7章 2話 歪なパーティ
「レベルアップといえばダンジョン攻略だよね☆」
そう来見が切り出した。
――現在、景一郎は彼女たちにつれられるまま庭園を訪れていた。
いわゆる枯山水というのだろう。
和を感じさせる庭を横目に、彼らは歩いてゆく。
「それじゃあ気張って行こうじゃないか」
「おい……」
そう語る来見に景一郎は声をかける。
景一郎の強化をしたい。
だからレベルアップ――というのは分かる。
しかしなぜ庭の散策をしているのだろうか。
こんな場所にダンジョンがあるとは思えないのだが。
「どうしたんだい景一郎君。ファイトが感じられないじゃないか」
振り返る来見。
彼女は小首をかしげて彼の言葉を持つ。
「あのさ……これ、マジで言ってるのか?」
確かにダンジョンがどこにあるのかという疑問はある。
しかしそれ以上に、彼としては真っ先に問いたださねばならない事実があるのだ。
「はて」
「このメンバーでやる気も何もあるかッ……!」
景一郎はその場にいる者たちに指を向けた。
1人目、天眼来見。
2人目、リリス。
ここまではいい。
釈然としないものはあるが、いいことにしておく。
問題は3人目――最後の1人だ。
「なんでこいつがいるんだよ! しかもいつの間にか! 自然すぎてツッコミを入れるタイミングが分からねぇんだよ!」
そこにいたのは景一郎と瓜二つの男だった。
色が反転した眼球。
色の抜けた白髪。
それは――彼がアナザーと呼んでいたモンスターだった。
「……メンドくさ」
「まあ兄弟。そう言うなよ」
景一郎の指摘にリリスは頭を掻き、アナザーは彼の肩を叩いた。
「……いや、お前が原因なんだけどな」
当然のようにここにいるが、アナザーとは2度も殺し合っている。
そもそも、モンスターである彼がここにいること自体が不可思議だ。
なぜか会話できている点といい、自分の正気を疑いたくなるほどにおかしな状況になっている。
「正論なんて無駄だ……こいつらに俺たちの言葉は届かねぇ」
「俺の顔と声で諦めたこと言うなよッ……! 俺も同じこと言ってる未来しか見えないんだよッ……!」
肩をすくめるアナザー。
彼にとっても来見やリリスは会話が成り立つ相手ではないらしい。
不安すぎるメンバーだった。
「おお。未来が分かるだなんて、景一郎君も天眼に目覚めたのかい?」
「目覚めるまでもないって話だ」
景一郎は溜息を吐く。
未来など見えなくとも、振り回されてしまうのは確定だった。
「ってか、さっさとしなさいヨネ」
少し開けた場所に出ると、リリスがそう急かしてくる。
だが、ここには何もない。
風情のある庭が広がっているだけで、ダンジョンなど気配も感じられない。
何をさっさとしろと言うのだろうか。
「どこに行くかもまだ聞いていないし、さっさとするも何も……」
「いや、自分でダンジョン造れるデショ」
「……ダンジョン攻略って、あれを攻略するのか?」
景一郎は問いかえる。
確かに彼には【ダンジョン顕象】というスキルがあり、ダンジョンを作成できる。
どうやらここに向かったのは、ダンジョンを作ることのできる場所を探してのことだったらしい。
「気が付いてなかったのかよ」
アナザーが笑う
「なんとなく分かってんだろ。お前が強くなるためには、あのダンジョンの攻略は避けて通れないって」
しかしすぐに彼は真剣な表情へと変わった。
そして景一郎と正面から対峙する。
「【ダンジョン顕象】は――いわば、未完成の【魔界顕象】だ」
そう告げるアナザー。
否定することは――できない。
「確かに、そんな気はしていたけど……な」
多少の違いはあれど【魔界顕象】はダンジョン――そのボス部屋を召喚していた。
その類似性は以前から感じていたことだったから。
とはいえ疑問も残る。
「【魔界顕象】は人間には使えないんだろ? 俺には使えないんじゃないか?」
「え?」「?」「…………」
……微妙な間があった。
「おい……何かおかしいこと言ったか?」
気まずさを感じながら景一郎は問う。
