちたかったおぉ」
「はぁ!? アタシ【水魔法】使いだから、そーいうのないし!」
キグルミの男――グレミィ・グラトニアスの言葉にルーシーが激怒した。
妙齢の少女に語るにはあまりに下世話な話すぎたのだろう。
次に口を開いたのは、喪服のようなメイド服を着た女性――シオン・モノクロームだった。
「私は皆様が屍になるまで待とうと提案したのですが……」
「助けてないッ! 思いっきり見殺しにしてるじゃないのッ!」
憤怒を露にするルーシー。
「まあそう言うなルーシー嬢! 私は真っ先に助けに向かったぞ⁉」
「考えるより先じゃ意味ないのよっ! アンタまで結局引き上げられる側になったじゃないの……よッ!」
ルーシーは大男――ガロウ・クラウンの脛を思いきり蹴りつけた。
鈍い音。
呻き声。
その場に倒れたのは――ルーシーだった。
「いったぁぁ……………」
魔法職であるルーシーの脚力では、ガロウの体にダメージを与えることは叶わなかった。
むしろ反動でダメージを受けたのは彼女のほうだ。
「ふふ……まあいいじゃないか。これでパーティは揃った。楽しい異世界攻略の始まりだよ」
「グリたんがいないお?」
バベルの言葉に反応したのはグレミィだった。
「ふふ……グリゼルダはあっちについたみたいだね。いや……気位の高い彼女が原始人に従うとも思えないし、中立ってところかな?」
「それはつまりグリたんは敵ってことなのかお?」
「ま、それでいいんじゃないかな?」
グリゼルダの意思は分からない。
単純にバベルとともに行動したくなかったのか。
こちらの世界になんらかの愛着が湧いたのか。
ともあれグリゼルダがこちらの任務に参加する気がないのは明白。
ならば敵と呼んでもさしつかえがないだろう。
「やったぉぉぉぉおぉぉぉおおおぉぉぉ!」
それに対するグレミィの反応は歓喜だった。
彼は魔都に響き渡りそうなほどの喜びの声を上げた。
「大義名分ゲットだおぉぉ! これでグリたん犯し放題だおぉぉ!」
口から吐き出されたのはわりと醜悪な叫びだったけれど。
「……なによ、このファンシーエロ人形……」
顔を引きつらせるルーシー。
女性として不快感を覚えているようだった。
「それでは、私たちはこれからどう動くのですか?」
そんなやり取りを気にした様子もなくシオンは虚ろな瞳をバベルに向ける。
突貫パーティでもリーダーはバベルだ。
ゆえにビジネスライクに、臨時であったとしてもリーダーに指示を求める。
「ふむ! とりあえず敵を誘い出すため、捕虜を見えやすいところに吊っておくとしよう! 我らは、助けに来た者どもを待ち構えておけば良い!」
「エグ……。アンタ声がでかい癖に発想がエゲつないのよ」
「なに⁉ 声がでかいと戦略を練ってはいけないのか⁉」
「そういうキャラに見えないって言ってんのよっ!」
ルーシーとガロウがそんな応酬をしているのを尻目に、バベルは笑う。
両手を広げ。
世界を抱き締めるように。
「まずはそうだねぇ……。ここの景色は綺麗だけど、ちょっと空気が悪いね」
「そうじゃの。大気中の魔力が薄すぎる。これでは原始人が成長しなかったのも必然じゃろうて」
オズワルドも同意見のようでそう口にした。
この世界はバベルがいた世界よりも大気中の魔力濃度が薄い。
統計上、常に濃い魔力の中ですごした生物は多くの魔力を手にするという。
だからこそ彼女たちの世界では、高濃度の魔力を込めた水槽で胎児を育成している。
逆にいえば、薄い魔力の中ですごしたこの世界の冒険者のレベルが低いのは自然なのだろう。
「そういうわけで――ちょっと拠点を整えようか」
別に活動に支障はない。
だが高所にいるような息苦しさがぬぐえない。
だからバベルは――
「――【魔天城】」
――世界を塗り替えた。
彼女を中心として世界が黒く染まってゆく。
崩れたビルが変異し、塔となる。
建造物が次々に切り替わってゆく。
塗り替わってゆく。
これは【魔界顕象】とは違う。
その世界に主はおらず、誰かをサポートする能力もない。
ただ広範囲に、設定された世界を顕現するだけのスキル。
そして生まれたのは――禍々しい城だった。
巨大な城と、広大な城下町。
魔都は――黒い帝国へと染め上げられていた。
「さあ――ボクたちの帝国の完成だ」
ついに【先遣部隊】の前衛組が合流です。
7章後半は『【聖剣】奪還作戦』となる予定です。