1章 12話 嫌な予感
「ああ、いいぞ!」
詞に誘われたダンジョン攻略。
それに対する、パーティリーダーの反応は豪快だった。
集合場所となった飲食店に大声が響き渡る。
「そんな二つ返事でいいのか?」
景一郎はコーヒーを飲みながら尋ねる。
彼の向かい側に座っているのはヒゲ面の大男だった。
年齢はおそらく40代くらいだろう。
彼がパーティリーダーをしているそうだ。
名前は――大石と名乗っていた。
「もちろんだ! 月ヶ瀬の紹介なら間違いはないだろう」
「――【罠士】でもか?」
景一郎は問う。
彼が受け入れられた要因が、詞への信頼であるのなら。
詞の紹介ならば戦力になるだろうという思惑からなら。
景一郎の職業を知ってなお構わないのか。
そう問いかけた。
大石はコーヒーカップを手にしたまま固まる。
景一郎の言葉の意味を反芻しているのか、数秒間たっぷり硬直すると――
「【罠士】でもだ!」
大石はそう言った。
「将来的に魔都を目指すようなパーティなら分からないがな。俺たちみたいな年齢で、もう上のランクは目指せないようなパーティじゃ【罠士】がどうかなんてさほど問題じゃないからな」
大石は口を開けて笑う。
彼のランクはC。
定期的にダンジョンを探索したのなら、充分に稼げる等級だ。
「見たところ人格にも問題はなさそうだしな。危険なダンジョンで、背中を預けるのに一番大切なのはそこだろう。だから君は合格だ」
生活には困らない。
だからといって、貪欲に上を目指せる年齢ではない。
ゆえに戦力増強へのこだわりも少ないというわけなのかもしれない。
「それに臨時パーティとはいえ、俺たちはチームだ! 確かに【罠士】は個人としての戦闘力に欠けるといわれている!」
大石は立ち上がると、景一郎の肩を叩いた。
彼の職業が戦士系の【ソルジャー】ということもあり、叩かれた肩が少し痛い。
「だがパーティでなら話も変わる! パーティで【罠士】が力を発揮できないなら、それは指揮官――今回の場合は俺の力不足だ!」
大石はそう断言した。
それを見て、景一郎は少し笑う。
(そういえば昔は、ちゃんと俺も戦力になれていたんだよな)
それは【聖剣】発足から時間が経っていない頃のこと。
まだ、レベル差が致命的になる前のことだ。
あの頃はまだ、景一郎もパーティの一員として機能できていた。
罠で足止めをして、他のメンバーが敵の数を削るまでの時間を作る。
次々に敵を倒すようなことはできない。
それでも、ちゃんと自分の役割があった。
敵の足止めさえままならなくなってしまうまでは
「ちゃんとお前を活かしてみせる! 安心してくれ!」
大石は屈託ない笑顔で景一郎を受け入れる。
「田代と倉田も構わないな?」
大石は左右にいる男性に目配せした。
射撃に長ける【アーチャー】の田代。
魔術を扱う【ウィザード】の倉田。
彼らも今回のパーティメンバーである。
「構いませんよ」
「リーダーは言っても聞かないじゃないですか」
田代と倉田は呆れたようにそう言った。
2人もCランク冒険者であり、大石との付き合いは長いという。
つまり普段は3人のパーティに、景一郎と詞が臨時で加入しているということだ。
「まあな! とにかく今日はよろしく頼むぞ影浦君!」
「……はい。よろしくお願いします」
景一郎は頭を下げた。
これで門前払いを食らうという事態は避けられた。
「ね? 良い人たちだったでしょ?」
「……………………ああ」
隣にいる詞へとそう答えた。
詞は終始、景一郎が受け入れられることを疑っていないようだった。
それはきっと、このパーティの気質を理解していたからだろう。
「それじゃあ、さっそくダンジョンに向かうか!」
「おー!」
大石が立ち上がると、詞も元気よく腕を突き上げた。
食事は済ませ、メンバーは揃った。
ここからは仕事の時間だった。
(どうしてだ……?)