自覚はないが、そんなに的外れな発言だったのだろうか。
「いやいや景一郎君は人間だよ――半分だけ」
「普通この流れで気付くデショ」
面白がる来見。呆れた様子のリリス。
彼女たちの判定では、景一郎は人間ではないそうだ。
「ま……こいつらに比べれば人間なんじゃねぇの? 心は」
逆説的には、景一郎の肉体は人間ではないということになるのだが。
複雑な表情を浮かべる景一郎。
そんな彼をアナザーはにやついた笑みで眺め――
「ぐふッ……!?」
――リリスに蹴り倒された。
おそらく、暗に性格を批判されたことへの報復だろう。
アナザーは見事に地面を舐めていた。
「なんていうか……このメンバーではそういう立ち位置なんだな……お前」
殺し合った間柄。
だが、そのみじめな姿に思うところがないと言えば嘘になる。
それが自分と瓜二つとなればなおさら。
「安心しろ……すぐにお前もそうなる」
「やめろ。俺の現実逃避を邪魔するな」
なんとなく想像できるだけに嫌だ。
「――ともあれ、俺が人間じゃないってどういうことだ? ちゃんと両親は人間だぞ」
彼の両親は存命。
もちろん義理の親ではない。
孤児でもなければ、記憶の欠落もない。
当然、謎の組織に改造手術を施された記憶もない。
そんな疑問をぶつけると――
「君は後天的な【混成世代】だからね」
来見はあっさりとそう答えた。
【混成世代】。
それは聞いたことがある――つい最近。
「【混成世代】っていうと……あいつらが言ってた、人間とモンスターの……ってやつか」
異世界から現れた冒険者。
彼らが口にしていた。
【混成世代】は人間とモンスターの間に生まれた子、だと。
そして【魔界顕象】は【混成世代】にだけ許されたスキルだと。
「そうそう。厳密に言えば【魔界顕象】は、人間とそれ以外の種族の因子を有している存在にしか使えないだけで、相手がモンスターである必要性はないんだけどね。なんならエニグマみたいな摂理側の存在――『神』が相手でも構わない」
「あれが……神……か」
景一郎はそう漏らす。
世界と世界を区切る番人。
確かにその在り方は、超常的な存在を思わせる。
「それなら、俺はその因子とやらをいつ取り込んだんだ? 後天的っていうことは、そういうタイミングがあったってことだろ?」
残るは改造手術説だろうか。
だが自覚はない。
呪いのアイテムなんかも記憶にない。
モンスターを食ったわけでもない。
「まあこっちの世界の技術じゃ、モンスターの因子を取り込んでも拒絶反応で死んじゃうからね。この世界の外側にある力を借りたんだ」
「?」
世界の外側。
とっさに思いつくのはバベルたち、エニグマ――そしてグリゼルダだ。
しかしエニグマは景一郎の異常性に気付きながらも、その正体を把握していないように思えた。
ならばエニグマ、そして彼と戦って以降に出会ったバベルたちは除外すべきだ。
残る候補はグリゼルダだが――何かあっただろうか。
【光と影】によって従属関係となったことで、彼にも影響があったのか。
――そういえば彼女は眷属化の能力も持っていた。
洗脳が解けてから、秘密裏になんらかの干渉を――
「覚えてないかい? 君はリリスちゃんと濃厚なベロチューをしたじゃないか。もうぬちゃぬちゃと唾液を交えたじゃないか。そのときに彼女の因子をいっぱい取り込んだわけさ」
「………………」
来見の言葉が景一郎の視界をぶった切った。
――列車の事故。
エニグマの襲撃で死にかけた景一郎はリリスと出会った。
そして来見の言う通り――そんなことをした記憶がある。
「うわ……唾液感染とかするのかよ。ほぼ病気じゃねぇか」
「………………」
「ふぐッ!?」
――蹴り倒された。
完璧な回し蹴りである。
「――随分と様になってきたじゃねぇか兄弟」
「地面に這いつくばった姿が様になってる兄弟って地獄じゃねぇか」
影浦景一郎とアナザー。
容姿だけでなく、地面を舐めた者同士という共通項が生まれた瞬間だった。
このメンバーだとアナザーが振り回され役に……