6章 エピローグ2 魔物の都
――あれから詞たちは戦い続けた。
日が暮れても、迫るモンスターを退け続けた。
そうやって守って、守られながら人々は魔都から脱出したのだ。
そして魔都から人間の姿は消え――モンスターの領地となった。
「これで――最後だね」
詞はヘリから魔都を見下ろす。
昨日まで人が歩いていた道をモンスターが闊歩する。
そんな異質な光景が広がっていた。
「ええ。お勤めご苦労様、といったところですわね」
彼の背後で少女――桐生院ジェシカが声をかけてくる。
詞たちが搭乗しているヘリは彼女が用意したものだ。
これにより、彼らは上空から魔都のモンスターを間引くことができていた。
「グリゼルダさんの言っていた通り、モンスターが魔都の外へと向かう様子はありませんわね」
明乃は空を飛んでいるモンスターへと目を向ける。
何の障害もなく飛行するモンスターは魔都の外を目指し――すぐに旋回する。
まるで見えない壁を避けているかのようだ。
グリゼルダの言っていた通り、このモンスターたちはオリジンゲートの周辺でしか活動しないらしい。
「そういえば、景一郎様はどういたしましたの?」
ふとジェシカがそう口にする。
――直後、ヘリの中から声が消えた。
とはいえ、彼女の質問は当然だ。
【面影】が勢揃いしているのに、なぜかリーダーである景一郎がいない。
気にならないはずがない。
「――ボクの影の中だよ」
詞の視線が影へと落ちる。
「それなら、すぐに出せば良かったのではなくて? 景一郎様と協力したほうが早く事態も収拾したでしょうし」
そこまで言ってジェシカの表情が曇る。
「それとも――外に出したらまずい状況ですの?」
【潜影】で影に沈めた物体は時間が流れない。
最大で数時間ほど収納することもできるため、致命傷を負った人間の延命のために使われることもある。
それを知っているからこそ、ジェシカはそう問うたのだろう。
「ううん……景一郎君はね……ちゃんと無事だよ?」
詞は空虚に笑う。
「でもちょっと……ボクのほうが、今は顔を合わせる勇気がないかなぁ」
正直、【潜影】を持続させるのも辛くなってきた。
それでもスキルを解除する勇気が出ない。
再会した景一郎がどんな表情をしているのか。
どんな言葉を口にするのか。
想像しているだけで体が震えてしまう。
だから、解けずにいた。
「………………詞さん」
そんな彼を見かねたのか、明乃が彼に歩みよったとき――
「お邪魔しまーす☆」
突如、ヘリの内部に2人の人物が現れた。
1人は白い少女。
髪も、肌も、すべてが雪のように白い少女。
その瞳は幾何学に輝いている。
もう1人は対照的に黒い少女だった。
黒い長髪。そして黒いドレス。
ドレスは触手で編み上げられており、彼女が持つ不穏な雰囲気をさらに助長していた。
「だ、誰ですの……!?」
いるはずのない2人の少女に明乃は問いかける。
一方で、白い少女――天眼来見は微笑みを浮かべた。
「うんうん。【聖剣】は消息不明。景一郎君は詞ちゃんの影の中。ちゃんと予定通りに進んでいるみたいだね」
そう来見は妖しく笑う。
その笑みは底知れず、この場にいる者たちをその場で釘付けにした。
「QED。未来は破綻なく進んでいるみたいだね」
きっと彼女は反応を求めているわけではないのだろう。
彼女は1人でしゃべり、自己完結してゆく。
「――誰か、って聞いたはずだけど? ってか、あんまそういうテンションに付き合う気分じゃないし」
「ん……正直、不愉快」
とはいえ、土足でこちらの事情に踏み込まれて何も感じないわけがない。
香子と透流が不快感をにじませる。
「貴女は確か――天眼来見様でしたわよね」
とはいえここはヘリの内部。それも上空だ。
冒険者の身体能力で揉め事は起こせない。
そう判断したのか、明乃が先頭に立って白い少女と対峙する。
どうやら彼女は、来見のことを知っていたようだ。
態度から察するに、あまり交流がある様子ではなかったけれど。
「うふふ。さすが冷泉家の次期当主。ちゃんと知っているんだね。あ、ちなみに後ろにいるのはリリスちゃんだよ」
「……わたくしは次期当主ではありませんわ」
「いいや、君は次期当主さ。未来ではね。私が未来を歪めない限り、そうなる。具体的にはそうだねぇ、君のお父様が亡くなる――おっと、こういうのは言わないであげたほうが良いのかな?」
「………………」
知ったような口で語る来見。
それに明乃は沈黙する。
さっきの来見の言葉。
あれは明乃が家族を大切にしていることを加味したうえで紡いだ悪意に彩られたもののように思えた。
それは話の主導権を奪うための布石か。
ただの加虐趣味か。
真実は分からない。
「とはいえゴメンね。君たちにはまだ用事がないんだよね」
