表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

126/275

7章  5話 誰にも聞かせない言葉

「いやぁ、お友達とピクニックだなんて初めてだよ」


 来見はそう笑う。

 その表情はいつもの人を食ったようなものではなく、年相応のものに思えた。


 ――景一郎たちがいるのはダンジョンの一室。

 石像たちを駆逐した後、来見がここで一晩を過ごすよう提案してきたのだ。


 正直なところ、少しでも早く進みたいという気持ちはある。

 しかし彼女がここで休憩を挟むことを提案した以上、そこにはそれなりの意味があるのだろう。

 

「なら安心していいぞ。これが終わっても初めてのままだ。ここにお友達はいないし、ピクニックでもないからな」


 来見が用意していたランプを囲む景一郎たち。

 とはいえ彼らは仲良しグループでも何でもない。

 仲良しどころか信頼関係さえ危うい面々だ。

 当然ながら楽しいピクニックになるはずもない。


「うふふ。辛辣だね」

「……理由は、心当たりがあるだろ」


 依然として来見は心中を語らない。

 

 異世界を隔てる境界を破壊した理由。

 その先に彼女が何を求めているのか。


 秘密さえもひっくるめて信じる。

 そう言えるほど濃密な関係を築いてきたわけでもない。

 結局のところ、来見は不可解な人物のままなのだ。


「分からないから、私の胸に教えてもらおうかな?」

 

