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6章 22話 最後の一線

「仕方ありませんね」


 このままでは逃げきれない。

 そう判断すると、紅が腰に手を伸ばした。


「まずは――数を減らすッ……!」


 そのまま彼女は一気に刀を振り抜いた。


 手元がブレて見えるほどの高速抜刀術。

 その斬撃の間合いは【光魔法】で拡張されており、紅の前方30メートルを半円状に斬り払う。


「っ……!」


 回避動作に移るルーシー。

 しかし光の斬撃は彼女の足首を捕らえた。

 斬り捨てられた足首が回転しながら宙を舞う。


 だが、本当に紅が狙っていたのはルーシーではない。


 紅が狙っているのはレイチェルだ。

 彼はちょうどルーシーの真後ろにいる。

 そのため仲間の陰で紅の動作が見えていない。

 その状況であれば――


「危ねッ……!?」


 紅の斬撃が空を切る。

 レイチェルは後ろに転ぶようにして斬撃の下に滑り込んだのだ。


「あのタイミングで私の剣を……?」


 刀を振り抜いた姿勢のままで固まる紅。


 彼女の斬撃の速度は景一郎もよく知っている。

 しかも完璧な形での奇襲だったのだ。

 彼も、紅の攻撃は確実に決まると確信していた。

 だが、そうはならなかった。


「危ね危ね危ねッ……! これ絶対俺には荷が重いだろッ……!」


 一方でレイチェルは壁際まで逃走していた。

 思いきり背中を見せながら逃げる姿はいっそ清々しささえ感じさせる。


「ぎゃーぎゃーうっさいのよッ! ってああもうッ! 痛いわね……ッ」


 そんな彼の動きが癪に障ったのか、ルーシーが苛立たしげな声を上げる。

 彼女は怒声を上げながらも切断された足に手をかざす。

 その手は淡い光を纏っていて――


「斬り落とされた足首が数秒で再生――か。【回復魔法】の練度もさすがだな」


 ――彼女の足首が再生していた。

 骨が、肉が隆起して負傷が消え去っていた。


 あれほどの【回復魔法】があれば、それだけでSランクのヒーラーとなれるだろう。

 治すだけならば菊理も可能なはずだが、彼女でも数倍の時間を要するはずだ。

 ヒーラーとしても、ルーシーの能力は常軌を逸していた。

 

「グリゼルダ。あいつらの能力は?」


 小声で景一郎は尋ねる。


 彼女はバベルたちと同じパーティだったという。

 敵の情報は知っておいて損はない。

 そう考えての問いだったのだが――


「知らぬ」

「は……? いや――」


 グリゼルダの答えはそっけないものだった。


「知らぬ。我らは同じパーティではあったが、それは異世界攻略のために作られた即席パーティでしかない。友情を育むだけの時間も、そのつもりもなかったからな」

「――そうか」


 とはいえ、仲間の情報は売らない――といった主義によるものではないらしい。

 最初の会話からもある程度察していたが、グリゼルダはあのパーティとあまり反りが合わなかったようだ。


「ん……とりあえず数を減らすべき」


 雪子が一歩進む。


 目的は逃走。

 だが守りに入っているだけではそれさえ達成できない。

 逃げているからこそ、逃げる者と追う者という構図を作ってはいけない。


 むしろ攻めて、敵に打撃を与えることで相手に身を引かせる。

 逃げるのではなく、追わせない。

 そんな立ち回りが必要なのだ。


「だとしたら……あの青髪の奴を狙ったほうが良いか」


 そのために狙うべき敵。

 景一郎が目をつけたのはルーシーだった。


「あいつが魔法型なのはすでに分かってる。しかもヒーラーだ。あいつを落とせば撤退せざるを得ないはずだ」


 直情的で、身体能力はそれほど高くない。

 それでいて、パーティの要といえるヒーラー。

 狙いやすく、そして敵を瓦解させるためのキーポイントとなりうる。


 反撃の起点としては申し分ない。


「紅、雪子――頼む」

「はい」「らじゃ」


 景一郎は2人にそう声をかけると、先頭に立つ。

 そして掌を打ち合わせ――


「【矢印】×2+【炎】」


 彼は火炎弾を放った。


 矢印によって収束された熱量がルーシーに向かって射出される。

 そして彼女は――それを躱さない。


「アタシの前で炎とかバッカじゃないの!?」


 ルーシーは火炎弾を【水魔法】で迎撃。

 水と炎。

 威力、相性のどちらを見ても景一郎に勝ち目はない。

 

