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6章 14話 神殺し

「とりあえず戦いは――数ですよね」


 菊理はエニグマと向き合う。


 彼女は単身でもSランクに匹敵する実力を有している。

 しかし、彼女の能力の本質は物量。


 彼女は一瞬で100に及ぶ式神を召喚する。

 【式神召喚】。

 これこそが彼女の基本戦術であり、彼女の真価を遺憾なく発揮することのできるスキルだ。


「これでどうですか?」


 菊理はそう微笑みかける。

 圧倒的な物量。

 それと対峙したエニグマは――拳を振るう。


 菊理の式神は個々の性能も高い。

 とはいえ精々Aランク止まり。

 エニグマに対抗できるほどではない。

 彼が腕を振るえば、それだけで大量の式神が紙屑のように飛ぶ。


 しかしそれくらい予想できている。

 召喚した式神は戦力ではない。

 ――目くらましだ。


 エニグマに吹き飛ばされずに残った式神に紛れ、菊理と雪子は彼との距離を詰めてゆく。


「【操影】」

 

 鳥型の式神に飛び乗った雪子が腕を振るう。

 すると、彼女の指先から影が伸びた。

 そのまま影は鋭い先端をエニグマの眼球へと突き立てる。

 ――だが、彼は痛みを感じた様子さえ見せない。


「いくら攻撃向きのスキルじゃないとはいえ、眼球を攻撃しても無傷はへこむ」


 【操影】はそもそもとして精密動作が特徴であり、攻撃は不得手としている。

 とはいえ眼球を刺されて痛くないはずもないのだが。


「どんな攻撃も当たらなければ問題なし」


 しかし、雪子もそれくらいの覚悟はしていたことだろう。

 ゆえに彼女はすぐさま次の動作へと移行した。


『これは――』


 エニグマの眼球を突いていた影が形を変え、彼の目元に巻き付いた。

 ダメージは与えられない。

 それでも、視界を潰すくらいはできる。

 視界を潰せば、実質的にエニグマの攻撃力を削ることができる。


 加えて――


「ん。両腕上がった」


 いきなり視界を奪われたのなら、反射的に顔へと手を伸ばしてしまうだろう。

 顔に貼りついた影を剥がそうとしてしまうだろう。


「それでは――こうですね」


 その隙を突いたのは――菊理だ。


 彼女の指先に水が収束する。

 生成されたのは直径10メートルを超えた水球。

 彼女はそれを――勢いよく射出する。


 そのまま水球はエニグマの顔面へと直撃した。

 だが――


「ノーダメージ」


 雪子の言葉通り、エニグマにダメージは見られない。

 とはいえ、それも分かっていたこと。

 これくらいでダメージを与えられるのなら、あっという間に勝負が決していたことだろう。


 この攻撃の狙いは――



「ですが――重心が上に偏っている今、立っていられるでしょうか?」



 水球が直撃した衝撃でエニグマを倒すこと。


 現在の彼は両腕を上げており、重心が上に移動している。

 それはつまり、姿勢が不安定ということ。

 そこを狙い、重量のある水の塊を叩きつけたのなら――


『この……』


 エニグマの体が揺らぐ。

 後ろへと傾く体。

 ここからはどうあっても姿勢を戻せない。

 パワーの問題ではない、物理的な問題としてリカバリーが利かないところまで姿勢が崩れ切ってしまっているのだ。


『この程度のことで出し抜けると思ったのかッ……』


 しかしエニグマもまた規格外の化物。

 彼は――背中の翼を広げた。

 その風圧で彼の体が押し戻される。


 人体にない器官を有しているからこそ、人体には不可能な状態での姿勢制御を可能とするのだ。


『これで終わらせてやろう』


 エニグマは手を伸ばす。

 掴んだのは――周囲を浮遊する足場の1つ。

 それを彼は握り潰した。


 彼の手中で砕けた足場。

 それは岩の欠片となり、投擲武器となる。


 エニグマがフルスイングで瓦礫を投げつけてくる。

 破片はそれほど大きくない。

 しかしエニグマの腕力で投げられたとなれば、内包する威力は馬鹿にできない。


「これは――」

(さすがにこの数はさばききれないか……!?)


 景一郎は表情をゆがめる。


 エニグマも景一郎たちの立ち回りから、彼らの戦略を読んでいるのだろう。

 大量の瓦礫が狙っているのは攻撃の構えに入っている紅だ。

 彼女を殺してしまえば、こちらに決め手がなくなってしまうことを理解しているのだ。


 紅の補助を離れ、援護に回るべきか。

 