 そんな景一郎の反応をどう思ったのか、来見は彼の手を取る。

 そして彼女は彼の手を自身の胸元へと導いた。


「な……! おい――!」


 思わず景一郎は困惑の声を上げた。


 着物越しということもあり、手元から彼女の肉体を感じることはない。

 とはいえ状況が状況だ。

 平静を保てるか否かは別問題だ。


「ふふ……冗談だよ。君は女の子に困っていないからね。私の出る幕はないよね」

「なんだよそれ……」


 へらりと笑う来見。

 彼女から解放された自分の手を見つめ、景一郎は微妙な気持ちになった。


「なあ天眼来見」

「なんだい?」


 特に気にした風もなく来見は続きを促す。

 マイペースで、手応えがない。

 自分の言葉がちゃんと届いているのか不安になるほど彼女はいつも通りだ。


 共にダンジョンに潜っても、彼女のことは分からないまま。

 ならばそれでもいい。

 こちらも、言いたいことを言うだけだ。


「この際、そっちの目的は後で話すっていうならそれでいい」


 きっと彼女は真意を詳らかにはしないのだろう。

 仮にそうしたとして、彼女の言葉を鵜吞みにしていいのかも分からない。

 彼女は必要ならば嘘を吐くはずだから。

 真実を伏せるはずだから。

 より良い未来のために。


「これだけは先に聞いておきたい」


 ならば、案外どうでも良いのかもしれない。

 彼女が何を考えているのか。

 それを問いただす必要などないのかもしれない。



「お前の目的に『【聖剣】の奪還』が含まれてるっていうのは嘘じゃないよな」



 彼が知りたいのは、ただそれだけだから。


「うん。嘘じゃないさ」


 景一郎の問い。

 それに来見は答える。

 ――彼の想像よりも真摯な表情で。


「もちろん『生きているからセーフ』とかそういう屁理屈じゃないよ。彼女たちにもまだ戦力として活躍してもらう必要があるからね」

「そうか……」


 無条件には信じられない。

 でも、都合良く信じることにする。


 紅たちを無事に助け出せる。

 そんな都合の良い未来が待っていると信じなければ――進めそうにない。

 立ち止まってしまいそうになるから。


「ちなみに、なんで彼女たちが敵の手に落ちるような行動をしてしまったかというと――」

「もういい」


 景一郎は彼女の言葉を遮る。

 嬉々とした彼女の口振りが不快だったから――ではない。


「おやおや。私の言葉は聞くに堪えないのかな?」

「別に」


 ほんの少しだけ、景一郎の口元に笑みが浮かぶ。


「俺が強くなれば、紅たちが無事に戻ってくるっていうなら……今はそれでいい」


 もう、戦うための理由は聞けた。

 ならばこれ以上の事情は後回しで構わない。


 真実だとか未来だとか運命だとか。

 そういった大それたものは一旦どこかに置いておく。


「お前があいつらを危険にさらした理由は――この際どうでも良い」


 きっとその行動には来見なりのロジックがあって。

 彼女なりの選択だったのだろう。


 だがそこに景一郎は興味を持たないことにした。

 大局なんてどうでもいい。

 今の彼が考えるのは『紅たちを救えるかどうか』だけでいい。


「もう寝るからな。明日はもっとハードなんだろ?」


 景一郎は立ち上がる。


 わざわざここで休憩をさせるくらいだ。

 明日は厳しい戦いが待っているのだろう。

 ならば万全で立ち向かう。

 そして――今度こそすべてを守ってみせる。


 彼はそのまま部屋の隅で眠りについた。



「……眠ってる、みたいだね」


 来見は音もなく景一郎に歩み寄る。


 何時間もSランクのモンスターと戦い続けていたのだ。

 すでに疲労困憊だったのだろう。

 彼女が近づいても、景一郎は目を覚まさない。


 この部屋で起きているのは来見だけ。

 今の彼女の言葉はただの空気の振動でしかなく、誰の心情にも一切の影響を及ぼさない。

 だからこそ彼女は『彼女の言葉』を吐き出すことができる。


 

「本当は……優しい言葉をかけてあげたいんだけどね」



 無防備な景一郎の寝顔を見つめる。


「本当は、苦しいんだよね?」


 この1年。

 彼の人生は波乱の連続だったことだろう。

 そして未だ、彼は光明の見えない道を歩いている。

 それは間違いなく苦難の道で、心を削られる戦いだ。


「でも私は、君の弱さを受け止める立ち位置にはいられない」


 彼を支えるのは、仲間の役回りだから。


 さしずめ天眼来見は狂言回し。

 主人公と一緒に魔王と戦えるような立場ではない。

 主人公が物語をハッピーエンドで締めくくれるように、通るべきイベントの存在を語ることしかできない。


「ああ……難儀だよ」


 彼の頬に手を伸ばし――止める。

 束の間の休息くらい、許されるべきだから。

 彼女が触れたところで、彼の救いにはならないから。


「自分の言葉が未来にどう影響を及ぼすか分かってしまうから、私は君の前で私の言葉を紡げない」


 天眼来見は未来が視える。

 自分の言葉が、運命のレールをどう動かしてしまうのかを知っている。


 未来を知っている。

 自分のワガママがどれほど未来を暗くするかを知っている。


 だから意思に反してでも最良の選択を取り続けるしかない。

 運命が分かるからこそ、どこまでいっても天眼来見は『運命の操り人形』だった。

 誰よりも、運命に縛られて生きていくしかなかった。


「私は――より良い未来のためなら、追い込まれている君に残酷な言葉を投げかけなければならない」


 優しい言葉。

 心ない言葉。

 その先の未来を知っている彼女は、どちらが『正しい』のかが分かってしまう。


「未来なんて視えなくて、無責任に優しい言葉をかけられたなら……きっと楽なんだろうけどね」


 未来のことなんて考えず、今の彼に優しくできたらどれくらい楽だろうか。

 痛みや苦しみに寄り添えたらどれほど楽だろうか。

 でも――


「でもそれじゃあ、この世界は救えない」


 優しさの果てに行きつく未来が絶望だと知っているのに、甘い言葉をかけてしまうのは本当の優しさとは呼べない。

 ここで彼が歩みを止めてしまえばすべてを失うと知っているのに「休んでもいいよ」なんて言えるわけがない。


「ごめんね景一郎君。世界を救うためなら、私は君を地獄に落とさないといけない」


 ――より良い未来のために。

 ――大多数の幸せのために。


 来見は景一郎に強いることとなる。

 戦いを。

 ――場合によっては、その代償を。


 より多くの人が納得するハッピーエンドのため、少数には犠牲を強いなくてはならない。


「君が苦しむと分かっていても『正しい』言葉を投げかけないといけない」


 神のように未来を選別する。

 幸せと不幸せの配分を決めてしまう。

 それはきっと冒涜的で、地獄に落ちるべき所業だろう。


「だからもし、悔しかったら」


 ただ都合の良い瞬間、場所に生まれた。

 未来を動かすために最適な人材だった。

 そんな理由で戦場に引きずり込まれる理不尽。


 その手引きをした女を憎く思うのなら。

 人生を弄ばれたことが口惜しいなら――



「私も一緒に、地獄に引きずり落とすと良いさ」



 すべてが終わった後、存分に復讐してくれると良い。



「…………楽しみにしてるよ」


 

 罰のない罪は、思いのほか苦しいものだから。

 選択肢のあるゲームにも『ハッピーエンド』と『バッドエンド』の概念は存在していて。

 そこに正解と不正解がある以上、選択肢が与えられたとしてもプレイヤーは自分の思うがままに選び続けるわけにはいかない。

 正しい選択をして、ゲームをクリアするしかない。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