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6章 18話 異界の冒険者

「景一郎様が残るのなら――わたくしたちも残りますわ」


 そう言うのは明乃だった。

 

「明乃」


 景一郎は静かにそう語りかける。


 ――分かっている。

 彼女がふざけているわけでも、安直に考えているわけでもないことは。


 だが、覚悟を持っていたとして、それを受け取るわけにはいかないのだ。


「分かっていますわ……! わたくしたちでは、彼女たちに勝てないことは」


 そしてそれは、彼女も理解しているのだろう。

 無力感からか、明乃の声は少し震えていた。

 

「でも、景一郎様の帰り道を守るくらいはできますわ。だから何も考えずに――存分に戦ってくださいませ」


 そう言って明乃は一歩下がる。


 敵と戦うのではなく、景一郎たちの退路を守るために残る。

 彼女はそう言った。


(……確かに、退路のことまで考えて戦うのは厳しいな)


 景一郎は冷静に思考する。

 目の前の敵は、気を抜けばすぐに殺されてしまうような強者。

 そんな相手に、退路のことまで考えて戦えるのか。

 ――答えは否だった。


「――分かった。頼む」


 だから景一郎は、そう答えた。


 景一郎もここで死ぬつもりはない。

 命がけで足止めはするが、命を捨てるつもりはない。


 ここには紅たちもいる。

 こんなところで彼女たちを死なせるわけにはいかない。


 背後から明乃たちの足音が聞こえる。

 部屋の入り口にまで下がり、待機してくれているのだろう。


 そこまで確認した景一郎が敵へと意識を戻すと――



「むーうーうー」



 ルーシーが不機嫌さを隠すことなく頬を膨らませていた。


「ちょっとレイチェルぅー!? アンタも戦いなさいよね!」


 彼女が怒りを爆発させたのは、仲間であろう青年だった。

 一方で、青年は耳を押さえて彼女の怒声を聞き流している。


「いや、俺弱いから無理だって。なんなら、お前の魔法に巻き込まれて死にそうだっての」


 どこ吹く風と言った様子の青年。

 対して、ルーシーは鬼の形相で歯ぎしりをしていた。


「最近の若者は――怠惰じゃのう」

「アイツと一緒にしないで欲しいんだけどぉー!?」


 オズワルドがため息を吐くと、ルーシーが怒り狂う。


「ふふ……まあいいんじゃないかな。これくらいのハンデがないと、実力差が大きすぎるからね」


 きっとそんなやり取りはいつものことなのだろう。

 バベルは気にした様子もなくそう笑う。


 そして彼女の視線が景一郎たちへと向けられ――



「それじゃあ、()()()()()()()――奪い合おうよ」



 ――戦いの始まりを宣言した。


 最初に動いたのはバベル。

 彼女は右手を掲げ――地面に叩きつけた。

 すると――


「触れただけで床が壊れた……!?」


 景一郎は目の前の光景に驚愕した。


 突如、バベルを起点として床が割れたのだ。

 床にヒビが入り、広がり、崩壊し始めた。


 足場が砕けたことで、地面が揺れる。

 そうやって相手の動きを阻害したところに――水の刃が放たれた。


 一点集中による高圧水流。

 それを放ったのはルーシーだ。


「させません……!」


 迫る水の刃を紅が斬り払う。


 だが今のは牽制でしかなかったのだろう。

 攻撃を防がれてもルーシーに動揺はない。


「冒険者――と言いましたね」

「ええ、そうよ。アタシたちも、アンタたちと同じ冒険者よ」


 紅が問えば、ルーシーが答える。

 

 高飛車に、驕りを隠すことなく。

 己が格上であると主張するように彼女は語った。


「ちなみにアタシの職業は【聖女】。アタシと魔法で肩を並べる存在なんていないんだからっ」

(――聞いたこともない職業だな)


 【聖女】。

 それは聞いたこともない職業だった。

 とはいえ職業については解明されていないことも多い。

 こちらの世界に存在しない職業なのか、あるいはまだ知られていないだけなのか。

 それを判断する術はない。


 強いて言うのなら、名前から回復魔法を使う可能性も考慮しておくべきというくらいだろうか。


「そうですか――でも、封印してしまえば無力ですよね?」


 とはいえ、気にするほどのことではない。

 幸いにして、魔法職に対して最強のカウンターとなる女性がこちらにはいるのだから。


「魔法が――?」


 水を射出しようとしていたルーシー。

 彼女の指先に収束していた水球が崩れ落ちた。


 その原因は、菊理。

 彼女の【スキル封印】によって、ルーシーの【水魔法】が使用不能となったのだ。


「ッ……【スキル封印】持ちってわけね……! なら――」

 

 ルーシーは動かない。

 魔法を構えたまま、何も起こらない。

 

 おそらく他の魔法を試していたのだろう。

 だが無駄だ。

 【スキル封印】は、術者が有しているスキルしか封印できない。

 しかし菊理は、あらゆる属性の魔法を網羅している。

 菊理の前で魔法は使えない。


「はぁぁっ!? スキル全部がかぶってるとかありえないんだけど!?」

「そうですか? 私のスキル数は89ですから――そんなに珍しくはないと思いますけれど」


 怒りをあらわにするルーシー。

 対して、菊理は涼しい顔でそう告げる。


「ホントふざけてるわね」


 さすがに菊理の圧倒的スキル数は想定外だったのだろう。

 ルーシーは細めた目で菊理を睨む。


「でも、勘違いしないでよね」


 だが彼女の戦意は衰えない。

 己の優位性に一片の不安も持たない。

 それは傲慢か。

 あるいは――



「アンタたち原始人とは――積み重ねた叡智が違うのよ」



「【水魔法改メ・出力偏重】ッ!」



 叫び。湧き上がる莫大な魔力。

 ルーシーはこれまで以上の水を呼び出した。


「【水魔法】は封印したはずなのにっ……!?」


 今度は菊理が驚く番だった。


 すでにルーシーの【水魔法】は封じられている。

 しかし彼女が使ったのは間違いなく【水魔法】。

 それも、先程までよりもさらに大規模なものだったのだから。


「【水魔法改メ】は改造スキルよ。【水魔法】とは別物なんだから」


 そう言うと、ルーシーは指先を菊理に向ける。

 そして『海』が菊理を襲った。


「これは――」

 

