6章 5話 第1次オリジンゲート攻略戦2
明乃の周囲で雄叫びが響く。
声の主はゴブリンの群れ。
彼らは明乃を2重3重に囲んでいる。
ゴブリンは狡猾だ。
単体では矮小でも、群れになれば厄介な存在となる
それでも明乃は構えることさえなくその場から動かない。
「――――」
最初に動き始めたのは――ゴブリンたち。
彼らは全方位から襲いかかる。
そのタイミングは完璧に揃っており、大剣でも盾でもすべてを防ぐことは困難だろう。
「【エリアシールド】」
だから明乃は己を中心として半球状の結界を展開した。
防壁に押されるようにしてゴブリンが止まり、弾かれた。
地面を転がるゴブリンたち。
明乃はすぐに結界を解除し――炎剣を振り抜く。
独楽のように回転しながらの横一閃。
その斬撃は炎によって拡張され、周囲のゴブリンすべてを射程に捉えた。
「あら――仲間想いですのね」
だが、白い霧がそれを阻む。
フォグトレント。
樹木型のモンスターが姿を隠すため、そして苦手な炎に対抗するために身に着けた能力。
炎属性の攻撃の威力を減殺する霧が明乃の攻撃を遮った。
しかし――
「もう、その程度で防げませんわよ」
しかし、明乃の能力は以前の比ではない。
当然ながら斬撃も、それに伴う炎撃の威力も飛躍的に向上している。
明乃の炎剣は白い霧を容易く切り裂き、ゴブリンだけでなくその後方にいたフォグトレントをも両断する。
「これで、数もそれなりに減りましたわね」
明乃の周囲には炎の余波がくすぶっている。
岩場が焦げ、熱で空間が揺れて見える。
その蜃気楼の一部が――欠けていた。
不規則に揺れているはずの空間の中、1部だけが揺れていない。
「はい、見っけ☆」
直後、違和感のあった場所に落下してきたのは詞だった。
彼はナイフを下に向け、自重に任せて虚空を刺した。
同時に絶叫が響く。
何もないはずの空間で詞の体が停止すると、彼の足元で血が広がってゆく
赤い液体は不自然な形にしたたり、そこにいる敵の存在をあぶりだした。
「おーしまい」
詞は足元にいるであろうステルスウルフにナイフを振るう。
横薙ぎの一撃はさらなる流血を迸らせてゆく。
そして数秒後、周囲を汚していた流血が消失した。
――ステルスウルフを討ち取ったのだろう。
「こちらの戦線は安定してきたようですわね」
「うんうん。他は皆にお任せって感じかな?」
明乃と詞は言葉を交わす。
すでに周囲のモンスターの気配は減りつつある。
一時は崩れかけていた戦況も安定し、押し切れている。
このまま進めば、遠からずこのあたりのモンスターは殲滅できるだろう。
☆
「ん――」
透流は地を踏みしめ、デスマンティスと対峙する。
するとデスマンティスは彼女を目指して進軍を始めた。
現在、彼女は【隠密】を使っていない。
だからデスマンティスも問題なく彼女の姿を見つけたのだ。
碓氷透流は魔導スナイパー。
【隠密】で姿を隠し、魔法で狙撃するのが基本戦術。
盾役もなく、姿を見せた状態で戦うなど本来はあり得ない。
「不思議な気分」
透流は動揺なく構える。
右手を拳銃の形に。
照準はデスマンティスへ。
魔導スナイパーが身を隠すことなく敵と対峙するなどありえない。
あるとしたのなら――
「もう貴方は、怖くない」
――絶対的な実力差がある場合くらいだ。
透流の指先で氷の弾丸が精製される。
そして――放たれた。
空気を裂いて進む狙撃。
それはデスマンティスの額へと着弾した。
「――ヒット」
透流は静かに宣言する。
直後、デスマンティスが悲鳴を上げる。
額に着弾した魔弾がそのまま体を貫き、その命を打ち砕いたのだ。
「これで少しは、忍足さんに近づけた……?」
透流はそう漏らすと、再び姿を消した。
☆
「見えてんのよッ……!」
香子は駆けだす。
そして跳ぶ。
――足元に細い糸が見える。
髪の毛のように細く、光沢もないせいで光ることはない。
戦闘中であれば、それを見つけることは困難だろう。
しかし香子はそれらを次々にかいくぐってゆく。
「うっとうしいのよッ!」
10近いマリオネットアリスが伸ばしてくる【人形劇】の糸。
そのすべてを回避しながら、香子は拳銃で迎撃する。
マリオネットアリスは銃弾を躱すために隊列を散らすが――
「……!」
香子の両手に違和感が生じた。
彼女の手からは糸が伸びている。