 そう景一郎が考え始めたとき――


「――大丈夫ですよ」


 紅の言葉が景一郎を制した。


「……紅?」

「景一郎に任された仕事です。私たちはやり遂げる」


 紅の視線に揺らぎはない。

 迫る瓦礫になど目もくれず、その向こう――エニグマだけを見つめている。

 己の役目に殉じている。


「ん。そういうこと」


 その言葉に応えるように、雪子が跳ぶ。

 彼女はそのまま景一郎たちと瓦礫の間へと割り込んだ。


「【操影】」


 雪子が唱えると、彼女を起点として影が広がる。

 円形に展開される影。

 それは迫る瓦礫を防ぐためのシールド。


 とはいえ【操影】で操ることのできる影の体積には限りがある。

 そのため、彼女は自分自身に影を纏わせていない。

 つまり――


「胸部装甲に不安あり。でも――」


 ――彼女は、自分の体さえも盾の一部にしている。


「――固さにも定評があるのでセーフ」


 直後、大量の礫が雪子を叩き据えた。

 影のシールドは砕け、彼女の体にも複数の打撃痕が刻まれる。

 

 吹き飛ぶ雪子。

 それでも彼女は、1つの瓦礫さえ景一郎たちに届かせなかった。


『これで終わりではないぞ』


 瓦礫の嵐。

 その向こう側から――エニグマのパンチが迫る。


「ん――これはさすがに死ぬ」


 無理なタイミングで飛び込んだせいで、雪子はまだ空中にいる。

 ゆえにこの追撃は躱せない。

 そして、耐えられるだけの肉体もない。


「今度は私ですね」


 そんな雪子の前に現れたのは菊理だ。


「【身体強化】【回復魔法】」


 エニグマが撃ち出した渾身のパンチ。

 菊理はそれを正面から迎え撃った。


「ぃぐッ……!」


 腕が砕け、菊理の口から苦悶の声が漏れる。


 身体能力の強化。

 それでも耐えきれず腕が壊されたのなら、回復魔法で治し――また壊す。

 壊すために治すかのような暴挙。

 

 その無茶のおかげで1度だけ――たった1度だけだが菊理の拳はエニグマのパンチを食い止めた。


「やっと見せましたね」


 そのタイミングで――紅は笑んだ。


 体重を乗せた渾身の1撃。

 それが決まっていたのなら、隙は生じなかっただろう。

 だが止められてしまえば、それは大きな隙となる。


「1撃で終わらせます」


 隙を作るため、雪子も菊理も身を削った。

 同じことがもう1度できるとは限らない。

 

 それが分かっているからこそ、紅は宣言した。

 一刀で討ち取ると。


「【秘剣・白雷】ッ……!」



 光の横一閃。


 光の速度に匹敵する斬撃がエニグマに迫る。

 狙いは首。

 全生物に共通する急所だ。


 そしてその攻撃は――()()()()()()()()()()()


「これは――!」


 紅の表情が険しくなる。


 エニグマは首と斬撃の間に腕を滑り込ませていた。

 斬撃を受けた腕から火花が散る。


「は、ああああああああああああッ!」


 紅の絶叫に似た声が響く。

 その声はそのまま剣を振り抜くための力となり――エニグマの腕を斬り落とした。


 腕を落とし、斬撃はそのままエニグマの首に到達する。

 首筋に斬りこむ斬撃。

 だが――首を落とすには至らない。

 

 エニグマの肉体と紅の刃が拮抗する。

 どれほどの力を込めて振り抜こうとしても、途中から刃が進まない。

 エニグマの腕を斬り落とすために生じた威力のロス。

 それがこの現状を作り出していた。

 

「くッ……これでは威力が足りな――」

「構わず振り抜けッ!」


 この一撃では殺しきれない。

 そう紅が漏らしかけたとき、景一郎が叫んだ。


「ッ……! 分かり、ましたッ……!」


 景一郎の叱咤に押され、再び紅の手に力がこもる。

 ほんの少し。

 それでも、刃がエニグマの首に食い込んだ。


「はああああッ!」


 紅が叫ぶ。


 だが、足りない。

 今の彼女に、エニグマを絶命させるだけの余力はない。

 少しずつ刃が首に食い込む。

 だがそれだけ。

 首を落とせるビジョンが見えない。


 ――それでも構わない。


 紅だけの力で足りないなら――そこを景一郎が埋めるだけだ。


『この……!』


 景一郎は駆けだした。

 矢印を踏みしめ、エニグマの腕を伝うようにして距離を詰めてゆく。


(――行ける)


 彼が目指しているのはエニグマの首元。


(右腕は攻撃のために伸びきってる。左腕は紅に斬り飛ばされた)


 ――反撃はない。

 ゆえに防御も回避も考えない。

 ただ一瞬でも早くエニグマに近づくことだけを考える。


「矢印」


 そしてエニグマの首へと肉薄した景一郎。

 彼は掌に矢印を貼り付け――紅の剣に触れた。



(このまま――押し込むッ!)



 矢印に従い、紅の斬撃が加速する。


 紅の攻撃力と、エニグマの肉体強度。

 両者が拮抗しているのなら――些細な力添えで均衡は崩れる。


『こ……のぉ……』

「――終わりだ」



 景一郎がそう言うと同時に――紅の斬撃がエニグマの首を斬り飛ばした。


 VSエニグマ、決着――



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