6章 15話 戦いの結末
『この……欲の亡者共がァァッ!』
エニグマの叫びが響く。
首を断たれたことで倒れてゆく体。
一方で、物理法則に反して頭部はその場にとどまり続けている。
とはいえ、その頭蓋もすでに崩壊が始まっており、消滅の時が近づいているのだけれど。
「――終わりです」
「ん」
「想像よりギリギリの勝利になってしまいましたね。おかげで楽しめたのですけど」
紅たちは油断なくエニグマの消滅を見届ける。
少しずつ、彼の体が塵となるのを見続けていた。
『――愚か者共が』
「――首だけになってもまだ生きてるのか」
頭部だけ――それさえも半壊してなお喋るエニグマ。
その生命力に、景一郎は思わず声を漏らしていた。
『案ずるな。さすがに、この状態から蘇りはしない』
「――そうかよ」
エニグマの消滅は確定事項だ。
それを理解しているのだろう。
彼自身の声にも、すでに戦意は見えなかった。
『本当に、お前たちは愚かだ』
だからこれは置き土産だ。
死を迎えるエニグマが、景一郎たちへと遺す禍根だ。
『お前たちは、この世界の何が不満なのだ』
エニグマは語る。
そこに返事を求めている様子はない。
『これほどの世界を与えられてなお、略奪のための戦争を望むか』
「……戦争?」
景一郎は彼の言葉を反芻する。
エニグマの発言の意味を考え――掴み切れない。
『まあいい。閂は砕けた』
だが、エニグマの消失は目前。
そうでなくとも、彼は景一郎に真意を語ることなどなかったのではないか。
なんとなくそう思った。
『もう、門番の出る幕などないのだろう』
そんな言葉を遺し、エニグマは完全に消え去ったのだった。
☆
「――終わった、か」
エニグマが消えた後、景一郎はぽつりと呟いた。
いまだに宇宙空間の部屋は形を保っている。
しかし主を失った今、ここもじきに消えてゆくのだろう。
「紅も、菊理も、ゆっこも……俺も生きてる」
景一郎たちは――勝てた。
大切な人たちの命を取りこぼすことなく。
「運命を――変えられたのか」
まだ信じがたい気持ちだ。
それでも彼は、運命に打ち勝ったのだ。
「うおおおおおおおッ!」
気が付くと景一郎は叫んでいた。
歓喜。
それは全身を縛りつける運命を砕いた喜びの叫びだった。
「おお。景一郎君が雄叫びを上げた」
「珍しいですね」
「ですが――昔は、こんな感じだった気もします」
そんな彼を【聖剣】は見守っていた。
確かに、少しらしくない行動だったかもしれない。
冒険者になりたての頃ならばともかく、ここまで感情をむき出しにすることなど最近はなかったように思う。
だが仕方のないことだろう。
数多の困難を乗り越え――大切な人たちを救えたのだから。
そのことに心が震えないはずもない。
「……景一郎」
景一郎が喜びを噛み締めていると、紅が彼へと歩み寄った。
そして彼女は柔らかな笑みを浮かべる。
「今回は、ありがとうございました。景一郎がいなかったら、私は――私たちはきっとここで死んでいました」
紅がふと彼から目を離す。
そこではすでに、世界が崩れ始めていた。
宇宙のような空間にヒビが広がり、剥がれてゆく。
その向こう側には、レイドチームのメンバーが待っている部屋が見えた。
「だから、ありがとうございます」
紅が景一郎へと視線を戻す。
「お……おう」
――改めて言われてしまうと照れ臭い。
景一郎はつい彼女から目を逸らしてしまう。
微妙な沈黙。
小学校からの友人なはずなのに続ける言葉が見つからない。
それは紅も同じようで、彼女も無言のままだ。
彼女も居心地の悪さを感じているのか、小さく身じろぎをしている。
すると――
「せい」「とりゃ」
気の抜けるような声が聞こえた。
それは雪子と菊理の声だ。
2人は声とともに――紅の背中を押す。
「きゃ……」
不意打ちだったせいもあり、紅はよろめく。
その先にいるのは景一郎。
彼女は転ぶようにして、彼の胸に倒れ込んだ。
「「…………!?」」
「それでは私も」「ん」
景一郎と紅が冷静さを取り戻すよりも早く、雪子と菊理は次なる行動に移る。
2人は――景一郎たちに抱き着いた。
彼女たちは左右から景一郎を挟むようにして腕を回す。
「えっと……あの……」
羞恥からか、その場を離れようとする紅だがそれは叶わない。
雪子も菊理も、しっかりと腕で彼女を巻き込んでいた。
