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1章  9話 ゴブリンジェネラル

 その肉体は、通常のゴブリンよりも暗い色合いの緑。

 骨ばった体つきのゴブリンと違い、ゴブリンジェネラルの体は筋肉に覆われている。

 体格で言えばゴブリンよりもオーガに近いかもしれない。


「――――――」


 景一郎は静かにボスと対峙する。


 ゴブリンジェネラルはCランクのボスモンスターだ。

 格だけならオーガに劣る。

 しかし景一郎に油断はなかった。


「ググ……」


 ゴブリンジェネラルが腰を上げる。

 その体長は10メートル弱。


 ボス部屋は巨大な広間だった。

 ゴブリンジェネラルが座っていたのは岩の台座。

 彼の周囲には鍾乳洞のように石柱がいくつも伸びている。


 ――ボス部屋は文字通り、ボスのための部屋だ。


 炎を操るモンスターには火口のような部屋を。

 飛行するモンスターには足場の少ない部屋を。


 ボスが優位に戦いを進められるように部屋はセッティングされている。

 ダンジョン外のC+ランク。

 ボス部屋のCランク。


 どちらが強敵かといわれたのなら、間違いなく後者だ。


 ボス部屋の恩恵を受けたモンスターは、等級以上の実力を発揮する。


「グ、ォォォォオッ!」


 ゴブリンジェネラルが咆哮した。

 そのままゴブリンジェネラルは石柱に手を伸ばし――へし折った。

 そして彼は身を逸らし、石柱を肩で構えた。


「……そういうことか」


 景一郎はこの部屋の意図を理解した。


 同時に、ゴブリンジェネラルは石柱を投擲した。

 石柱は槍投げのようにまっすぐ景一郎を目指す。


「っと……」


 景一郎はサイドステップで石柱を躱す。

 正確に敵を狙えるくらいにはコントロールが良いらしい。

 景一郎は着弾の衝撃で砕けた石柱を見ながらそう思う。


「もう一発か」


 景一郎が距離を詰めるよりも早く、今度は2本の石柱が飛来してくる。

 ――投擲物によって距離を保って戦うつもりのようだ。


(焦ることはない。どうせ、2本とも当たるなんてことはあり得ない)


 景一郎より大きな石柱なのだ。

 両方がヒットするなど物理的にあり得ない。


(なら、俺に当たるであろう1本にだけ集中すればいい)


 景一郎は自分を射抜く弾道にある石柱だけへと意識を向ける。

 自分に当たらない攻撃など気にする必要もない。


「トラップ・セット――【矢印】」

 