見えない場所にいたマリオネットアリスが彼女に【人形劇】を仕掛けたのだ。
「ッ……!」
両手を吊り上げられ、香子の足が地面から離れる。
現時点において支配されているのは両手。
だがすぐに全身を支配され、嬲り殺されることだろう。
――本来なら。
「遅いわよ!」
香子は全身に糸をつけられる前に――手にしていたサーベルを手放し、蹴り上げた。
回転しながら撃ち上げられた刃。
それは彼女を縛っていた糸を切断する。
「っと……」
香子の右手が自由を取り戻す。
だが左手は動かせないまま。
さっきの攻撃で切ったのは、右手を支配していた糸だけだったのだ。
だが問題はない。
むしろ、これこそが狙いだ。
「はぁぁぁ!」
香子は身をひねる。
彼女は吊られた左手を軸にしてその場で横回転を始めた。
それに合わせて彼女は銃弾をばらまいてゆく。
回転しているため視界の景色が高速で移り変わってゆく。
それでも香子は照準を外さない。
銃弾がマリオネットアリスを次々に貫いた。
「これで――」
周囲のマリオネットアリスをあらかた一掃したと判断し、香子は――勢いよく左手の糸を引っ張った。
――花咲里香子はスピード重視の職業である【フェンサー】だ。
そのため、重戦士に比べると腕力は劣る。
だが問題はない。
遠距離型のマリオネットアリスにパワーで負ける道理はないのだから。
「終わりよ!」
糸に引かれてマリオネットアリスが飛んでくる。
慌てたように手元の糸を切ったようだがもう遅い。
もう逃げられる距離ではない。
香子は太腿のホルスターから蛇腹剣を取り出す。
そのまま彼女は伸縮自在の刃を伸ばすと――背中を見せて必死に逃げるマリオネットアリスの首を斬り落とした。
☆
「どうした? もっと頑張らぬか」
グリゼルダは挑発的に嗤う。
彼女の視線の先にいるのは、大量の風神・雷神。
10を越えるSランクモンスターは――無様に天井へと張り付いていた。
風神と雷神は半身を凍らされ、天井に縫いつけられている。
すでに彼らはの機動力は完全に奪われていた。
「お前らを殺してもすぐに湧くだけだからな。生かさず殺さず、ここで待っていると良い」
グリゼルダはそう言うと、氷の足場に玉座を作り出す。
そのまま彼女はそこに座し、風神と雷神の抵抗を楽しむ。
オリジンゲート内で発生しているモンスターハウスでは、上限なくモンスターが湧いてくる。
つまり敵を殲滅するまでは、何体倒しても無意味ということ。
ならば今のうちは拘束にとどめ、最後にまとめて殺せばいい。
モンスターハウスの終息につながらない討伐のために魔力を吐き出すのも馬鹿らしい。
要は、魔力を節約しているのだ。
だが、風神も雷神も動けないだけで一切の行動を封じられているというわけではない。
だから時折、風の刃と雷撃が飛んでくるのだが。
「……残念であったな。お前らでは、我を出し抜くことなど出来るはずもない」
それをグリゼルダが作った氷のシールドがピンポイントで防いでゆく。
ここでもシールドのサイズを最小限に抑え、魔力を無駄にしない。
「――まあ良い。死を待つのも恐ろしいだろうからな」
このまま適当に時間を待つか。
そう思っていたのだがグリゼルダは考え直す。
この戦いがどれほどの時間をかけるのか分からない。
風神と雷神が暴れるたびにそれを防いでいては、いくら最小限の魔力しか使っていないとはいえ非効率だ。
「すべてが終わるまで眠っておくがよい」
グリゼルダが指を鳴らす。
すると鋭い冷気が発生して風神と雷神にまとわりつく。
とはいえその冷気は敵を殺すほどのものではない。
その目的は対象の体温を急激に下げ、仮死状態に陥らせることだ。
1度仮死状態にしてしまえば、あとは少しの魔力で気温を保つだけ。
大きめの魔法1発と同程度の消耗で、軽く数時間は時間を稼げる。
コストパフォーマンスとしては上々だ。
「さて、傾向上――『守護者』がどこかにいるはずなのだがな」
オリジンゲートのボス部屋を開くための条件。
景一郎たちは『モンスターハウスの終息』と考えていたが、それは間違いだ。
もっとも、結果的には似たようなものかもしれないが。
ボス部屋にたどりつくための条件は、大量発生しているSランクの中でもより強大な力を有しているモンスター『守護者』を殺すこと。
オリジンゲートごとにそのモンスターの種類は変わるけれど、強大であることは間違いない。
