7章 11話 天の眼が視た未来
「うん。こういう場合はまず、私の思惑を話すべきかな?」
天眼来見は手を叩く。
あれから景一郎たちは彼女の屋敷へと招かれていた。
――リリスは興味がなかったのかどこかへ消えてしまったけれど。
ともあれ景一郎はグリゼルダとともに和室を訪れている。
3人だけの空間で、ついに来見が自身の目的を話し始めた。
「私の目的は、異世界からこの世界を守ることだよ」
彼女はそう笑う。
白々しく笑う。
「なら、どうしてオリジンゲートの攻略を進める必要があったんだ? 天眼家の当主ならそれくらい止められる――いや、むしろお前が率先して進めたとしか思えないんだけどな」
これまでの彼女の立ち回りを思えば、安易に信じることはできない。
だからこそ景一郎そう言った。
――【聖剣】に訪れる悲劇。
それをちらつかせた彼女は、明らかに景一郎を焚きつけていた。
彼女の行動がなければオリジンゲートが攻略されることも――異世界の冒険者が侵略を始めることもなかった。
「ご名答。私はオリジンゲート攻略のため、何年も準備をしていたんだ。たとえば――優秀な冒険者をうまく誘導したり、ね?」
そして来見も、その事実を否定しない。
むしろ肯定する。
オリジンゲート攻略に一枚噛んでいた、と。
「――要するにマッチポンプということであろう? 異世界の侵略から世界を守ったという功績でも欲しかったのか?」
そう口を挟んだのはグリゼルダだった。
彼女は厳しい視線を来見に向ける。
マッチポンプ。
現在出揃っている情報から考えると、その可能性は高いように思える。
普通ならそう発想する。
「いやいや。もっと切実な理由さ」
だが、違う。
天眼来見は――未来を視て生きる人間の視点は容易に計れない。
感情の見えない笑顔が、そんな事実を突きつけてくる。
「もしも私が未来に干渉しなければ――この世界はあと100年で滅ぶんだから」
軽い調子で来見は語る。
滅びの未来を。
「……どういう意味だ?」
あまり穏やかな話題ではない。
100年後となれば直接的に彼らと関わることはない。
だが、無視するには重大すぎる発言だった。
「考えてもみなよ。私がうまく導いたとはいえ、人類は50年でオリジンゲート攻略に至った。――なら、あと100年もあれば自然とオリジンゲートをクリアできる日が来るって思わないかい?」
「それは――」
景一郎は言いよどむ。
否定はできない。
50年の間に、世界は冒険者という存在に適応していった。
スキルや職業の知識も蓄えた。
より強くなるためのノウハウも積み上げてきた。
ならあと100年の蓄積があったのなら?
50年でここまで強くなれたのなら、150年でどこまで強くなれるのだろうか。
彼女の言う通り、その頃にはエニグマを安定して倒せるだけの戦力が確保できているのかもしれない。
「本来の未来では、人類は150年かけてオリジンゲートを攻略して――異世界の植民地となる」
来見はそう断言した。
未来の見える彼女にとっては、分かりきった事実なのだろう。
「冒険者として、私たちの世界は大きく遅れている。そしてその差は、時を経るごとに大きくなってゆく」
時間を重ねて強くなるのはこの世界の冒険者だけではない。
異世界の冒険者たちも、同じだけ――あるいはそれ以上のペースで強くなってゆく。
「だから私はオリジンゲートを攻略を強行して――異世界の冒険者と接触するタイミングを100年早めた」
来見はそう告げた。
「鋼紅。糸見菊理。忍足雪子。冷泉明乃。月ヶ瀬詞。碓氷透流。花咲里香子。そして――影浦景一郎。数多くの天才が生まれ、歴代最高ランクの【天眼】を宿した私がいる世代」
彼女は真剣な表情でそう言葉を並べてゆく。
思えば、この世代は逸材が多い。
来見の介入があったと考えても、これほどの数の天才が一か所に集まるのは奇跡だ。
