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6章 21話 撤退戦

「…………」


 足止めはジェイソンに任せ、景一郎たちはこれまで来た道を駆け戻ってゆく。

 白い通路を抜け、光の橋を通過する。

 

 そこに会話はない。

 この状況を正確に理解できていないからこそ、言葉を発することができないのだ。

 

 そんな居心地の悪さの中、景一郎はグリゼルダの背中を見つめていた。

 彼女はこちらを一瞥さえしない。

 ただ彼女は先導するように先頭を走っている。


「――なんだ?」


 彼の視線を感じてか、グリゼルダがそう切り出す。

 

「いや……」


 だが景一郎に返す言葉はない。


 聞きたいことは山ほどある。

 だが、そんな時間があるわけでもない。

 不用意な問いが不都合な真実を引き出してしまったら、という不安もある。


「撤退の間だけなら、暇潰しに話を聞いてやってもよい」


 対して、グリゼルダの声にはどこか穏やかさがあった。

 もちろん親愛の情が込められているわけではない。

 だが、絶対零度とまでは思えない。

 そんな雰囲気だ。


「――グリゼルダは、あっちの世界から来たのか?」


 だからだろうか。

 景一郎の口は自然とそんな問いを紡ぎ出していた。


「そうだ」


 そしてグリゼルダは躊躇う様子もなくそれを肯定した。


「アイツらと同じパーティっていうのも本当か?」

「うぬ」


 景一郎が問い、グリゼルダが答える。

 ただそれだけの会話が続けられてゆく。


「アイツらと敵対するつもりなのか?」

「今後の流れ次第――といったところであろう」


 そこで初めて、彼女の答えが少し毛色を変える。

 濁すような返答。

 だが彼女に景一郎を欺こうという意思は見えない。

 むしろ、本当に決めかねているといった風だ。


「――グリゼルダは……俺たちの味方か?」

「………………否、だ」


 ついに彼女が口にした否定の言葉。

 しかし彼女はそこに言葉を続けてゆく。


「我はお前たちの味方などにはならぬ。――()()の味方になるかは……これから考えてゆくとする」

「それはどういう――」


 不明瞭な言葉。

 その意図を掴むため、景一郎が疑問を口にしかけたとき――


「あ……! さっきまで消えてた出口がある……!」


 詞が声を上げた。


 彼の視線の先にはエニグマがいた場所へと続いていた部屋。

 そこからは下に向かって光の階段が伸びている。


 エニグマを倒した後、光の階段は消えて後戻りできなくなっていたはず。

 とはいえ先に逃げたはずの冒険者たちの姿はここにない。

 きっとこの階段を下りて出口を目指したのだろう。


「あっちの世界とこっちの世界の住人が出会ったことで、2つの世界が完全に開通したからだろうな。おそらく先に逃がした連中は、もう外に出ておるだろう」


 景一郎の疑問を察したのか、グリゼルダがそう言った。


 一度オリジンゲートに入ってしまえばエニグマを倒すまで出られない。

 エニグマを倒せば、2つの世界が完全につながるまで出られない。

 オリジンゲートの攻略が始まってしまった時点で、残されたのは景一郎たちの全滅か、バベルたちの侵略しかなかったのだろう。


「なら魔都まで引っ張っていくか……」

「ダンジョン外を戦場にいたしますの?」


 景一郎の言葉に反応したのは明乃だった。


 彼女の疑問はもっともだ。

 このまま逃げ続ければ当然ながらバベルたちも追ってくるだろう。

 どこかで追跡を振り切らない限り、ダンジョン外での戦闘となってしまう。

 そうなれば犠牲は膨れ上がるだろう。


「最悪の場合な。でも、普通の指揮官なら――俺たちがダンジョンを出た時点で追撃をやめる。ついさっき2つの世界をつなぐトンネルが開通したっていうなら、アイツらもこっちの世界がどんな環境か把握していないはずだからな」


 とはいえ、彼としても最悪の事態にはならないという根拠がある。


 景一郎たちの世界とバベルたちの世界がつながったのは先程。

 ゆえに、バベルたちもこちらの世界のことはよく知らないはず。

 だから何の準備もなしに飛び込んでくるとは考えにくい。


 それに先に脱出した冒険者たちならすでに迎撃の準備を整えてくれているはず。

 もしバベルたちがこちらの世界に進出してきても、そのまま袋叩きにできる。


「ん……ここは最初の」


 そんなとき、透流がそう漏らす。

 いつの間にか景一郎たちは岩の通路を通っており、ついにその通路が終わりを告げた。

 次に広がるのは巨大なドーム状の空間。

 オリジンゲート突入直後、ちょうどモンスターハウスの処理を行った場所だ。


「なんとか間に合ったみたいね」


 広間にたどりついたことで香子は息を吐き出す。

 ここから出口まで数分と必要ない。

 ほとんど逃げ切りといっていい状況で――


「いやッ……まだだ!」


 そんな希望が一瞬で打ち砕かれる。


 さっきまで彼らが通ってきた通路から、重低音が響き始めたのだ。

 これは――濁流の音だ。


「ッ…………!」


 通路から大量の水が押し寄せてくる。

 随分と流れてきたようで、水の中には草や石が混じっている。

 そしてその中には――


「あーやっと追いついたぁ。ほんとメンドくさ」

「まぁ、間に合ったんだから良いじゃねぇか」

「まったく……この年で追いかけっこなどするものではないのう」

「ふふ……。でも、面白くなってきたよね。――人間狩り」


 水の中には――4人の男女がいた。


 彼らは巨大な水泡に包まれながらこの部屋まで流れ込んできたのだ。

 人間が入れるほどの水疱を生成し、水中での窒息を防ぐ魔法。

 おそらくそれは【水魔法】の領分だ。

 となれば、あれはルーシーの仕業だろう。


 走っての移動では追いつけないと判断し、水流に乗って強引に距離を詰めてきたというわけだ。

 その判断は的確で――景一郎たちには不都合だった。



「ギリギリで追いつかれたか……」



 ダンジョン脱出まであと数分。

 そこに、最後の壁が立ちふさがった。

 もうそろそろ6章も終盤です。

 グリゼルダ関連は7章になる予定です。



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