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6章 12話 反転

『その気配――』


 エニグマは『景一郎』の姿を見て動きを止めた。

 ほんのわずかな逡巡。

 その間に答えを得たのか、エニグマは腕を振り上げる。



『なるほど。お前があの男の枠からあふれ出したものか』



 そして、エニグマは剛腕を景一郎に振り下ろす。

 暴力的なパワー。

 受けてしまえば人体など破片しか残らないだろう。


「お前はシステムなんだろ? システムが余計なこと考えてんじゃねぇよ」


 だが、相手が彼でなければの話。


 たった一振り。

 景一郎が刀を斬り上げただけ。

 それだけでエニグマの拳が縦に割れ、肘あたりまで斬り裂かれた。


『ぐあああああああッ』


 エニグマの傷口から大量の黒霧が噴き出す。

 どうやら血液が流れているわけではないらしい。

 

 痛みによって暴れるエニグマ。

 その腕が足場の1つ――紅がいる足場を掠めた。


「やっべ」


 崩壊する足場。

 本来であれば、放っておいても紅なら他の足場に飛び移ることだろう。

 だが、今の彼女はエニグマのスキルの影響で動けない。

 捨て置いてはこのまま落下してしまう。


 景一郎は矢印を踏むと紅の体を抱きとめ、近くの足場へと運ぶ。


「――貴方は」


 景一郎の胸の中で紅が戸惑った様子を見せる。


 一番の理由は容姿だろう。

 全身の造形はまったくと言っていいほど景一郎と一致している。

 しかし目が、髪が――様々な要素が彼と食い違う。

 その異常性を消化しきれていないのだ。


「ちっ……介護とかメンドくせぇな」


 景一郎は頭を掻く。


 エニグマを打倒するのは構わない。

 だが、誰かを守りながらというのは面倒だ。


「さっさと相殺しちまうか」


 ならば、守る必要などないようにするしかない。



「――【魔界顕象】」



 ほんの一瞬だけ、景一郎は自分のための世界を顕現させる。

 自分のためにだけ存在する、自分の力を引き上げるためだけの世界を。


 【魔界顕象】は維持にも莫大な魔力を必要とする。

 だから顕現は一瞬だけ、エニグマの【魔界顕象】を破壊するためだけに使う。

 

 これは力比べだ。

 エニグマと景一郎。

 世界を侵食する力の強弱を争う戦いだ。


 その結果は、相殺。

 景一郎がエニグマの世界を破壊し、直後に【魔界顕象】を解除した。

 それにより世界は誰にも浸食されていないクリーンな状態を取り戻す。


「これは……」


 エニグマの干渉から解放されたことで体を襲う脱力感が消えたのだろう。

 紅は起き上がると、体を動かしながら状態を確認していた。

 ――問題なくエニグマの【魔界顕象】を相殺できていたようだ。


「さっさと離れてろ。巻き込まれて死にたくねぇだろ」


 景一郎は紅に背を向ける。


 彼女を動けるようにしたのは援護を期待してのことではない。

 邪魔にならないところに退避しておいてもらうためだ。


「ですがッ……! 景一郎を――」

「俺は景一郎じゃねぇよ。()()――な」


 だが、紅は彼に追いすがろうとした。

 ゆえに、突き放す。


 詳しい話をしている暇はない。

 それに、そういう話は――()()()がするはずだ。

 白い、潔白を気取った黒幕女が。


『この欲張り共がァァッ!』


 直後、エニグマが叫ぶ。

 これまでのシステムじみた無機質な声ではない。

 痛みという刺激が、彼の怒りを引き起こしたのだ。


「じゃ――流れ弾で死ぬなよな」


 景一郎はそう言い残すと、跳躍する。

 足元に矢印を展開。

 それを踏んでエニグマとの距離を詰めてゆく。


 エニグマの拳が飛んでくるが関係はない。

 最小限の動きで躱し、そのまま伸びきった腕に着地。

 そこからさらに腕を蹴り、エニグマの上方を陣取った。



「見とけよ景一郎」



 景一郎の刀が影を纏う。

 赤黒い影は巨大な斬撃となり――



「こいつが俺の――力だッ!」



 エニグマの肩口から脇腹までを斬り裂いた。



「まあきっと、これは仕方がないことなんだろうね」


 巨大な座敷。

 時代劇のセットのような部屋。

 そこで白い少女は舞う。

 

 雪のように白い髪と肌。

 不自由なのか、少し足を引きずりながらも彼女は楽しそうに踊る。

 

 特別な動きではない。

 気の向くまま、赴くままに動いているだけ。

 だが、その流麗な動きはまるで由緒正しい舞踊のようにも見える。


「人間は神様じゃないんだ。ノーヒントで真実になんて辿り着けるわけがない」


 少女――天眼来見は微笑んだ。

 今なお変わらない未来を祝福するように。


「それこそ、未来でも見えない限りね」


 いやー―逆だ。



 もう、()()()()()()()()()()



 彼女の目論見通りに。

 景一郎の努力通りに。

 この事実は、どんな奇跡をもってしても覆らない。

 

 破滅のトリガーは引かれた。

 将来の出来事でしかなかったはずの破滅を先取りし、現代へと顕現させる。

 未来を見通す瞳は、世界の寿命が一気に縮まったことを察知した。


「だからこっち側の人間は、大きな思い違いをしている」


 狙い通り。

 生まれてからずっと暗躍した結果が今、花開く。


「ノーマルダンジョン。ミミックダンジョン。スタンピードダンジョン。3色のゲートの向こう側には確かにダンジョンがある」


 舞台は整った。


「でも――」


 ならば後は――舞台に上がるだけだ。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




「――時間切れだな」


 景一郎は嘆息する。


 時間にして5分。

 どうやら、彼がこの力を振るえる時間は終わりらしい。


「喜べよ【門番】。俺の時間は終わりだってよ」


 景一郎は嗤い、エニグマにそう告げた。

 ――全身を斬り裂かれたエニグマに。

 【再生】で治癒しているようだが、それをはるかに超えるダメージに対処しきれていない。


 ここまでしておけば、あとは『彼』でもなんとかなるだろう。


「後は好きにやれよ――」


 景一郎は嗤う。


「悪魔どもの言いなりに生きるかどうかはお前次第だぜ――影浦景一郎」


 何も知らない『彼』への同情と皮肉を込めて。


 あと1~2話で前半は終了するかと。



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