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6章  9話 エニグマ

「ッ……!」


 怒りのままに景一郎は光の結界を殴りつけた。

 だがそこに意味はない。

 結界にはヒビどころか一瞬の揺らぎさえない。


(――どうする)


 景一郎は考える。


 現在、彼を含めてレイドチームは立ち往生している。

 

 結界に道を阻まれ。

 結界を解除する方法を見つけられず。

 だからといって、力で結界を破壊することもできない。


 この瞬間にも【聖剣】は先に進んでいるというのに――


「なんだアレ?」


 景一郎が結界の向こう側を見つめていると、背後で声が聞こえた。


「……なんだ?」


 景一郎が振り返ると、部屋の中央に何かが浮かび上がっていた。

 浮遊しているのは光る長方形の何か。

 ――おそらくスクリーンなのだろう。

 その画面には3人の女性が映っていた。


「あれは――向こうの映像か」


 景一郎は唇を噛む。

 そこに映っていたのは【聖剣】の3人だったから。


 彼女たちは歩いている。

 道標のない暗い世界を。

 そしてその先にあるボス部屋を。


「俺たちはあくまで観客ってわけかよ」


 文字通り見ていることしかできない。


 ただ観客として【聖剣】の戦いを見守っていろ。

 そう言われているような気分だった。


 ――まるで宇宙のようなボス部屋。

 足場は浮遊しているが、移動場所が限られてしまうのは確実。

 相手に飛行能力があるのなら不利な状況となるだろう。


 そう分析していると――ボスが現れた。


「え……嘘」


 現れたボスを目にして、詞がそう声を漏らす。


 宇宙を押し固めたような肉体。

 眼も口もない全体的にぬらりとしたフォルムだが、それは人の形をしていた。

 

 軽く体長600メートルを超えた姿はまさに巨人。

 

「あんなのアリなわけ……?」

「あれは……大きすぎる」


 香子と透流の様子にも動揺が見られる。

 

「大型のモンスターはいますけど……あれは規格外すぎますわ」


 動揺の理由は、明乃が言ったとおりだ。


 ――大きすぎる。

 体長10メートルを超えたあたりから大型モンスターと呼称されることが多い。

 そして景一郎が見てきた中でも100メートルとなればかなり巨大で、300メートルクラスとなれば聞いたことしかない。

 

 なのにあそこにいる巨人は、最低でもその倍は大きい。


(やっぱり、アイツがボスだったのか)


 あの時は腕だけだった。

 だが、あの腕の向こう側に肉体があったとしたら。

 思い描いていた姿が目の前に映っている。


「……くそッ」


 景一郎は怒りを吐き出す。

 だが、結界がそれに応えることはなかった。



「なんで俺は――あそこにいないんだッ……!」




「――来ます」


 紅がそう口にした。


 直後、エニグマが動き出す。

 大きく拳を振りかぶり、叩きつける。

 シンプルながら、あの巨体による打撃は致命的な威力を内包していることだろう。


「あら……」

「ん。結構速い」


 紅たちは散開して拳を躱した。

 ――彼女たちが立っていた足場が粉砕する。

 

 1つ足場が失われた。

 破片は依然として浮かんでいるが、人間が乗れるほどの浮力を有しているかは怪しい。


 ――攻撃を躱しても足場が失われる。

 今はそれなりの数の足場があるが、このペースで砕かれ続けてはいつか尽きる時が来る。

 そうやって逃げ場を失えば、いずれあの拳を回避できなくなる。

 長引けば不利になるのは明白だった。


「貴方には何もさせませんよ」


 菊理は口元に手を当てて微笑んでいた。

 現在、彼女は何もない空間に浮かんでいる。

 空中を自由に移動するスキル。

 そういったものも、彼女は有しているのだ。


「【スキル封印】」


 そして菊理はエニグマのスキルを封印する。


 【スキル封印】。

 それは相手のスキルの内、自分が有しているスキルと同じものの使用を禁じるスキルだ。


 本来なら封印できるスキル数は1つか2つが限度。

 ――だが菊理は膨大すぎるスキルを保有している。

 彼女の【スキル封印】であれば、ほとんどの相手が封殺されてしまう。


「【死神の手】」


 雪子の手から影の手が伸びる。

 

 【死神の手】。

 それは触れた敵の心臓を破壊する即死系のスキル。

 【凶手】である彼女の主要スキルの1つだが――


「ん……やっぱり即死無効」


 影の手が触れてもエニグマに変化はない。

 ボスモンスターの中には即死系の攻撃を無効にするモンスターも多いのだ。


「じゃあ私はサポーターに回る」


 だから、それくらいのことは想定している。

 雪子はアタッカーとしての役割を捨て、援護へと移行した。


「分かりました」


 紅は手頃な足場を探す。


 エニグマの背後を取れる場所。

 そして、ある程度離れている位置。

 

