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6章 13話 聖剣を掲げて

「これは――」


 景一郎は戸惑いの声を漏らす。


「確か、さっきアイツの攻撃を……」


 記憶にあるのは、迫るエニグマの拳。

 矢印の盾を貫かれ、攻撃を受ける直前。

 そこで意識が途切れている。


 死を迎えていてもおかしくない。

 負傷していたのなら納得できる。

 だが、無傷だった。

 決して躱せないところまで拳が迫っていたというのに、被弾した形跡がない。


 景一郎は事態を掴みかねていた。


(どうなってるんだ……?)


 状況が見えない。

 彼が周囲を確認していると――


「景一郎……なんですか?」


 彼のもとに紅が現れた。

 どうやらエニグマのスキルの影響がなくなっているようで、彼女の動きに不自然な点はない。


「そりゃあもちろん俺だけど……」


 不自然と言えば、彼女の質問そのものが不自然ではあったけれど。


(なんか妙な感じだな……)


 景一郎は視線を巡らせ、気付く。

 

 ――エニグマがダメージを負っていることに。

 【再生】の補助を受けてなお彼の肉体にはダメージが蓄積している。


「どういう状況なんだ? なんか結構ダメージ入ってるみたいだけど」


 景一郎は紅に問う。

 彼に戦った記憶がない以上、この状況を作り出したのは紅のはず。

 おそらく【魔界顕象】の影響下を抜けてから、彼女たちがダメージを与えたのだろう。


「――すべて景一郎さんがつけた傷ですよ?」


 彼の予想を否定したのは菊理だった。

 巫女服は汚れているが、出血の跡などはない。

 どうやら無事のようだ。


「……夢遊病か?」

(まったく記憶にないんだけどな)


 記憶にない。

 とはいえ、菊理がここで嘘を吐くメリットなど皆無なわけで。


「ん……夢遊病で済めば御の字」


 いつの間にか近くに来ていた雪子がそう口にする。

 ――意味深な言い方だった。

 記憶がない間、景一郎が何をしていたのか少し不安になった。

 

「……よく分からないな」

『――戻ったようだな』


 景一郎が困惑を深めていると、エニグマが喋り出す。

 エニグマの視線は景一郎だけに向けられている。


『時間制限か。()()()()()()()()()()かと思ったが、意識的にあれを引き出したのではないとすると――()()()()()()()()()()()()()()()()()()の制限か――言い得て妙だな』


 そう語るエニグマ。

 彼は、景一郎に起こった出来事に対しある程度の理解をしているようだった。

 とはいえ、本人からすると分からないことだらけなのだが。


『どちらにしろ構わない』


 だが、彼にそれらについて問答をする時間はないらしい。


 エニグマはすでに戦闘態勢へと移行していた。

 彼は掌を合わせる。


『枠の中にある力は、決して私に届かない』


 そして、唱えた。


『【魔界顕象――』


 己以外をことごとく無力化するスキルを。


 身構える景一郎たち。

 現状、【魔界顕象】への有効な対抗策はない。

 だが、少しでも突破口があれば行動に移せるようにと体勢を整えるが――


『……発動しない。……魔力切れか』


 ――何も起こらない。

 最初から影響のなかった景一郎だけではない。

 2度とも影響を受けていた紅たちの様子にも変化がない。


 ――不発。

 エニグマのスキルは、残り魔力というシンプルな理由により不発に終わったのだ。


「あの面倒なスキルはもう使えないようですね」

「ん……なら戦える」


 菊理と雪子が一歩前に出る。


 彼女たちの自由を奪ったスキルはもう使えない。

 それなら、戦いが成り立つ。

 戦いが成り立つのなら、勝ち筋はある。


「それでは――ここからは私たちも参戦させていただきましょうか」


 そう言うと、紅は景一郎へと目を向ける。



「景一郎。一緒に――戦ってくれますか?」



 言葉にすればたった数秒。


 だけどそれは、景一郎がずっと望んでいたものだった。

 だから、景一郎の頬が少し緩んでしまう。


「――ああ。もちろんだ」



「トドメは紅に任せる」


 敵戦力は未知数。

 準備の時間はない。

 ゆえに手短に作戦の要を伝える。


「俺たちの中で一番攻撃力が高いのが紅だ。だから全員で、紅の攻撃をより強力にするために動く」


 エニグマの肉体強度の高さはすでに証明されている。

 弱い攻撃を何発も打ち込んでも無意味。

 強烈な――1撃で殺せるような攻撃が必要なのだ。


「紅は【白雷】をいつでも撃てるようにしておいてくれ」


 【秘剣・白雷】。

 時間という概念さえ飛び越える抜刀術。

 それならばエニグマの命に届くはずだ。


「ですが……それでは攻撃を避けられなくなります」


 紅は少し不安な表情を浮かべる。


 抜刀術の構えに入ってしまえば、軽快には動けない。

 ましてエニグマの急所を確実に狙わなければならないのだ。

 自分に迫る攻撃に対処する余裕はないだろう。

 

