1章 10話 月ヶ瀬詞
「お疲れ様です」
景一郎がゲートをくぐって戻ると、待機していたナツメが頭を下げた。
彼がダンジョンに潜ってから約3時間。
彼女はずっとここに待機していたのだろう。
「何か問題は発生しませんでしたか?」
「問題はございません」
そう答えつつ、ナツメは景一郎から視線を外す。
「強いて言うのなら――」
少し言いよどむナツメ。
彼女の視線の先にいたのは――
「あ、出てきたぁっ」
明るい声が聞こえた。
フリルが使用された黒いドレス。
そこにいたのは、いわゆるゴスロリ服を着た少女だった。
「へえ、お兄さんがこのダンジョンの権利者だったんだねっ」
その人物は首を傾ける。
腰まで伸びた夜色の髪がはらりと流れた。
「おー。格好良い装備だね。なんだか風格あるよ。うんっ。やっぱ黒い装備は良いよねっ」
その人物は上目遣いで景一郎の顔を覗き込む。
どうやら景一郎が纏う宵闇シリーズに興味津々らしい。
(冒険者か――)
景一郎はそう判断を下す。
普段着とは思えないゴスロリ服。
そして腰元にはナイフが携えられている。
一般人でないことは明らかだった。
どうやら景一郎がダンジョンを出るまで待っていたらしい。
探索権のないダンジョンの前で待機する。
常識的に考えてメリットの見えない行動。
監督官がいる前で騒ぎを起こそうとしているとは思いたくないが――
「んー? 念のために言っておくけど、別に報酬の横取りなんて考えていないよ? そんな可愛くないこと、ボクは好きじゃないからねっ」
目の前の人物は快活に笑う。
「ボクの名前は月ヶ瀬詞。見ての通り冒険者だよ。ちなみにランクはBっ」
ゴスロリ服の人物――月ヶ瀬詞は胸に手を当て、そう告げた。
Bランク。
等級の上では景一郎よりも格上だ。
景一郎がユニークスキルで強くなったことを加味しても、今の彼と同格に近い実力だろう。
自然と景一郎は探るように詞を見た。
すると詞は困ったように小さく笑う。
「うふふ。こう見えて、ボクは男の子なんだよねぇ。だからボクを狙っても、お兄さんの気持ちには応えてあげられないんだよ」
――だからゴメンね?
詞――彼がターンすると、ゴスロリ服のスカート部分がふわりと広がった。
膝丈のブーツと浮き上がったスカートの間で白い肌が見えた。
年齢的には中学生くらいだろうか。
自己申告によれば男性のようだが、細い脚はどこか蠱惑的に見える。
「信じられないなら、ちょっと手ぇ貸してよ」
詞は景一郎に接近すると、彼の手を掴んだ。
白魚のような指が景一郎の手を包み込む。
そのまま詞は彼の手を胸元へと導いた。
「ほら、可愛くても男の子でしょ?」
詞はちろりと舌を出す。
触れた胸元には、確かに女性的な柔らかさはなかった。
どうやら虚言ではなかったようだ。
「その装備、女性用じゃないのか?」
景一郎は問う。
装備には、特定の性別でなければ身に着けられないものがある。
男がビキニアーマーを纏うような暴挙は許されないのだ。
一方で、詞が着ているのはゴスロリ服。
人形が着るような可愛らしい服は、女性用の装備にしか見えない。
「うん。確かにこれは女の子のための装備品だよ。だけど最強に可愛いボクならちゃんと着こなせるもん」
詞はスカートの裾をつまみ上げる。
計算でもしているのか、ギリギリで生脚が覗かない塩梅で。
「似合ってるでしょ?」
詞は悪戯っぽく笑った。
(【変装術】スキル持ちか)
景一郎は詞が有しているであろうスキルを看破した。
スキル【変装術】を持つ冒険者は、性別に縛られずにあらゆる装備品を纏うことができる。
詞がゴスロリ服を装備できた理由となれば、それくらいしか思いつかない。
(つまり――こいつはアサシン系の職業)
【変装術】を習得できるのはアサシン系の職業だけだ。
アサシン系はスピード寄りのアタッカー。
得物がナイフなのも、自身の速力を損ねないためなのだろう。
「お兄さん、名前聞いてもいい?」
そんなことを考えていると、詞はそう切り出した。
「――影浦景一郎だ」
少し考えてから景一郎は答えた。
初めて会った冒険者。
そんな相手をむやみに信じていいのか。
そう思ったものの、名前くらいは問題ないと思いなおす。
少なくとも、詞からはそういった邪気は感じなかった。
「うんうん。影浦さんだね。それじゃあ、これからは影浦お兄ちゃんって呼ぼうかな?」
「なぜお兄ちゃん」
景一郎の言葉も気にせずに詞は笑う。
「良いでしょ? 可愛い中学生に『お兄ちゃん』って呼んでもらえる機会は貴重だよ?」
「男子中学生だけどな」
「良いじゃん。可愛いし」
そう言って、詞は懐を探る。
詞が胸元から取り出したのは――スマホだった。
彼はスマホを景一郎に差し出す。
「せっかくだから連絡先も交換しようよ。お兄ちゃんとは、仲良くしたほうがいいってボクの直感がささやくんだよね」
詞は花が咲いたような笑顔を見せる。
彼に押されるまま、景一郎は自分のスマホを取り出す。
唐突に出会った風変わりなゴスロリ少女――もとい少年。
とはいえ冒険者とのつながりはメリットも多い。
それが前途多望な冒険者となればなおさらのこと。
そういう意味で、景一郎の判断は誤りではない――はずだ。
「えへへ。これでボクたちは冒険者仲間だね」
詞は胸元でスマホを抱く。
彼がその場でくるりとターンすれば、黒い花弁が広がる。
「じゃあね影浦お兄ちゃん。面白い話があったら連絡するからねっ」
そう言い残し、月ヶ瀬詞は去っていった。
2人目のヒロインはゴスロリ美少女(?)な月ヶ瀬詞となります。
彼とのエピソードが終わると2章に移る予定です。




