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6章 23話 遺す言葉

「死になさいよねッ!」

「俺に言ってんの!?」


 レイチェルは叫びながら跳び退いた。

 彼がいた場所を襲うのは大量の水。

 それらはルーシーによって叩きつけられたものだ。


 もちろん、本来は彼の近くで座り込んでいる紅を狙った攻撃だろう。

 しかしルーシーの攻撃範囲は広く、完全にレイチェルを射程に捉えていた。

 ――なんとか回避していたようだが。


「ちっ……死んでないじゃないの」

「ホントに俺に言ってる!? 俺、味方!」


 舌打ちするルーシーに、レイチェルは抗議した。


「っ……」


 そんな2人のやり取りをよそに、気が付けば紅は景一郎たちのもとへと退避していた。

 おそらくルーシーの魔法とタイミングを合わせて時を止め、ここまで戻ってきたのだ。

 彼女の腕には雪子も抱えられている。

 雪子も回収しておいてくれたようだ。


「すぐに治します……!」

 

 菊理が駆けよると、すぐに2人の治療を始める。


 2人は深手を負っている。

 しかしすぐに命にかかわるほどではないように見える。

 雪子も全身を貫かれているが、被弾の直前に致命的な部位を損傷することだけは防いでいたらしい。


「――もう大丈夫です」

「ん……一応、動ける」


 だが、完治まで治療をする余裕はない。

 それを理解しているからか、紅と雪子はすぐに菊理の治療を止めた。


 完治には程遠い。

 それでも、なんとか戦えるようになった時点で2人は戦線へと復帰した。


(――状況はかなり悪いな)


 紅たちの様子を横目に景一郎は戦況を整理する。

 相手の戦力を削ることができず、むしろこちらがダメージを受けた。

 停滞どころかこれでは後退だ。


(さっきのはほぼラストチャンスだった。あれで決められなかったとなると……)

「――――覚悟が必要ですね」


 ――紅がそう切り出す。


 まるでそれは景一郎の思考を先読みしたような言葉。

 そして、できることならば否定して欲しかった言葉だった。


 だが、彼女たちも同じ意見なのだろう。

 紅だけではない。

 雪子と菊理も踏み出し、景一郎たちの前に立った。


「景一郎」

「……なんだ?」


 そして紅が振り返る。

 

 感じる不穏な気配。

 景一郎は祈るような気持ちで問い返す。

 その言葉を――



「貴方は……【面影】の皆と一緒に逃げて下さい」



 ――その言葉を、言わないでくれと。



「私たちが残って――食い止めます」

「何言ってんだよッ……!」


 怒りを滲ませて景一郎は問い詰める。


 ここまでやってきた。

 【聖剣】とともに戦いたいと力を手に入れた。

 【聖剣】を守るために勝利をもぎ取った。

 

 なのに、あんまりではないか。


 ここからだというのに。


「なあ……紅。ちゃんと……戻ってくるつもりなんだよな……?」

「…………犠牲は、必要です」


 ――ここで冒険が終わりだなんて、あんまりだろう。


「景一郎も分かっているんですよね? もう……全員が無事に逃げることは不可能だと」

「…………」


 景一郎は否定できない。

 無責任に否定するだけなら簡単かもしれない。

 だが、理性が理解してしまっている。



 誰かが、自分は助からないことを前提として足止めしなければ全滅だと。



「なら私は……景一郎に生きていて欲しいです」

「ん。同じく」

「――ということです」


 だから【聖剣】は対峙する。

 異世界からの侵略者へと。


「ふざけんなよ! 俺が――俺がどうにか皆を――」

「はい☆ちゅどーん」


 それでも景一郎が彼女たちを引きとめようとしたとき、バベルが行動を起こす。


 気の抜けるような声で地面に掌を打ちつけるバベル。

 だが、そこから発生した現象は天災そのものだった。


「な……! ダンジョンがッ……!?」


 景一郎はよろめく。


 地面が激しく揺れているのだ。

 それだけではない。

 

 壁が、地面が。

 ダンジョン全体にヒビが伝播している。


「やばっ……」


 香子は青ざめながらそう漏らす。


 それも仕方のないこと。

 ダンジョンの崩落は激しく、底の見えない奈落が景一郎たちを出迎えようとしている。

 あそこに転落してしまえば、冒険者といえど生存の保証はない。


「――もう迷っている時間はありませんね」


 紅がつぶやいた。


 止まることなく崩壊を続けるダンジョン。

 すでに地面の半分以上が崩れ落ちている。

 ここに残るのは自殺行為などではない。

 ただの自殺だ。


「景一郎様! これ以上足場が崩れては、脱出できなくなりますわッ……!」


 明乃が叫ぶ。

 

 出口があるのは壁面――高さ約50メートル。

 しかし地面の揺れが酷く、跳躍もままならない。

 今でもそうなのだ。

 これ以上崩壊が進めば、脱出は不可能になってしまう。


「お兄ちゃん!」

「景一郎……さん……!」


 耐えかねたのか、詞と透流も景一郎を急かす。


 このまま脱出の機を失えば全滅。

 それだけは絶対にあってはならない。


 では、選択しろというのか。

 紅たちを残して行けというのか。


「何をしておる! このまま全員で生き埋めになるつもりではないのであろう……!」


 ついにグリゼルダが声を上げた。


 彼女の思惑は分からないまま。

 だが、ここで景一郎が無駄死にすることは本意ではないようだ。

 ――しかし彼は、彼女の気持ちを裏切ることになるのだろう。


「みんなッ……!」

 