メンバーに合わせて景一郎も立ち上がる。
――その足取りは、重い。
ガチャガチャと音が鳴る。
動きに合わせて大石たちの鎧が擦れる音だ。
この数年で慣れ親しんだ音が景一郎の鼓膜を揺らす。
胸のしこりが大きくなった。
(さっきから違和感が拭えない)
胸に黒い何かが渦巻いている。
嫌な予感。
根拠のない勘。
景一郎の何かが無意識のうちに違和感を捉えていた。
(今回の探索――)
ダンジョンはここからそう遠くない。
半刻後には、もう探索が始まっているだろう。
だからもしこの予感が正しいのなら――
(――何かが起こりそうな気がする)
☆
今回のダンジョンは岩場だった。
岩しかないグレーの地面と、青い空だけが広がる世界だ。
そんな絵に描いたような殺風景。
そこに――黒百合が咲く。
「とりゃぁ!」
詞が体を回転させると、ふわりと黒いドレスが舞う。
彼女は四方を狼型のモンスターであるハウンドウルフに囲まれている。
ハウンドウルフは等級こそCだが、それなりに知能が高く、ゴブリンなどと比べて高度な連携を行うのが特徴だが――
黒い斬撃が閃いた。
「「「「グルッ……!?」」」」
二条の斬撃は、一瞬でハウンドウルフの首を落とす。
岩場に彼岸花が咲き誇る。
詞は狼の死体たちの中心でぺろりと舌を出した。
「よゆー☆」
ついでにVサインまで寄こしてきた。
「大石さんだいじょーぶー?」
「当たりめーよッ!」
詞の声に返事をしながら、大石はハウンドウルフに突進する。
彼の役割はタンク。
大盾でモンスターを止め――
「よしッ、足止めたぞッ!」
大石の宣言とともに、彼の背中越しに矢と魔法が放たれた。
攻撃は放物線を描き、大石の前にいたハウンドウルフの命を絶つ。
タンクが敵を止め、遠距離攻撃で殲滅する。
基本的なパーティ戦術の一つだ。
「いいのか? 俺を攻撃して」
景一郎は背後に迫る気配に声をかけた。
しかし敵はモンスターだ。
上級ならともかく、Cランク程度に会話が成り立つようなモンスターはいない。
「影浦お兄ちゃん! 後ろ来てるよ!」
景一郎を狙うハウンドウルフの存在に気付き、詞が警告を飛ばす。
だが――
「問題ない。もう――対処してる」
景一郎は横に跳ぶ。
彼を狙っていたハウンドウルフの顎は空振りした。
「いいのか? そこ、トラップがあるけど」
景一郎は罠を仕掛けていた。
ちょうど、彼を襲うハウンドウルフが着地するであろう場所に。
「ぎゃん!?」
炎のトラップがハウンドウルフを丸焼きにする。
決死の反撃をする余力さえなかった。
景一郎の役割は、後衛メンバーの防衛。
詞はスピードアタッカ―として独立してハウンドウルフを狩る。
大石もタンクとして敵を止めている。
だが、二人だけではカバーできない方角は存在する。
そこにトラップを仕込んでおき、後衛を務めている田代と倉田を守るのが景一郎の仕事だ。
(これくらいの敵なら【矢印】がなくても対処できるな)
敵の多くは詞と大石が担当している。
そのため散発的にしかハウンドウルフは襲ってこない。
それなら敵をトラップの上に誘導することも容易かった。
ゆえに景一郎は【矢印】のトラップも使わずに戦っていた。
ユニークスキルは特別な存在だ。
だからこそ、あまり自慢するものではない。
ユニークスキルは強力さゆえに嫉妬の対象となりやすい。
本人にその意図がなくとも、ユニークスキルをひけらかすような戦いは避けるべきだ。
仲間の1人がユニークスキルに目覚めてから、空気が悪くなるパーティなんていうものも見てきた。
だから景一郎は、今回のダンジョンでユニークスキルを使用するつもりはなかった。
「このあたり一帯の敵は倒したみたいだな」
大石は周囲の確認をする。
ハウンドウルフの気配はもうなかった。
「それじゃぁ、ボス部屋探しにレッツゴーだねっ」
「ったく、5人中3人がオッサンなんだぞ。ただでも腰にクる地面だってのに、ぴょんぴょん軽快に跳ね回りやがって……」
腰を叩きながらも大石は詞の後を追う。
(思っていたより、強い冒険者だったな)
景一郎は詞の背中を見てそう思う。
終始、軽い調子で振る舞う女装少年。
それは戦闘中でも変わらない。
変わるとしたら――彼を見る目だけだ。
月ヶ瀬詞の職業は予想通り【アサシン】だった。
スピードはいうまでもない。
特筆すべきは、動きの繊細さだ。
足さばき、武器さばき。
そのどちらも高水準でまとまっており、アサシンとしての身軽さをロスなく発揮している。
彼は間違いなく――さらに上のランクへと駆け上がる側の冒険者だった。
(それだけに気がかりだ)
最後尾を歩きながら、景一郎は眉を寄せる。
――まだ、嫌な予感が消えない。
(チームに破綻の兆候はない。ダンジョンが想定を超えた難易度だったわけでもない)
ごくまれに、事前予測とは違う難易度のダンジョンが存在する。
それを警戒していたが、実際に入ってみればそんなことはない。
難易度は聞いていた通りCランク相当だ。
嫌な予感はする。
だが、その理由が見えてこない。
今でも攻略は安定していて、大打撃を受ける様子もない。
このまま順当に探索を進め、順当にクリアできるはずだ。
(俺の予感は……気のせいだったのか?)
嫌な予感の正体とは――