 菊理が波の影に呑まれる。

 それは部屋を覆いそうな勢いで押し寄せる大波の影だ。


 あれは攻撃というより、もはや災害というべきだろう。

 今から迎え撃ったとして相殺できるような威力ではない。


「ん。危ない」

 

 菊理が波に呑まれる直前。

 そこに割り込んだのは雪子だった。


 彼女は菊理の腰に抱き着くと、そのまま彼女を抱えて離脱する。

 直後、彼女たちがいた場所は沈んだ。

 あのままとどまっていれば、2人は水圧に叩き潰されていたかもしれない。


「想像以上に強いな……」


 一連の光景を横目に、景一郎はつぶやいた。


「――さっきの話からすると、そっちも職業持ちなのか?」


 そして彼は、対峙している相手――オズワルドに尋ねる。


 彼らは自身を冒険者と名乗った。

 そして、有する職業も。

 ならば、向こうの世界の冒険者も職業持ちであるということだ。


「そっち――ではないぞ小童。儂はオズワルド・ギグル」


 景一郎の物言いが気に食わなかったようで、オズワルドは不快感をのぞかせる。

 そして彼は杖で床を叩く。


「職業は――見れば分かる」


 オズワルドが攻撃を放つ。

 それは蜘蛛の巣。

 先程見せたものと同じだ。


 違う点は――


「【付与術士】かッ……!」


 ――雷撃を纏っていること。


 【付与術士】。

 それは景一郎も知っている職業だ。


 支援魔法系の上級職であり、攻撃に様々な属性を付与できるスキルを持つ。

 属性付与は【付与術士】の専売特許ではない。

 だがこれほどの精度だ。ほぼ間違いないだろう。


「っと……!」


 景一郎は跳んで蜘蛛の巣を躱す。

 すると足元を通過した蜘蛛の巣はそのまま――


(まずい……! アイツの狙いは――!)


 そこまで考え、彼の背筋が冷えた。


 雷撃を纏う蜘蛛の巣。

 それは重力に従って落ちてゆき――そうなればどうなる?

 答えはシンプルだ。


「まずい……! 水から離れろッ!」


 景一郎は声を張り上げる。

 そして雷撃を纏う蜘蛛の巣が――部屋を満たす水に落ちた。



「全員無事か!?」


 景一郎は紅たちの無事を確認する。

 彼は壁に剣を突き立てることで、水場に落ちることを防いだ。

 だが紅たちは違う。

 直前まで、彼女たちは水に触れていた。


 部屋中に伝播した雷撃。

 彼女たちが巻き込まれた可能性もある。

 

「ん。菊理の【エリアシールド】でセーフだった」


 雷撃によって水が蒸発して発生した水蒸気。

 それが晴れて見えたのは――ドーム状の結界だった。


 菊理が展開したであろう【エリアシールド】。

 その中には紅と雪子もいる。

 どうやら3人とも被害を免れたようだ。


「景一郎さんのおかげで間に合いました」


 そう言って、菊理は結界を解除する。


「厄介、ですね」


 厄介。

 紅はさっきの攻防をそう評した。


「ですが――勝ち目がないほどではありません」

「だな。キツイ相手ではあるけど、倒せない相手じゃない」


 相手は強い。

 そこに間違いはないし、否定する気もない。


 だが、どうにもならない差ではない。

 隙を突けば出し抜ける。

 刃を突き立てれば殺せる。

 それくらいの差だ。



「――不愉快じゃのう」



 杖で床を叩く音が響く。


 気が付くと、オズワルドが景一郎たちを見下ろしていた。

 彼は心底不快そうにこちらを睨む。


「原始人風情と同格と思われることが不愉快でならぬわ」


 原始人。

 それは明らかに、景一郎たちに向けられた言葉であった。


「原始人、か……。俺とアンタで、そんなに違うようには思えないけど」 

「違うに決まっておるじゃろうが」


 オズワルドは苛立ちのまま景一郎の言葉を否定する。


 景一郎とオズワルド。

 両者に大きな違いは見つからない。

 違いがあったとしても、年齢などといった個々人の差異の範囲での話だ。



「我々はお前たちと生まれ持った血肉が違う」



 それでもオズワルドは否定する。



「儂らは【混成世代(カオスエイジ)】――人間とモンスターの間に生まれた新人類じゃ」



「なッ……!?」


 人間とモンスターの間に生まれた。

 その言葉に、景一郎は絶句した。

 それはあまりに、こちらの常識と食い違った事実だったから。


「ゴブリンと女戦士の間の子供……? これはエロ」


 そうおどける雪子。

 だがその雰囲気は険しい。

 表情こそ変わらないが、動揺しているのは間違いなかった。


「ここから先、言葉には気を付けるのじゃぞ? どれが遺言になるか分からぬのじゃから」


 そして再び、オズワルドは杖で床を叩く。


「見せてやろう原始人。これが人間とモンスターの間に生まれた【混成世代】だけに許された固有スキル」



「――――【魔界顕象】じゃ」



 その言葉で、世界が一変する。



「【魔界顕象・巣食いの森(ラストネスト)】」


 今回の相手は冒険者ということで、全員が職業持ちです。



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