 景一郎は声を絞り出す。



「みんな……俺はここに残る。だから――お前たちは戻っておいてくれ」



「そんな――」

「頼むグリゼルダッ!」


 当然のように【面影】の面々は抗議をする。

 だが景一郎はそのすべてを遮り、グリゼルダに向かって叫んだ。


「――この馬鹿者めが」


 表情を歪めるグリゼルダ。

 それでも彼女は、景一郎の言葉に従ってくれた。


 彼女は足元から氷の柱を展開させる。

 そのまま氷柱が伸び、彼女たちは弾丸のように射出された。

 その先にあるのはダンジョンの出口。

 グリゼルダを含めた【面影】のメンバーは出口付近の壁へと着地した。


「……というわけだ。最期まで、一緒に戦わせてくれ」


 それを見届け、景一郎は紅たちの隣へと並び立った。


「……景一郎」

「ガキの頃からの付き合いなんだ。死ぬときも……一緒だろ……?」


 ずっと、並び立って戦いたいと思っていたのだ。

 そしてそれは叶った。

 死ぬまで夢が叶い続けるというのも、悪くないだろう。


「景一郎――」

 

 すると小さく紅は微笑み――



「見くびらないでください」



 直後、景一郎の体を衝撃が襲った。


「がッ……!?」


 背中から壁に叩きつけられ、わずかに息が詰まる。


 気が付けば、景一郎は壁まで吹っ飛ばされていた。

 それも、ダンジョンの出口近くの壁へと。


 ――さっきまでと紅の姿勢が違う。

 それはつまり、彼女が時を止めたということ。


「一緒に死んでくれる――その気持ちを嬉しくないというと嘘になります」


 紅の視線が景一郎を貫く。


「でも――本当に一緒に死んでくれて喜ぶような安い女じゃありませんから」

 

 紅が向かうのは死が濃厚な戦い。

 そんな中、彼女は切り札である【時間停止】を使用した。

 それを浪費してしまえばどれほど苦しい戦いを強いられるのかが分かっているはずなのに、ためらいなく使用した。

 仲間を守るためでも、敵を倒すためでもなく。


 ――景一郎が自分と共に死ぬ未来を拒絶するために。



「そんなッ……こんな時に冗談キツすぎるだろッ……!」

「……お兄ちゃん」


 詞は景一郎を見つめる。

 今にも、紅たちのもとに駆けつけようとする彼の姿を。


 彼も、紅たちの気持ちが分かっていないはずがない。

 自分の切り札を投げ捨ててでも守りたい、生きていて欲しい。

 その気持ちが分からないはずがない。

 

 それでも納得できないだけなのだ。

 

「ごめんなさいお兄ちゃんっ!」


 でも、それは駄目だ。


 気が付くと、詞は景一郎に向かって影を伸ばしていた。

 影が縄のように景一郎の体を縛る。


「ごめんなさいお兄ちゃん……! でも――でも、ここで死んだらダメだよぉ……」


 景一郎の体が詞の影へと沈んでゆく。

 【潜影】。

 それにより、彼を詞の影の中に閉じ込める。


 攻撃性能もなく、持続性もそれほどではない。

 だが、脱出まで彼を拘束することはできる。

 今の彼をダンジョンの外まで連れてゆくには、これしかなかった。

 彼の決意を踏みにじるような手段しかなかった。


「詞!」


 景一郎が手を伸ばす。

 その手は、詞の手首を掴んだ。

 

 景一郎が沈んでいるのは詞の影。

 逆に言えば、彼を捕まえておけば影に沈み切ることはない。

 仮に景一郎が完全に影に沈んでも、詞も一緒に引きずり込んでしまえば『詞の影』が消えたことで景一郎は解放されるから。


「頼むッ……! 頼むからッ……! あいつらは俺にとって特別で――お願いだから行かせてくれッ……!」


 景一郎が懇願する。

 

 彼に握られた手首が痛い。

 だが、そんなものが気にもならないほどに胸が痛い。


 助けられて、感謝していて、信頼していて、大切なのに。

 今、自分はそんな人の望みを壊そうとしている。

 それを嫌でも突きつけられてしまうから。


「ぁ……ぁ……」


 きっと、楽なのだろう。

 いいよ。

 そう言えたのなら。

 彼の気持ちを尊重できたのなら。


「ごめん……なさい……!」


 でも、できない。

 彼を行かせたら、確実に3人の女性が不幸になってしまうから。

 彼女たちが命を懸けた意味を、奪ってしまうから。


「ぁぁぁぁっ!」


 だから詞は――ナイフで手首を斬り落とした。


 彼の手首を掴んだまま、景一郎は影の中に消えてゆく。

 これで、しばらく彼の行動を封じることができる。

 出てきたころには――すべてが終わっている。

 終わって、しまっている。


 間に合わなかった。

 守れなかった。


 大切な人に、そんな後悔を背負わせてしまう。


 詞の行いはきっと、地獄に落ちても足りないような罪だろう。

 それでも、景一郎はここでは死んではいけなかった。


「詞さん……でしたね」


 そんなとき、声が聞こえた。


 大きな声ではないのに、不思議と耳に届く。

 崩壊するダンジョンの中でも、紅の声は詞へと届いていた。


「――辛い役回りをさせてしまい、申し訳ありません」

「ぁ――――」


 崩壊は止まることなく、すでに足場はほとんど残っていない。

 

「景一郎を……任せました」


 そしてついに――


「景一郎に貴女たちみたいな人がいて――良かった」

「ぁ…………」


 ――すべての足場が壊れた。


 バベルたちとともに奈落へと落ちてゆく紅たち。

 それが、このダンジョンで見た最後の光景だった。


 あと数話のエピローグを経て6章は終了となります。

 

 続く7章の前半は、【先遣部隊】との侵略戦争を見据えた景一郎の強化回となります。

 具体的には、アナザー関連の話となる予定です。

 【面影】と【聖剣】の出番は少し先のことになるかと。




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