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6章 17話 異世界

「ふふ……。これはあんまり状況が分かってない感じかな?」


 バベルがくすりと笑う。

 整った容姿のせいもあってか、その姿は様になる。

 だが同時に、不快感を湧き上がらせるものでもあった。


 芸のできない猿を見ているかのように。

 無知な子供に諭すように。

 それは間違いなく、相手を下だと思っているからこそ浮かぶ笑みだった。


「君たちは向こうの世界から来たんだよね?」


 バベルは景一郎に指を向ける。


「向こうの……世界?」


 だが、景一郎は答えられない。

 向こうの世界。

 その言葉の意味が理解できなかったからだ。


「ちなみに、ボクたちはあっちの世界からだよ」


 そんな彼を無視して、バベルは指先を横に動かしてゆく。

 示された先は――景一郎たちが入ってきたものとは別の通路だ。

 つまり、これから景一郎たちが進もうとしていたダンジョンの最奥であるわけで――


「ん……ダンジョンの奥から……?」

「ふふ……。なるほど。そこから勘違いしているんだね。これだから下民は仕方がないなぁ」


 雪子の疑問にバベルはへらりと笑う。


「すさまじく罵倒された」


 雪子はそんな言葉を漏らす。

 とはいえ怒っている様子はない。

 どちらかというと戸惑い――だろうか。

 バベルという少女が持つ独特な雰囲気を掴みきれずにいると言った様子だ。


「君たちはここを、他のダンジョンと同じものと思って攻略していたんだね。でも、違う」


 バベルは指先で唇をなぞる。



「ここはトンネルさ――()()()()()()()()()、ね?」



 そして彼女は両手を広げ、そう告げた。


「世界と世界……?」

(それじゃあまるで――)


 景一郎は思案する。

 そして――浮かぶ。


(そういえばエニグマも……自分を門番だとか言っていたよな)


 門番。

 それは、資格のないものが通行しないようにするためにいる存在。

 だとしたら――



「つまり君にとってボクは異世界人。ボクにとって君は異世界人なんだよ」



 バベルが口にしたのは、世界の常識を破壊するような爆弾だった。


 異世界。

 そんな荒唐無稽の存在を、彼女は宣言したのだ。


 エニグマは言っていた。

 枠に縛られることは決して不幸ではないと。


 だとしたら世界という枠を飛び出し、異世界とつながってしまったという事実は何を示すのか――


 エニグマは自身をシステムと称していた。

 システムは、必要があるから作られる。

 その真意が、このような事態を防ぐためのものだったとしたのなら――



「それじゃあ――楽しい異世界交流を始めようか」



 ふわり。

 そんな柔らかな動作だった。

 気が付くと、ごく自然にバベルは景一郎の隣に立っていた。


 音も立てず飛び降りて。

 見落としてしまいそうなほど自然に着地した。

 そして――


「拳で☆」


 彼女が右手を振るった。

 その手が狙うのは――景一郎の顔面。


「ッ…………!?」


 身を反らす景一郎。

 彼の眼前を手刀が通過した。

 もしも回避が遅れていたら、両目を通過するような一線が引かれていたことだろう。


「何するんだよッ……!」


 突然の攻撃。

 景一郎は怒りを滲ませて問う。

  

 どう考えても今のは、冗談で済まされる範疇を越えている。


「そりゃあもちろん――殺そうとしたんだよ?」


 そしてそれを、彼女は肯定した。

 今のは明確に、殺意を持った攻撃であったのだと。


「ボクは【先遣部隊(インヴェーダーズ)】のバベル・エンド」


 少女は語る。

 両手を広げ。

 演説でもするように。


 そして――宣言した。



「それじゃあ――()()()()()()()()()()()()()()()()



 人類にとって、最悪でしかない言葉を。



「【水魔法】ッ!」


 最初に動いたのは、バベルと共にいた青髪の少女だった。

 

 少女――ルーシーは右手を掲げる。

 そして彼女の叫びに呼応するように魔力が指先に収束した。


 そして――彼女の手元に水球が顕現する。


 それ自体は【水魔法】の予備動作として一般的なものだ。

 だが問題は――その規模だ。


「あんな規模をッ……!」


 おそらくこの場で最も魔法に精通しているであろう菊理が驚愕の声を上げた。

 

