表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

122/275

7章  1話 天の眼を持つ少女

「っ……」


 景一郎はゆっくりと目を開いた。

 

「どこだ……?」


 彼はなぜか布団の中にいた。

 見回してみれば、そこは和室。

 障子越しに日差しが彼を照らしている。


 どうにも状況が分からない。

 そもそも、ここに見覚えがない。

 彼がなんとか平静を保とうと努めていると――


「お久しぶりだね。景一郎君」


 襖が開かれた。


 現れたのは白い少女。

 髪も、肌も。

 すべてが白々しい少女だ。


「…………天眼、来見」


 そして彼女は、景一郎も知っている人物だった。


 思えば、彼女が住んでいる屋敷はすべて和室だった。

 ここはそのうちの一室なのだろう。


「いやはや残念だったね。どうやら未来は変わらなかったらしい」

「ッ……」


 来見の言葉で混濁していた記憶が鮮明になってゆく。

 

 今ここにいる理由は分からない。

 だが、ここに来るまでの記憶が少しずつ浮き彫りになってゆく。


 最期に見た、大切な人たちの姿も。


「後悔しているのかな? 無力感に打ちひしがれているのかな?」

「………………」


 景一郎は答えない。答えられない。

 そんな彼に歩み寄り、来見は笑う。

 そして――抱き締めた。



「いいんだよ景一郎君。君は悪くない」



 景一郎の頭を胸に抱え込むようにして来見は語る。

 母が、子供を慰めるように。



「だって、君は私の操り人形になってくれただけなんだから」



 そして、とびきりの悪意を吐きかけた。


「それはどういう――」


 思わず景一郎は顔を上げる。

 対して、来見は笑ったまま。

 それがあまりに白々しくて、不気味だった。


「ありがとう――私が導くまま、私の望む未来を手繰り寄せてくれて」

「ッ――!」


 頭が事態に追いついたわけではない。

 彼女の言わんとすることを理解など出来ていない。


 だが気が付けば、本能的に彼の手は来見の首へと伸びていた。


「ぁ……ぅ……」


 相手はどんなに不可思議であろうとも、肉体強度は一般人と変わらない。

 景一郎が片腕で来見の体を持ち上げれば、彼女はそれを振りほどけない。

 彼の手首を掴んでいても、その抵抗に一切の意味はない。


「答えろ……! どういうつもりでこんなことをッ……!」


 景一郎は彼女の体を壁に叩きつけて問い詰める。


「未来が視えるお前なら異世界のことも知っていたはずだッ……! なんでこんな――世界を……いや、あいつらを……死なせるようなことをッ……!」


 詳細は分からない。

 だが、あの結末を来見がまったく予期していなかったとは思えない。

 予知をできる彼女が、未来を知らなかったとは思えない。


「答えろよ天眼来見ッ……!」


 ならば、彼女が意図的に情報を伏せていたと考えるのが妥当。


 なぜなのか。

 それがおそらく、彼女に都合が良かったから。

 だとしたら、どんな高尚な理由であったとしても景一郎はそれを赦せはしな――



「イヤ――それじゃ無理デショ」



 その時、声が聞こえた。


「そいつ体の強度は普通の人間だから、早く離さないと死ぬんだケド」


 気が付くと、この部屋にはもう1人の少女がいた。


 黒髪の、澱んだ眼をした少女。

 彼女は触手を編み上げたようなドレスを纏い、そこに立っていた。


「ぁ……」


 第三者の介入により、彼の頭は急速に冷えてゆく。


 彼の手から力が抜け、来見の体がずるずると壁を滑り落ちた。

 そのまま彼女は床に手を着いてえずく。


「ぉぇ……あらかじめお昼を抜いておいてよかったよ。未来を視ていなかったら絶対吐いてたね。うん」

「……視えてたなら、お得意の調節で避ければ良かったんじゃナイ?」


 這いつくばったままの来見に黒い少女はそう言った。


「グッドコミュニケーションのためには必要だったんだよ」

「どう見てもバッドコミュニケーションだったケド」

「…………お前」


 そんなやり取りの中、景一郎は気づいた。

 ――黒い少女に、見覚えがあることに。


「?」

「ああ……そういえば、こっちも久しぶりの再会だったね」


 怪訝な顔をする黒い少女。

 一方で、来見は得心がいったように笑った。


「なるほどな……。つまり、俺が【聖剣】を抜けたときから……仕組まれてたってわけか」


 景一郎はそう漏らす。


 あの少女と出会ったのは――列車だ。

 【聖剣】を抜けた景一郎が魔都から出るために乗った列車。

 エニグマによって襲撃されて死にかけた彼のもとに現れたのが、あの黒い少女だったのだ。


 そして黒い少女は来見と共にいる。