「動き出すとすれば、もうすぐであろうな」
☆
「――順調みたいだな」
景一郎は戦場を見下ろす。
場合によっては矢印を使って援護するつもりだったが、それも必要がなさそうだ。
「さすがというか、1発もこっちに飛んで来ないな」
そして景一郎はグリゼルダに視線を向ける。
なぜか彼女は空中に氷の玉座を顕現させていた。
――彼が関わらないところでは、最初に会った時のような女王気質のままなのだろうか。
とはいえ、こちらに飛んできそうな攻撃もすべて弾いてくれているので文句はないのだけれど。
「ん……安定してる」
雪子が景一郎の隣に歩み寄り、現状をそう評した。
彼女の目から見ても、レイドチームに危うさはないようだ。
「この様子であれば、私たちは力を温存してよさそうですね」
「そうですね」
菊理の言葉に紅が同意する。
理想は、【聖剣】の3人に一切の体力・魔力を使わせないこと。
この調子なら、それも叶うことだろう。
「………………」
だが、景一郎の気分はよくない。
心の中で、ずっと引っかかっているのだ。
(――このダンジョンのモンスター)
ここから、オリジンゲートにいるモンスターを観察する。
――ダンジョンに現れるモンスターは、必ず特定のテーマに沿っている。
ゴブリン。
ステルスウルフ。
デスマンティス。
フォグトレント。
マリオネットアリス。
風神・雷神。
これらのモンスターに共通することは何だろうか。
景一郎は考える。
そして、思い当たるのは1つだけ。
(――全部、俺が最近出会ったモンスターだ)
景一郎がユニークスキルに目覚めてから、戦ったモンスター。
ここにいるモンスターの共通点と言えばそれくらいしか思いつかない。
(もしも――このダンジョンのテーマがもしも『俺が出会ったモンスター』だったとしたら)
荒唐無稽な想像だ。
ダンジョンが、たった1人に合わせて姿を変えるわけがない。
そう思っているのに、気味の悪さが拭えない。
「このダンジョンのボスは……あいつなのか?」
景一郎の脳裏に浮かぶのは――巨人。
彼が【聖剣】を抜けることとなったあの日。
オリジンゲートの中から伸びてきた巨人の腕。
あれが――あの腕の向こう側にいた存在がボスなのだろうか。
「うぉ!?」「なんだ!?」
「……? 戦況が動き始めた……?」
彼が思案していると、戦場から声が上がった。
その声は動揺している。
「おい! あっちにやたら強い奴がいるぞ!」「こっちは大丈夫だから、あっちに救援回せ!」
景一郎が視線を落とすと、安定していたはずの戦場が混乱している。
それも、たった1体のモンスターによって。
黒衣を纏う男。
人間と変わらない大きさのモンスターが次々に冒険者を斬り捨てている。
冒険者たちも連携して攻めているが、モンスターは身軽にすべての攻撃を躱してゆく。
「……!? あいつは……!」
景一郎は驚愕の声を漏らした。
顔は黒いフードに隠れている。
だが、確認するまでもなかった。
アナザー。
景一郎が作り出したダンジョンにいた、彼と瓜二つのモンスターだ。
「やべぇ! 抑え損ねた!」「そっち行くぞ!」
アナザーが冒険者を置き去りにして跳び上がる。
おそらく矢印を使ったのだろう。
彼が跳んだ方向は、ちょうど景一郎のいる場所だ。
――どうやらアナザーは、彼との戦いを所望らしい。
「…………!」
景一郎はその場から動かず、宵闇の太刀を振るった。
金属音。
――黒刀と黒刀がぶつかった。
2人は鍔迫り合いをしたまま対峙する。
「――なあ、随分と格好良い武器持ってるな? 新調したのか?」
景一郎はアナザーに問う。
アナザーが握っている武器。
それは間違いなく宵闇の太刀であった。
前回会ったとき、彼が持っていたのは短剣――宵闇の双剣だった。
なのに今のアナザーが持っているのは宵闇の太刀。
武器が変わっている。
――景一郎に合わせたように。
「だんまりか……。まあいいか」
景一郎が1歩踏み込むと、アナザーが跳んで下がる。
1度距離を置いた2人。
だが、互いに相手を敵と認識している。
両者は揺らぐことなく睨み合っている。
ゆえに景一郎は黒刀の切っ先をアナザーへと向ける。
「お前の相手は俺だ」
彼を討つのは――景一郎の仕事だ。
もしもダンジョンに現れるモンスターが『景一郎と出会ったモンスター』であるのなら、そのボスもまた彼と会ったことのある存在となります。