 景一郎の掌に矢印が出現する。

 そのことを確認すると、彼は石柱へと向かって駆け出した。


「っ……」


 景一郎は石柱をギリギリで躱す。

 手を伸ばせば当たってしまうほど余裕のない回避。

 だから彼は――矢印が貼り付いた手で石柱に触れた。


 矢印の強制移動が発動する。

 石柱は重力も慣性の法則も無視し、進行方向が180度変わる。


「ガッ!?」


 軌道を変えた石柱がゴブリンジェネラルの顔面に炸裂する。

 とはいえ、当たったのは尖った先端部ではなく、へし折った平面部だ。

 だからこそゴブリンジェネラルはよろめいたものの倒れはしない。


「悪いけど。頭の出来でゴブリンに負けたくはないな」


 間合いの外から投擲によってダメージを稼ぐ。

 景一郎はそんな安易を許さない。

 むしろ石柱を利用してゴブリンジェネラルを攻撃する。


 それに対するゴブリンジェネラルの応答は――


「グ、ォォォッ!」


 ――ゴブリンジェネラルは、掲げていた石柱を握り潰した。


「なるほど。その悪賢さは、さすがゴブリンの進化種ってとこか」


 景一郎は敵の意図を一瞬で看破した。


 ゴブリンジェネラルが取った投擲戦術の弱点は2つ。

 1つは、景一郎に当たらないこと。

 2つ目は、景一郎の【矢印】で反射されてしまうこと。


 しかし、石柱を握り潰し、大量の小石に変えたことで事情が変わる。


 細かな岩は散弾のように広がり、敵に回避を許さない。

 たとえ【矢印】で反射したとしても、砕けた小石程度ではゴブリンジェネラルにダメージが通らない。


 投擲物が細かくなることによる威力の減少さえもメリットに変える妙手。


 ゴブリン種らしい狡猾さだ。


「これは躱せないな」


 ゴブリンジェネラルが腕を振るうと、岩の破片が雨のように景一郎を襲う。

 前後左右。

 どこに逃げようとも、着弾エリアから外れることはできない。


 なら、どうするべきか――


「トラップ・セット――【デュエット】」


 景一郎は近くの地面に突き刺さっていた石柱の残骸に触れる。

 石柱に貼られた矢印が示す方向は――上。


「こんなもんだな――」


 雨を躱すにはどうすればいい。

 簡単だ。

 雨雲よりも上に行けばいい。


 景一郎は投擲物が描く放物線よりもさらに上へと飛び上がった。

 重ね掛けした矢印の威力はすさまじく、彼の体は一気に天井へと着地した。

 景一郎は双剣を天井に突き立て、その場で体を固定する。


「それじゃあ返すよ」


 景一郎は笑う。

 そして、左手を短剣から離す。


「トラップ・セット――【矢印】+【斬】」


 左掌には【矢印】、彼のすぐ前方には【斬】の陣。

 景一郎が左手を【斬】のトラップに押し付けたのなら、2つのトラップは融合し、さらに強力なものへと変化する。


 吹き荒れる斬撃の嵐。

 それら――天井から伸びていた岩の突起を刈り取った。

 切り落とされた岩の棘は――ゴブリンジェネラルに降り注ぐ。


「グ、ォ……!?」


 ゴブリンジェネラルは腕で顔を守る。

 だがその大きな背中には大量の瓦礫が落ちてきていた。

 たまらずゴブリンジェネラルは頭を下げた。


 その姿はまるで断頭台で処刑を待つ罪人だ。


「――――トラップ・セット」


「――――【カルテット】」


 景一郎はあえて残しておいた天井の突起の1つに矢印を貼り付けた。

 姿勢制御をする必要はない。

 ゆえに重ねた矢印の数は大判振る舞いの4つ。


「終わりだ」


 景一郎は矢印に乗って、地面へと射出される。

 彼の体は急加速し、黒い雷撃のように地面を目指す。


 景一郎はゴブリンジェネラルの首元を掠めるようにして着地する。


「ギ……ガ?」


 ゴブリンジェネラルが怪訝そうな声を上げる。

 彼は気づいていない。

 景一郎が通り過ぎたとき、首を斬り落とされたことに。


 数秒後、思い出したようにゴブリンジェネラルの首がズレた。

 落ちてゆく頭部。

 しかしそれが地面に到達するよりも早く、ゴブリンジェネラルは消滅した。



「79レベルか」


 景一郎は冒険者カードを見下ろして呟く。

 昨日、【聖剣】を除籍された時点でレベルは75だった。


 魔都外縁の森で1レベル。

 オーガとの戦いで1レベル。

 そして今回のダンジョンで2レベル。


 たった数日で景一郎のレベルは4も上昇していた。

 これまでの経験からはあり得ない事態だ。


「少しずつだけど、俺は強くなっている」


 景一郎は拳を握った。

 自然と笑みが浮かんでくる。

 目に見えて、自分が強くなってゆくのが分かる。

 

 それは懐かしくて、待ちわびていた感覚だ。


「これがドロップか」


 景一郎はしゃがみこみ、光るものを拾い上げた。

 それは指輪だった。

 赤い宝石があしらわれた、シンプルなリングだ。


 ――ダンジョンにおいて死亡したモンスターは霧のように消滅する。

 そして、死体があったはずの場所にアイテムが残っていることがある。

 それを冒険者たちはドロップ品と呼ぶ。

 冒険者たちの主な収入源だ。


「なんか見覚えがあるな……。火属性の攻撃を強化するんだったか……?」


 景一郎もかつては最前線にいた身だ。

 アイテムも相応の品を見てきた。

 その中に、こんな指輪の装備品があった気がする。


 相場としては10万と少し。

 それなりの効果を持つが、一級品と呼ぶようなものではない。

 中の中~上くらいのランクの装備品だ。


「【炎】のトラップがあるわけだし、無駄にはならないだろうけど――」


 景一郎は少し考える。

 2級品。

 金銭的価値というよりも、思い出としての価値が高い品。

 ならば――


「せっかくだし、冷泉にプレゼントでもするか」


 このダンジョンに潜れたのは冷泉明乃のおかげだ。

 彼女は約束通り、景一郎の成長を助けてくれている。

 出征払い、とはいったが少しくらい恩を返してもバチは当たらないだろう。


「――帰るか」

 

 こうして景一郎のダンジョン攻略は成功に終わった。


 次回、2人目のヒロイン(?)が登場します。



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