7章 4話 神のダンジョン
それは黒の神殿だった。
顔が映り込むほどに滑らかな床を踏みしめ、景一郎たちは歩いてゆく。
「これは――すごいな」
巨大な広間。
並び立つ柱の向こう側にそれはいた。
それは巨大な石像だ。
神殿と同じ材質なのか、石像は美しい光沢を放っている。
「雰囲気からすると全部Sランクか……?」
だが問題はその威圧感。
モンスターのランクというのはある意味で曖昧なものだ。
明確な基準はなく、相性次第では低ランクのモンスターのほうが脅威になることもある。
だが、あの石像は間違いなくSランクに踏み込んだ存在だ。
(どう見ても50以上はいるよな……)
しかも、数が多い。
Sランクに匹敵するモンスターが広間を陣取っている。
――さらにいえば、広間の奥からさらに追加で石像が増え続けている。
数だけならばオリジンゲートで発生していたモンスターハウスのほうが大規模だ。
しかしモンスター個々の性能が違う。
総戦力という観点では、オリジンゲートを越えているだろう。
「ま、これくらいの数がいたらレベルアップには困らないんじゃナイ?」
「無茶言うなよ」
リリスの言葉に景一郎は抗議する。
Sランクの群れを倒せなど無茶振りがすぎる。
これではレベルが上がる前にこちらが死ぬ。
「いや、無茶を言わせてもらうさ」
だが、来見はリリスの言葉を肯定した。
「景一郎君が挑むのは0%の未来だ。無茶くらい通さなきゃどうしようもない」
――【先遣部隊】は強力だ。
今の景一郎では彼女たちを討ち取ることは叶わない。
少しの強化では足りない、劇的な強化が必要なのだ。
「そういうこった兄弟」
アナザーはそう言って歩みだす。
彼は肩に太刀を担ぎ、石像たちと対峙した。
「この際、あいつらは関係ないだろ」
アナザーは語る。
来見やリリス。
彼女たちが言うから行動するのではないだろう、と。
「お前は守らなければならない奴がいるんだろ?」
彼女たちは関係なく、景一郎には進まねばならない理由があるのだろう、と。
「なら、学べよ兄弟」
彼は歩く。
景一郎と瓜二つの背中で、彼の前を歩く。
「影浦景一郎の戦い方ってやつをよ」
☆
「【影魔法】ッ」
アナザーは跳び上がると太刀を手放した。
自由落下する黒太刀。
その柄頭からは――影の鎖が伸びている。
「らぁッ!」
アナザーは影を手に、太刀を縦横無尽に振り回した。
彼を中心として球形状に展開される斬撃。
それらは【影魔法】によって拡張されたのなら――
「マジか……」
無差別にまき散らされた影の斬撃が石像を蹂躙してゆく。
規則性がないからこそ読みづらく、回避が難しい。
斬撃の威力もあいまってかなり厄介な攻撃だ。
「おらッ!」
そしてアナザーは回転しながら床へと降り――斬撃を床に叩き込む。
床を割る亀裂。
それは勢いよく広がり、石像を呑み込んでゆく。
だが石像もただ消え去りはしない。
地割れから大量の腕が伸び、アナザーへと襲いかかる。
しかし――
「【概念展開・時流遡行】」
アナザーが床に掌を押し当て、そう唱えた。
すると破壊された床が時を遡って修復されてゆく。
そう。床だけが戻ってゆく。
床の亀裂が戻ろうとも、そこに呑み込まれた石像たちが戻ることはない。
石像は閉じてゆく亀裂に挟まれ――砕けた。
「……すごいな」
(俺のスキルってああいう使い方もできるのか)
アナザーのスペックは景一郎とそう変わらない。
ただ――巧いのだ。
彼は景一郎よりも上手くスキルを操る。
自身の能力への理解度が違う。
そしてそれは――同じスキルを有する景一郎にとって参考にすることができる技能だった。
「ゴォォォォォォォッ」
ただ殴りかかるだけでは勝てない。
そう判断したのだろう。
石像は床に指を押し入れると、めくり上げるようにして瓦礫の山を飛ばしてくる。
「おやおや。こちらにまで飛んできたよ」
強大な腕力で飛ばされる岩の雨。
その範囲は景一郎たちだけでなく、後方に控えていた来見をも射程に捉えていた。
「よいしょっと」
それに対して来見が選択したのはバックステップ。
彼女は一般人。それも足に障害を持っている。
そんな彼女が片足で跳んだ距離はたった数十センチ。
しかし降り注ぐ瓦礫は予定調和のように彼女を避けてゆく。
「これくらい、未来を知っていれば当然のことだよ」
その理由は、未来視。
あらかじめ彼女は、瓦礫が飛んで来ない位置を正確に割り出していたのだ。
だからこそ、ほんの少しの移動で数十もの瓦礫を回避して見せた。
「そういうわけで、景一郎君はこちらを気にせずに戦ってくれていいよ」
そして来見は傷一つなく、景一郎に戦闘続行を促すのであった。
☆
「はぁ……はぁ……」
景一郎は息を切らす。
すでに戦闘は数時間に及んでいた。
何度もレベルアップした感覚を覚えながら、彼は戦い続けていた。
時に力押しで。
時にアナザーが見せた技術を模倣して。
時に体力温存のため巧みに手を抜いて。