「【風魔法】」


 そこに菊理の援護。

 彼女が追い風を吹かせると、火炎弾は煽られて勢いを増す。


 それでもルーシーの魔法には敵わないだろう。

 でも、それでいい。

 最初から勝つつもりなどない。


「っ……このっ……!」


 衝突する豪炎と瀑布。

 それは互いに打ち消し合い――戦場を水蒸気で包み込んだ。



 水蒸気に紛れ紅は駆ける。


 敵の姿は見えない。

 だが敵の位置関係は完璧に記憶している。

 動いても、かすかな足音ですべて読み切れる。


 だからこそ、紅は白霧の中を移動するルーシーの前に立ちふさがることができた。


「アタシ狙いってわけね……!」


 閃く斬撃。

 それをルーシーは身を反らすことで躱した。


 2度。3度。

 ルーシーは体を左右に揺らしながらバックステップを繰り返して回避する。

 ここまで何度も避けられたのならば、それは偶然などではない。

 彼女は紅の高速斬撃に対応できているのだ。


「魔法型の冒険者が私の斬撃を――」

「アンタたちの世界とは、冒険者のレベルが違うのよッ!」


 そう叫ぶルーシー。


(躱されてはいますが――彼女も少しずつ逃げ場を失いつつある)


 だが、攻めているのは紅だ。

 躱しているのはルーシーだが、躱させているのは紅だ。

 少しずつだが、彼女の斬撃はルーシーの命に近づいている。


「はぁッ……!」

「痛っ……!」

 

 機を見て、紅はこれまで以上の剣速で刀を振るう。

 弾かれるようにして大きく後方に飛ぶルーシー。

 それでも刀の切っ先は彼女の頬に赤い線を引いた。


「浅い――」

(ですが――)


「このッ……! 【水魔法改メ・制御偏重】ッ!」


 ルーシーは激昂した様子で指先を紅へと向ける。

 生成されてゆく水球。

 そこからレーザーのような高圧水流が放たれ――


(――獲った)


 紅は勝利を確信した。


 あえて間合いを取り、ルーシーに『魔法を撃たせる』ことができた。

 その隙を――


「ん……【死神の手】」


 ――雪子が突く。


 彼女の声がしたのはルーシーの背後。

 雪子は【隠密・無縫】を使い、彼女の後ろを取っていたのだ。


 【隠密・無縫】。


 記憶からさえも姿を消す究極の【隠密】。

 さすがにルーシーたちにそこまでの効力を発揮することはないが、普通の【隠密】とは段違いの性能を有している。


 そのまま即死スキルである【死神の手】で心臓を潰せば――



「はぁ? ――見えてるっての」



 直後、水流が弾道を曲げた。

 折れ曲がるように弾道を変化させた水流は、そのままルーシーの背後にいた雪子の全身を貫く。


「んっ……!?」


 とっさに雪子は【操影】でシールドを作ったようだが、水流はそれを無視して彼女の体にいくつもの穴を穿つ。

 彼女の体を突き抜けた水流が血で赤く染まった。


「制御偏重――威力は低いけど、弾道を自由に制御できる改造スキルよ。最初から、アンタ狙いだったのよね」


 膝をつく雪子。

 ルーシーはそれを横目で確認すると、視線を紅へと戻し――


「正確に言えば――アンタらどっちも殺すつもりだったけどッ!」


 赤い水流を紅へと向けた。


「ッ……!」


 迫るいくつもの水槍。

 紅はそれを後ろに跳んで回避する。


 さっきの一撃で雪子はかなりの深手を負ってしまった。

 すぐにルーシーを遠ざけ、雪子を回収する必要が――


「――良いのか?」

「ぁ……」


 倒れた雪子に意識を向けてしまっていた。

 それは間違いない。


 だが、動揺により我を忘れていたわけではない。

 冷静に、周囲へと気を配っていたはずなのに――


「いつの間に――」


 なのに、気が付いたときには――レイチェルが背後にいた。

 彼の手が紅の肩へと置かれる。

 そして――



「そこさ――罠があるぜ?」



「ぁぐぅッ……!?」


 激痛。

 不意の痛みに紅は悲鳴を上げる。


 突如として、地面から炎が噴き上がったのだ。

 爆炎に両脚を焼かれ、彼女はその場で崩れ落ちる。


「このスキルは……」


 地面に這いつくばりながら紅はレイチェルへと視線を向ける。


 さっきの攻撃。

 それは彼女にとって見覚えのあるものだった。

 あれは――


「あーあー。俺は弱いから、あいつらの背中に隠れて縮こまってるのがお似合いなんだけどな」


 レイチェルは頭を掻きながら嘆息する。

 彼はどこまでも消極的な姿勢で戦場に立っていた。


「弱い……ですか。そうは、見えませんが」


 紅は脂汗を流しながらそう言った。

 痛みで舌も上手く回らない。

 足は焦げ、感覚が戻るまで時間がかかりそうだ。

 痛みに慣れるまで、1秒でも時間が欲しい。


「ああ。弱いね」


 そんな彼女の意図を知ってか知らずか、彼は肩をすくめて語る。


「俺はレイチェル・マイン」


 そして彼は告げる。

 己が背負う力の正体を。



「そして、職業は――【()()】」



「な? 弱ぇだろ?」


 バベル・エンド――職業不明

 ルーシー・スーサイド――【聖女】

 オズワルド・ギグル――【付与術士】

 レイチェル・マイン――【罠士】


 バベルたちの一番恐ろしいところは、彼女たちが全員『後衛職』であるという点なんですよね。前衛職のメンバーは7章になってからの登場の予定です。



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