 つまり、黒い少女は来見の指示に従って景一郎と接触していた可能性が高いというわけだ。


「? なにか勘違いをしていないかな?」


 そんな予想を否定したのは他ならぬ来見だった。


 彼女はよろめきながら立ち上がる。

 そして、両手を広げた。



「私が仕組んでいたのは――最初からだよ」



「最初……?」


 来見の宣言。

 その意図を正確に理解できず、景一郎は問い返す。


 すると彼女は、嬉しそうに語り始める。


「そう――――君が冒険者になるって決める前からずっと、だよ」

「ッ……!?」


 ――天眼家は日本で特別な家系だ。

 未来視を用いて、この国を導く役割を担っているから。


 国を導けるのだ。

 なら個人を導くことなど造作もないはずで――


「確か、景一郎君が冒険者に憧れたのはテレビ番組がキッカケだったよね」


 来見は笑う。

 景一郎さえあやふやにしか覚えていないような思い出を指摘して。


「だから私は、君が偶然テレビをつけるタイミングで冒険者の番組を放送するように手を回した。これで冒険者・影浦景一郎の生誕が決定さ」


 そんな些細なキッカケのため、来見は手を回した。


 当時は小学生だった影浦景一郎を導くため。

 当時は幼稚園に通うような年齢であっただろう天眼来見が手を回していた。


 その事実を想像して、怖気が走る。


「そして君は、当時仲が良かった鋼紅、糸見菊理、忍足雪子にその話をして――あの3人は皆で冒険者となることを提案した。はい。これで【聖剣】の結成だ」

「それは――」


 景一郎は言葉に詰まる。


 ――昨日見た番組が面白かった。

 そんな雑談がこの未来へのルートを作ってしまったのか。


「同年代の子供がおままごとをしているころ、私は君の人生を調整していたってわけさ。だから君の人生は、昔から私の掌の上だよ」


 来見は両手で景一郎の頭を挟み込む。

 そして引き寄せた。

 2人の額が触れ合う。


「君の人生は、私の人生なんだ。私は――私の未来よりも――そして君自身よりも、君の行く末を考えて考えて考えて――導いてきたんだから」


 そして甘くささやく。

 愛しい人を寝屋に誘うように。

 優しく抱き寄せて、毒牙を――突き立てる。



「運命の出会いも」



 鋼紅。

 糸見菊理。

 忍足雪子。

 3人の仲間と出会えたのも――



「挫折も」



 【聖剣】とともに戦えなくなったことも――



「再起も」



 冷泉明乃。

 月ヶ瀬詞。

 碓氷透流。

 花咲里香子。

 彼女たちと再び立ち上がれたのも――



「――悲劇も」



 そして、紅たちを喪ってしまったことも。



「全部、私が手を加えてきた結果なんだよ」



 そう彼女は暴露する。

 妖しい笑みとともに。


「だから気にしなくていいんだよ景一郎君。この未来は君の努力不足なんかじゃない」


 来見の手が景一郎の頭を撫でた。

 優しく。

 優しく。

 毒を塗り込むように。



「君が生まれてからこれまで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから君が何かを手にしたのも、何かを失ったのも全部私のせいなんだ。君の人生で起きた物事の全部全部全部が、私の責任なんだよ」



「だから――君は悪くない」



 唇が触れそうな位置で、来見はそうささやいた。


 全部。

 全部。

 全部。


 全部、天眼来見が動かしてきた未来だったのだ。

 偶然でも、努力の結果でもない。

 必然で、作為の結果だった。


「何が……したいんだよッ」


 気が付くと、景一郎は来見を突き飛ばしていた。

 彼女の体はそのまま壁に叩きつけられるが、その笑みは崩れない。

 むしろ深まってゆく。


「そりゃあもちろん――世界を救いたいのさ」

「世界を……救う……? そもそも……お前が引き起こしたんだろッ」


 あまりにも白々しい言葉。

 

 景一郎は糾弾する。


「まあ、そのあたりの事情は追々、ね?」


 しかし来見はそれに取り合わない。

 するりと彼の敵意を躱し、そう告げた。


「とりあえずの目標は景一郎君のレベルアップ」


 彼女は景一郎を無視して語る。

 それは未来への展望。




「そして――【聖剣】の奪還だ」




 そして、叛逆の火種となる言葉だった。

 次回から、来見、リリスとともにダンジョンに潜ることに――

 そして4人目のパーティメンバーはまさかの人物。


 面白かった! 続きが気になる!

 そう思ってくださった方は、ぜひブクマ、評価、感想をお願いいたします。

 皆様の応援は影浦景一郎の経験値となり、彼のレベルアップの一助となります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