――しかもダメ押しとばかりに、雪子は【操影】を使って4人を束にするように縛り上げる。
「これぞ女体巻き寿司・幼馴染エディション」
そう言う雪子はしたり顔だった。
――いつもどおりの無表情のはずなのだけれど、そうとしか見えない。
「ちょ……おいゆっこ!」
とはいえ、巻き込まれる景一郎としてはたまったものではない。
幼馴染。
そう言い訳したところで、3人ともかなりの美人だ。
おしくらまんじゅうのような現状で何も感じないわけもないのだ。
胸板に、腕に女性の柔らかさが伝わってくる。
加えて、ふわりと良い香りが漂っているような気がしてきた。
「おい……この影どけろ……潰れるだろ……!」
「ん……私は悪くない」
「いや、胸の話じゃなくて――」
「なぜ胸の話と思ったし」
「お前、俺より【罠士】向いてるだろッ……!」
――ひどいトラップだった。
☆
結局、ボス部屋が完全に崩落するまで景一郎が解放されることはなかった。
そうして景一郎は、3人の幼馴染と密着したままレイドチームのもとへと帰還するのであった。
「景一郎様ッ」「お兄ちゃんっ」
するとさらに、そこへと駆け寄ってくる影が2人。
明乃と詞だ。
――この部屋では、ボス部屋での戦闘が映し出されていた。
見ているだけだった彼女たちも、かなりの不安を感じていたのだろう。
景一郎たちを出迎えた2人の表情には晴れやかな喜色があふれていた。
「無事で……なによりですわ……」
景一郎の前で止まった明乃がそう口にした。
そして一方、詞は止まることなく景一郎に飛びつき――
「ほぐッ……!?」「ぁ痛ッ……!?」
盛大に頭突きをすることとなった。
しかも景一郎は両腕を紅たちに押さえられていたため、ノーガードでの衝突だった。
「ん……便乗すべき……? かな?」
そんな景一郎たちのやり取りを残る【面影】のメンバーも眺めている。
遠くを見つめる透流。
そんな彼女が漏らした言葉に香子は肩を跳ねさせた。
「は、はぁぁぁッ!? あ、あんなの人前でやりたくないんだけど!?」
「……人前で?」
「は、は、はぁぁぁぁ!?」
どうやら透流の言葉が不本意だったようで、香子は大声を上げている。
――そこまで必死に否定したがった理由はよく分からなかったけれど。
「――リズさんはどう?」
「行くわけがないだろう」
透流が尋ねると、グリゼルダはそう言って息を吐き出す。
グリゼルダは腕を組んだまま一歩として歩み寄らない。
便乗されると困るのは景一郎なので、ここは素直に助かったと考えるべきだろう。
「おい……! ちょ……! そろそろ――」
さすがに息が苦しくなってきたこともあり、身をよじり始める景一郎。
そのまま幼馴染たちを引き剥がしにかかるが――
「信じて……いましたわ」
「…………」
――彼の動きは、明乃の声で固まった。
それは信頼の言葉。
だけどそこには喜びだけではなく、悲痛な感情がにじんでいた。
「でも、勘違いしないでください」
景一郎と明乃は向き合う。
挙げられた彼女の顔からは一筋の涙が流れていて――
「心配じゃなかったわけでは……ありませんわ」
「…………そう、だよな」
きっと今の景一郎は、困った表情を浮かべてしまっているだろう。
天眼来見によって示唆されていた【聖剣】の死。
それを回避するためとはいえ、かなりの無茶をした自覚がある。
――自分が死んでもおかしくないほどに。
そしてそれが、仲間にどれほど心配をかける行動なのかが頭から抜け落ちていた。
きっと彼女たちは戦いに参加することさえできない中、不安を抱えながら祈ってくれていたのだろう。
不安を抱えながら――見守ってくれていたのだろう。
――感謝しかない。
つくづく、良い仲間を得たものだと思う。
「ボクも心配してたんだからぁ……!」
そう言って詞が飛びついてくる。
今度は頭突きをしないように気をつけながら。
額同士が触れると、鼻をすする音が聞こえてくる。
どうやら感極まってしまったらしい。
「ちなみに香子ちゃんもすっごい心配してたぁぁぁ!」
「って……はぁぁぁぁぁぁ!?」
一方で、香子は詞からすさまじい流れ弾を叩き込まれていた。
これにて6章前半は終了です。
そして6章後半の舞台は――引き続きオリジンゲート。
ここからは、最終部へとつながるエピソードとなります。