そうやって戦い続けてきた。
だがそれも限界が近い。
石像の数は減らない。
討伐数と増援が拮抗しているのだ。
押されてはいないが、終わりが見えない。
「うーん。そろそろ体力の限界かな?」
そう口にしたのは来見だった。
彼女は呑気に部屋の隅で壁に体を預けている。
「休むかい?」
「休んだら死ぬだろこの状況っ……!」
「確かにそれはそうだ」
景一郎の言葉に来見は笑う。
騙し騙し体力を温存しているものの、着実に体力は削られてゆく。
だが後先を考えない攻勢に出たとしても押し切ることは難しい。
正直、手詰まりに思えてくる。
「というわけで戦術指南の先生アナザー君に代わり、新たな先生を紹介するとしようかな」
その状況を見て、来見は手を叩いた。
「【魔界顕象】担当のリリスちゃん。教えてあげてよ」
「ハイハイ」
面倒くさそうにリリスが歩き出す。
これまで彼女は降りかかる瓦礫を防御することはあっても、攻略に手を貸すことはなかった。
しかしここからは戦線に立つつもりらしい。
「リリスちゃんには【魔界顕象】について教えてもらおうかな」
「……ハァ」
リリスは景一郎の横を抜け、先頭に立つ。
「【魔界顕象】スキル……まあ、他の世界では心象世界とか固有結界とかいろいろ呼び方はあるケド……。これにはいくつかの特徴があるんだヨネ」
そう彼女は語った。
【魔界顕象】が有する性質を。
「【魔界顕象】はそれぞれに召喚する世界の大きさが決まってるワケ」
グリゼルダ。オズワルド。
これまで【魔界顕象】を見せたとき、術者を対象として円形状に世界が染め上げられていた。
その半径は、術者によって一定ということだろう。
「で、広ければ広いほど強力な恩恵を得られる代わりに脆く、狭ければ狭いほど恩恵は少ない代わりに密度の濃い世界が召喚されるってカンジ」
【魔界顕象】の広さは千差万別。
しかしそこに優劣があるわけでなく、それぞれに強みがあると彼女は語る。
「【魔界顕象】同士がぶつかると世界の侵蝕合戦が起きて、密度の濃い世界のほうが優先的に顕現スル」
それはグリゼルダも話していた覚えがある。
彼女はその性質を用いて、オズワルドの【魔界顕象】を相殺していた。
「で、実物はコレ」
そう言うと、リリスは両手を広げた。
その時、彼女の頭上に肉塊が出現した。
ドクドクと脈打つ肉の塊。
あれは――巨大な心臓だ。
「【魔界顕象・最果ての此方】」
鼓動する心臓。
それが――破裂した。
どす黒い血が周囲に飛散して、波及する。
彼女を中心として足元が黒い沼に侵食されてゆく。
床。壁。
すべてが汚泥に覆われると、そこに血のような花が咲き誇った。
それらはすべて彼岸花だった。
大量の彼岸花は不気味に咲き乱れ、死の気配を醸してゆく。
「これは……」
景一郎の頬を冷や汗が流れる。
グリゼルダ。
エニグマ。
オズワルド。
これまで見た【魔界顕象】のどれよりも不吉で――おぞましい。
吐き気を催すほどの死の気配が世界を満たしてゆく。
この世界では――誰も生きてゆけない。
生きる希望もすべて――腐れ落ちてゆく。
「――全部壊れちゃえ」
それが始まりだった。
リリスの号令と同時に、石像が泡立つ。
――腐っているのだ。
無機物であるはずの石像が、どろどろと腐ってゆく。
彼女の【魔界顕象】は景一郎たちの視界すべてを巻き込んでいる。
おそらく――この広間の向こう側まで。
100メートルや200メートルに収まらない広範囲にあいてあらゆる敵が殲滅されてゆく。
「――これが【魔界顕象】を持ってる奴と、持ってない奴の違いなワケ」
たった数秒。
それだけで彼女はこのダンジョンを制圧した。
石像たちは何も抵抗できなかった。
【魔界顕象】を無効化することもできず、攻撃が届く位置まで踏破することもできず。
当然のように殺された。
【魔界顕象】を持たない。
それは、【魔界顕象】を持つ者に対して一切の対抗策を持たないということ。
ただ【魔界顕象】に踏み入れてしまった時点で勝ちの芽が摘まれてしまう。
それほどに理不尽な違いなのだ。
「これは…………」
そしておそらく、【先遣部隊】のメンバーは全員【魔界顕象】を有している。
そんな相手と戦うためには、同じ舞台に立つことが必須。
とはいえ、それはそれとして――
「これは……どうみても女神の攻撃方法じゃねぇ……」
周囲にいる全生物を腐らせる。
どう考えても女神の所業ではなかった。
「ふんッ……!」
「ふぐッ!?」
口は禍の元。
景一郎はリリスに蹴り倒され、床を舐めることとなった。
広い【魔界顕象】の持ち主
→【魔界顕象】を持たない相手に圧倒的優位を取れる代わり、相殺されやすいため【魔界顕象】使い同士の戦いに弱い
狭い【魔界顕象】の持ち主
→【魔界顕象】を持たない相手でも間合いの外から勝てる可能性がある代わり、相殺されにくいため【魔界顕象】使い同士の戦いに強い
という感じでしょうか。