 条件に合う足場を瞬時に見つけ、そこへと着地した。


 ――紅の双剣が光を纏う。

 【光魔法】による魔法剣術。

 それこそが彼女の戦闘スタイルだ。


「ッ――――!」


 振り下ろされる光の斬撃。

 交差するような軌道で振り抜かれた光の刃は――ちょうどエニグマの首で交わった。

 左右から挟み込むように首へと抉り込む斬撃。

 しかし――


「――刃が通りませんね」


 紅が嘆息する。


 光の刃は1メートルほどエニグマに食い込んでいる。

 だが、そこから進まない。

 エニグマの巨体を思えば、1メートルくらいの深さの傷など大した問題ではないだろう。


 しかも――


「あらあら。【再生】もあるんですか。あれは私も持っていませんし、封印できていなかったみたいですね」


 興味深そうに菊理がそう言った。


 ――エニグマの首に刻まれた傷が消えてゆく。

 生半可なダメージでは数秒とかからずに完治するようだ。


 即死無効。

 高耐久。

 再生。


 あれを倒すのは骨が折れそうだ。


「紅。もっかい」


 そんな中、雪子がそう提案する。


「――分かりました」


 正直、彼女の狙いは分からない。

 だが雪子のことだ、悪いようにはしないだろう。


 紅は再び剣を構えた。


 だがエニグマも黙ってはいない。

 彼は振り返る動作のまま裏拳を叩き込んでくる。


 ただの薙ぎ払い。

 だが当たったのなら勝負が決する一撃。


 それでも紅は回避しなかった。

 ――仲間に任せるという判断をした。


「【結界・対物理】」


 菊理が裏拳の軌道に割り込み、複数のシールドを張る。

 四角形の結界を何層にも重ねた防壁。

 物理に特化した防御がエニグマの攻撃を阻む。


「あらあら。これは想像以上ですね」


 とはいえ、容易に防げるわけではない。

 裏拳の勢いを止めることはできたが、重ね掛けされていた結界が1発で破壊されていた。


 ――あれはSランクモンスターでも10分は軽く止められる強度のはずなのだけれど。


 とはいえ、エニグマの攻撃が止まったのは事実。

 それは間違いなく――隙だ。


「ッ――!」

 

 紅は双剣の片方を鞘へと戻し、両手持ちで斬撃を繰り出す。

 少しでも1撃の威力を上げるためだ。


 放たれた斬撃。

 それはエニグマの腕に食い込む。

 その傷の深さは2メートル。

 だが、まだまだ足りていない。


「【操影】」


 そこへ伸びるのは雪子の影。

 影は――エニグマの傷口を埋めた。

 楔のように影が挿入され――再生を阻害していた。


「はぁッ――!」

 

 そこへ叩き込まれるのは――紅の2撃目。


 エニグマの再生を阻止し、そのまま残った傷口に寸分違わず斬撃を押し込む。

 そうすることでさらに傷は深くなり――腕を斬り落とした。


「とりあえず1発」


 雪子がブイサインを突き上げる。


 とはいえ、悠長にとどまっているわけにはいかない。

 一度、紅たちは散開してエニグマの攻撃範囲から逃れる。


「この調子で削っていきましょうか」

「そうですね。再生限界が分からない以上、ダメージ量で上回るしかありません」


 菊理の言葉に紅はそう答えた。


 【再生】スキルも無限ではない。

 そのうち体力を消耗し、再生速度が落ちる。


 ――だがそれは常識の話。

 

 ボスモンスターに――それもオリジンゲートのボスモンスターに通用するのかは分からない。

 最悪、再生限界がない可能性もある。


 だとしたら、火力と再生力の競争だ。


 火力で押し切れば紅たちの勝ち。

 再生で耐えきればエニグマの勝ち。

 そんな戦いになる。


「ん――なにあれ」


 その時、雪子がつぶやいた。

 彼女の視線はエニグマの頭部へと向けられている。


 紅は彼女の視線を追い――異常に気が付いた。


「あれは……口ですか?」


 エニグマの頭部。

 その口元に当たる部分が横に裂け始めている。


 さっきまでエニグマの体はマネキンのように滑らかだった。

 あんな部位があった覚えはない。


 突如として出現した口のような器官。

 それはゆっくりと動き始め――



『――際限ないものなのだな、人間の欲望は』



 ――声を発した。


 【聖剣】VSエニグマ――開幕。



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