「この世代は実力が大きく上振れした――異世界との実力差がもっとも小さい世代なんだ。異世界人を倒せるとしたら、今の世代しかありえない。だから私は、このタイミングで異世界人との戦争を起こす必要があった」
そしてこの奇跡だけが、2つの世界にある力の差を埋められる可能性。
彼女の言う通りかもしれない。
天才と呼ぶべき冒険者。
そんな逸材がこれほどの人数、同時期の同じ場所に現れるなど奇跡だ。
その奇跡はきっと、あと100年の間に2度と起こらないだろう。
「100年後の冒険者では、どうあがいても異世界人に勝てない。なら1%でも勝てる可能性のある私たちが戦うしかない」
100年後に存在する避けられない破滅。
それを回避するため、現時点で滅ぶリスクを負ってでも今戦う。
長期的で超然的な視点。
未来が分かるからこそ、その思考は合理性に傾く。
より長く世界を維持するため、今の世界を壊せてしまう。
それが天眼来見なのだ。
「手を打たなければこの世界は100年で終わる。でもここで私たちが勝てば、世界は存続できるんだ」
とはいえ、気になることがないわけではない。
「そもそもオリジンゲートを攻略しないように徹底すればいいだけじゃないのか? 門番を殺さなければ門は開かないだろ」
結局のところ、今回の件はエニグマを討伐してしまったことがそもそもの原因だ。
オリジンゲートの攻略さえしなければ、世界を隔てる門の閂は外れない。
100年といわず、永遠に異世界と関わらずに世界を維持することもできるはずなのだ。
「うん。最初はそう考えたよ。でも駄目だった」
しかし来見はその可能性は否定した。
来見としても異世界人との戦争などという重大なリスクを負いたくはなかったのだろう。
彼女は不本意そうに首を横に振った。
「異世界人の恐怖を知らない限り、人間はオリジンゲートの奥にある『何か』を求め続けてしまう」
オリジンゲートの奥にあるのは希望か絶望か。
それはダンジョンが現れてからずっと論じられてきたことだ。
通常のダンジョンでも人知を超えた財宝が眠っていた。
なら始まりのダンジョンには、これまでのアイテムを過去のものにしてしまうような物が存在しているのではないか。
――場合によっては、国家の地位を左右するほどの強大な何かが。
そう考えられてきた。
オリジンゲートをクリアすることで手に入る報酬。
それは甘い毒だ。
その向こう側に絶望が待っているというのに。
「どんなに止めようとしても、言葉を尽くしても止まらない。実際に異世界に侵略され、その危険性を知ってからでなければ止まらないんだ」
だから来見は選んだ。
――オリジンゲートを攻略してはいけない。
その言葉に説得力が生まれる未来を。
今回、世界は知った。
異世界の冒険者が自分たちを越える力を持っていることを。
たった数人の部隊が、国家の一部を容易く奪ってしまったという事実を。
もしも異世界の冒険者がすべて流れ込んできたのなら――どちらが負けるのかを理解してしまった。
「だからあえて異世界の侵略を受けたうえで――押し返す。そして今度は、リリスちゃんの力を借りてより強固にオリジンゲートを封じる」
――これで、金輪際オリジンゲートを攻略させないための種はまいた。
だからあとは、この危機を脱するだけ。
敵を追い返し、再び世界の門を固く閉ざしたのなら。
これからは異世界と関わらずに生きてゆける。
「そうすればこの世界は――破滅を回避できるんだ」
100年後の破滅も避けられる。
それこそが――
「景一郎君。これが私の思惑、その全貌だよ」
それこそが、天眼来見が視た最良の未来なのだ。
100年後に100%滅ぶ未来。
99%数年以内に世界が滅ぶが、1%の確率で世界が存続できる未来。
来見が選んだのは後者。
彼女が未来を視て、大駒を最適に運用できるからこそ生じた奇跡のルートを目指す戦いが今後のストーリーとなります。