来見は勝手に毒を塗りつけ、勝手に話を打ち切った。
そして彼女は振り返る。
この場に現れた、もう1人の少女――リリスに。
「というわけで、お願いしちゃおうかな?」
「ハイハイ」
リリスが億劫そうに歩み出す。
来見には底知れない不気味さがあった。
だがリリスは違う。
彼女からはむしろ、もっと直接的な身の危険を感じる。
「何を――」
詞たちが警戒心を引き上げたとき――異変が起きる。
「!?」
全身から力が抜け、詞はその場に倒れる。
彼だけではない。
明乃たちもその場に倒れ込んでいた。
「あ。パイロットさんにはやってないよね? それやっちゃうと、たまに死人が出るっぽいんだよね」
「……ちゃんと避けてるケド。ってか、そういう重要な分岐は最初に言うのが普通じゃないワケ?」
「多少のミスはご愛敬ってわけで」
「困るのはアタシじゃないから別にいいケド」
一方、来見とリリスはそんなやり取りを繰り返している。
2人には何の異変も起きていないようだ。
つまりあれは、リリスが起こした現象なのだろう。
「で、どいつだったカナ」
リリスのドレスが少しほどけ、触手となり詞たちに伸びる。
彼らの体はそのまま絡め捕られ、リリスの前に並べられた。
「あ、景一郎君がいるのは詞ちゃんの影の中だよ」
「……誰」
「ほらほら。黒髪の男の子」
「――あれネ」
そう言うと、リリスは触手を伸ばす。
――操縦席にいる男性へと。
「違う違う違う。あれパイロットさん。あれ殺したら私が操縦する羽目になっちゃう。っていうか、殺す予定じゃないんだけど。詞ちゃんはこっちだよ」
そう言って来見は詞に指を向ける。
――ただ、リリスは怪訝な表情を浮かべていた。
「――男じゃなくナイ? 未来読み違えてないヨネ?」
「いやいや。それはないってば。なんなら、触って確かめたらどうかな?」
「………………」
リリスが詞を観察する。
その視線は胸、下腹部へと落ち――
「……ひゃぅ」
――握られた。
スカート越しとはいえ、声が出てしまったのは仕方がないことだと思いたい。
「ぅゎ…………ぇぇ」
「ぉぉ……。リリスちゃんがけっこう素で驚いてる」
リリスは自分の手を何度も握りなおしている。
どうやら手のひらに伝わった感触が予想外だったようだ。
「……じゃあ。こいつの影でいいんデショ?」
とはいえそれも数秒のこと。
リリスは詞へと視線を戻した。
「うん。抵抗されると面倒だから、きっちり落としておいてね」
「面倒って――面倒になるのはアタシなんだケド」
そう言うとリリスは詞の臍の位置――影に手を入れた。
見た目だけならば腹に腕が刺さっているようにも見えるが、詞には何の痛みもなければ出血もない。
リリスは詞の影――【潜影】で作られた空間に干渉しているのだ。
「うそ……? 他人の【潜影】に干渉できるの……?」
詞は驚愕を露にする。
【潜影】使いの影には、同じ【潜影】スキル持ちでも干渉できない。
【潜影】というのは、自分の影の独占権も内包したスキルなのだ。
だから、術者自身の影に収納された物体に他人は手を出せない。
そのはずなのに――リリスはそれを容易くやってのけた。
「ま、人間にはできないと思うケド」
そう言うとリリスは、勢いよく影から腕を引き抜いた。
――景一郎とともに。
「景一郎様……!」
明乃が叫ぶ。
――景一郎が意識を失っているのだ。
【潜影】は収納した者の状態を保存する。
意識のある状態で影に沈んだ彼が、意識を失って出てくるなどありえないはずなのだ。
あるとしたら、彼を影から引き抜く直前にリリスが何かをしたとしか考えられない。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ明乃ちゃん。彼は眠っているだけだからね」
そう言うと、来見は景一郎の頬を撫でる。
慈しむように。
「もうやることやったデショ?」
一方で、リリスは雑に景一郎を肩に担いだ。
そのまま彼女は詞たちに背を向ける。
「うん。ここで起こすべきイベントは全部起こしておいたよ」
「そ――」
来見の答えを聞くと、リリスのドレスがほどけた。
そのまま触手は繭のように球形となり、2人を覆い始める。
「それじゃあ、君たちのリーダーを預かっていくよ」
繭の隙間から来見がそう告げる。
「彼にはこれから、世界の英雄になってもらわないといけないからね」
そんな言葉を残して崩れてゆく繭。
だが、すでにその内部に2人の少女の姿はなかった。
これにて6章は終了です。
そして次回からは7章となります。
7章前半は簡単に言えば景一郎の強化回です。
景一郎、来見、リリスという超変則パーティでの攻略編となる予定です。
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