 そう、あまりに規模が大きすぎる。

 ルーシーが作り出した水球は、菊理がエニグマとの戦いで見せたものよりもさらに大きい。


 あんなものを撃たれたのなら――


「退避してくださいッ……!」


 紅が警告を飛ばすのと、ルーシーが魔法を撃つのはほとんど同時だった。


 ルーシーがしたのは単純明快。

 水球を地面に叩きつける。

 それだけ。


 だが、水球の規模がそれを莫大な暴力へと変えてしまう。


 弾ける水球。

 直後に、水が瀑布となり景一郎たちに殺到した。


「矢印」


 景一郎は矢印を空中に展開し、津波を迎え撃つ。

 それにより、彼女の魔法が彼らを呑み込むことはなかった。

 だが、実力を示すには充分すぎた。


「――まずいですね」


 紅がそう漏らす。


 たった一撃。

 それで、広い一室が浸水してしまった。

 水の高さはせいぜい膝あたりまでだ。

 だが、こんな水量を一瞬で作り出せるなど――



「あの4人……多分、全員Sランク相当」



 ――雪子の言う通り、間違いなくSランクの領分だ。


 それもただのSランクではない。

 Sランクにおいてさえ上澄みの、絶対的な強者に許される領域だ。


(確かに、残る2人が極端に弱いってことはないだろうな)


 景一郎は敵対者へと視線を走らせる。


 青年と老人。

 2人はまだ一切の動きを見せていない。

 だが共に行動しているのだ。

 彼らも相応の実力者であると予想するのが自然だ。


「紅――撤退するぞ」


 ゆえに、景一郎はそう提案した。


「戦わないで済むなら、戦わずに終わらせたい。少なくとも、あんな魔法を使う奴を屋内で相手にするのは分が悪い」


 戦うか、逃げるか。

 どちらを選ぶとしても、ここで戦うという選択肢はない。


 原因の1つはルーシーの魔法だ。

 あと2回か3回かの魔法を撃たれたら、部屋の水位が景一郎の身長を越える。

 【水魔法】の使い手を相手に、水中戦をするつもりはない。


「――せめて広い場所まで逃げたほうが良いですね」


 同意見だったらしく、紅はすぐに頷いた。


 広い場所。高い場所。あるいは壁のない場所。

 そういった水の溜まらない地形で戦いたい。


「オズ爺っ」


 そんな景一郎の思考を察したのだろう。

 ルーシーが叫ぶ。

 彼女が目を向けたのは老人――オズワルド。


「分かっておるわい――【蜘蛛の巣】」

 

 その声に応えたのか、オズワルドは杖で床を軽く叩いた。

 

 直後、彼の周囲に複数の白い球が出現する。


 射出される白い砲丸。

 それは途中で炸裂し、拡散した。

 そうして広がった形はまるで――蜘蛛の巣だ。


「させませんッ……!」


 紅が双剣でそれらを迎撃。

 光の斬撃が交差し、蜘蛛の巣を引き裂いた。


「私たちが殿(しんがり)を務めます。皆さんは先に撤退してください」


 紅は振り返ることなくレイドチームにそう言った。


「ん。誰かが足止めをしないと無理っぽい」

「となれば、私たちが適役ですね」


 そして、雪子と菊理も紅に並び立つ。


 相手はSランク相当の猛者。

 背中を向けて逃げられる相手ではない。

 誰かが足止めをしなければならなかった。


「なら、俺も残る」


 だからこそ、景一郎も名乗り出る。

 彼女たちだけを置いてはいけない。


「……景一郎」

「駄目とか言うなよ? 相手が相手だ。人数でまで負けてたらどうしようもないだろ」


 遮るようにして景一郎は紅にそう語った。


 相手は強い。

 1対1でも勝てるか分からない相手。

 ならばせめて、人数くらいは対等であるべきだろう。



「相手がSランク級4人なら、こっちも4人だ」


 これまでの敵はモンスターでしたが、ここからの敵は異世界人です。



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