「ああ。だから菊理。俺と紅が乗っても飛び回れるような式神を足場として貸してくれ」


 だが、ここにいるのは紅だけではない。

 紅が攻撃に対処できないのなら、仲間に任せればいい。


 菊理は100もの式神を操る。

 彼女なら、紅のために『動く足場』を提供できる。

 紅自身が動かなくとも、自動で回避行動をしてくれる足場を。


「ええ。分かりました」


 景一郎の指示を受け、菊理が式神を召喚する。


 その姿は鳥。

 だがそのサイズはドラゴン並みとまではいかなくとも、巨鳥と呼ぶにふさわしいものだった。

 少なくとも、景一郎と紅が背中に乗ったところで飛行速度に陰りはないだろうと思えるくらいには。


「菊理とゆっこはエニグマを引き付けて、決定的な隙を作って欲しい。俺は紅の護衛をしつつ、紅の剣速を加速させるための矢印を準備する」


 トドメは紅。 

 だが、彼女だけにすべてを委ねるのではない。

 それで解決できるのなら、ここまで苦戦していない。


 だが景一郎が手伝えば。

 矢印によって紅の剣を加速させたのなら。

 ――エニグマを葬るだけの威力を叩き出せるはずなのだ。


「私は一撃で――あれを討ち取ればいいと」

「だな。正直、何回もチャレンジできるような状況じゃない。一発勝負だ」


 景一郎はともかく、紅たちの消耗が激しい。

 何度もトライするだけの余力はない。

 やり直しなど考えないほどの全霊が必要となるだろう。

 

「ん。責任重大」

「焦ってはいけませんが。悠長にしていては、こちらの力のほうが先に尽きてしまいそうですね」

「急ぎながら完璧に。これはやるしかない」


 雪子と菊理はそう言って頷き合う。


 彼女たちの役割はお膳立てであり、最後の一撃に直接関わるわけではない。

 一方で、戦いのすべてが彼女たちの行動を起点として組み立てられる。

 彼女たちが上手くやってくれなければ、チャンスは永遠に訪れないのだ。


「余裕があれば援護もするけど、あんまり期待しないでくれ」


 雪子と菊理の背中に景一郎はそう告げる。

 本来なら、景一郎も彼女たちの援護に向かうべきだろう。


 だが一瞬のシビアな隙に合わせるためにも、景一郎は紅の近くを離れられない。

 当然、援護が行き届かないことも出てくるだろう。


「ん。分かってる。景一郎君は、紅が万全の状態で攻撃できるようにしておいて」

「私たちが頑張って隙を作っても、景一郎さんたちの準備ができていないと目も当てられませんからね」

「――だな」

 

 いくら【魔界顕象】の影響がないとはいえ、あれほどの巨大モンスターを2人で――しかも景一郎たちに流れ弾が飛ばないように戦えというのだ。

 かなり無茶な要求なのは重々承知だ。

 しかし彼女たちは不満の1つもこぼさない。

 むしろどこか――嬉しそうにも見えた。


「大丈夫です――」


 そう告げたのは紅だった。

 彼女はまっすぐと景一郎を見つめている。

 

 そこにあるのは全幅の信頼。


 紅の役割はトドメ――そして、それまで待ち続けること。

 仲間が傷ついても、待ち続ける。

 ――皆なら大丈夫だと信じて。

 己に攻撃が迫っても、待ち続ける。

 ――皆が守ってくれると信じて。

 敵の喉元に食らいつく瞬間まで、己の防御さえ忘れて集中し続ける。

 

 それは言葉にしてしまえば簡単で、実践するのは途方もなく困難なのだ。


 でも、大丈夫だ。

 【聖剣】なら。

 否、この4人でなら絶対に勝てる。

 そこに疑いを挟み込む余地などなかった。



「景一郎がいてくれるのなら、私たちが負けることは100%ありません」

「この4人なら、何も怖くありませんね」

「超余裕すぎて、もはやこの戦いが終わった後のディナーに思いをはせるレベル。あ、パインサラダ食べたくなってきた」



「――流れるようにフラグ立てまくるな。俺はむしろ不安になってきたぞ」


 ない……はずだ。


 次回あたりでVSエニグマは終了予定です。



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