1章 プロローグ 面影は影もなく
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人生はゲームだ。
それもクソゲー。
半世紀以上前から、そんなことを言う人間は一定数いたという。
きっと彼らが今の世界を見たのなら、やはりこう言うのだろう。
――ゲームじみている、と。
レベル。
職業。
ゲームでよく聞くこの単語は、今や誰もが知る言葉となった。
半世紀前。
その頃、特殊な能力を持った人間が生まれ始めたのだ。
彼らは生まれながらに『職業』を持ち『レベル』の上昇と連動して強くなる。
そして同時期。
世界各地に『ダンジョン』が現れ始めた。
中にあるのは軍隊をも蹂躙する『モンスター』に、人智を超えた『アイテム』。
モンスターを狩れば経験値が。
アイテムを手にすれば多くの富が。
そうなれば彼らがダンジョンに挑むことも、『冒険者』などとRPGじみた呼ばれ方をするようになったのも必然のことだったのだろう。
まるでゲームに浸食されたような現代。
一般人か冒険者か。
底辺か天才か。
生まれた時から存在していた差は、これまでの歴史の中でも類を見ないほどに大きなものとなった。
どうやら神様は、世界のバランス調整を投げ捨てたらしい。
だから今度は自分の言葉で、感情的に言おう。
――人生はクソゲーだ。
☆
「だから貴方には……今日でパーティを抜けてもらうことにしました」
それは解雇通告だった。
突然の宣告に、黒髪の青年――影浦景一郎は言葉を発することができなかった。
彼が所属しているパーティは【聖剣】。
同じ場所に住んでいて、同じ小学校に通っていた。
そんな他愛もない理由で結成されたパーティ。
仲良しグループと言い換えてもいい。
チームバランスも考えていない、本来なら大成するはずもないパーティだった。
しかし運命の悪戯か。
集った友人たちは、全員がその道で頂点に立てるほどの天才だったのだ。
――たった一人、影浦景一郎を除いて。
絶対的な才能を持った仲間たちは快進撃を続け、今では日本最強のパーティと呼ばれるまでになった。
世間ではすでに【聖剣】はこう呼ばれている。
――【勇者パーティ】と。
「……聞いているの?」
女性が景一郎の顔を覗き込んできた。
はらりと金糸のような髪が流れる。
傷一つない白い肌。
腰は細くくびれているというのに、女性的な起伏が美しい曲線を描き出している。
表情は淡白で、少しアンニュイな印象のある女性。
彼女の名前は鋼紅。
景一郎の幼馴染であり――【聖剣】のリーダーだ。
そして紅は職業【ヴァルキリー】を持って生まれた、国内最強最速のアタッカー。
そんな彼女の部屋に呼ばれたのが数分前のこと。
特に警戒も、心の準備もなく訪れた矢先に突き付けられたのが先程のセリフというわけだ。
「あ、ああ……。ちゃんと聞いていたよ」
そう言って、彼は少しだけ俯いた。
紅と目を合わせることもできない。
――本来、パーティを除籍されることは最大の不名誉とされる。
それはその人物に大きな問題があることの証明となり、今後は他のパーティに所属することさえ困難となる。
ゆえに普通は、自主脱退を勧めることが多い。
そんな慣例を無視した強制追放。
だが、景一郎の中には不満も怒りもなかった。
むしろ――申し訳なかった。
「そうか……」
「貴方はもう、私たちの戦いについていけない。だから――」
紅はそう宣言する。
追放の理由――それは戦力差。
天才であり、他の追従を許さない実力を持つ紅たち。
対して、人並みの才能さえない景一郎。
その実力差は歴然で、言われるまでもなく彼の存在は足手まといだった。
紅が一太刀で倒すモンスター。
景一郎は、そんなモンスターの攻撃が掠っただけで命を落とす。
その程度の実力で、彼女たちと同じダンジョンに潜るというのがおかしな話だったのだ。
紅のレベルは254。
最高難度のダンジョンで戦う冒険者でさえ平均150レベルとされている中で、彼女がどれほど圧倒的な力を持っているのが分かる数字だ。
一方で、景一郎のレベルは75。
同じパーティにいながらここまでレベル差があるのには理由があった。
――職業だ。
景一郎が持って生まれた職業は【罠士】。
曰く――最弱。
モンスターを倒して得られる経験値は、モンスターに与えたダメージの割合で決まる。
そして【罠士】はトラップを仕掛けて待つことしかできない。
ゆえにダメージを稼げず、分配される経験値が少ない。
経験値が少なければレベルが上がらず、火力が不足する。
火力が不足すればダメージを稼げず、もらえる経験値が減る。
そんな負のスパイラルによってレベル差が広がってゆくのだ。
能動的な攻撃手段を持たない、最弱の職業。
それが【罠士】だった。
「ごめんな……」
景一郎は声を絞り出す。
「本当は、俺から言わないといけなかったんだよな」
身の丈に合わないパーティで、身の丈に合わない難度のダンジョンに潜る。
それがどれほど危険なことか。
国内トップの実力を持つ仲間。
一方で、平均の実力さえない自分。
ここ最近のダンジョン探索はほとんど自殺に等しいものだった。
それでも、生存できた理由が実力であるのならまだ良い。
景一郎は、友人に守られていたから生き延びてこられたのだ。
仲間たちにレベリングを手伝ってもらったこともあった。
それでも開いてゆく実力。
それを理解してなお、景一郎は【聖剣】であり続けた。
――ただ、友達に置いて行かれるのが怖かったのだ。
そんなワガママも、もう通らない。
彼のワガママの皺寄せを食うのは、彼の仲間なのだ。
だから、本当は彼自身が言うべきだったのだ。
――もうついていけない。
――自分の冒険は、ここまでだ。
そう言うべきだったのだ。
それさえ言えなかったから、今があるのだ。
友人に、残酷な宣言をさせてしまうという今が。
――強制追放は好まれない。
それはパーティにとっても外聞が悪いからだ。
強制的ということもあり、追放する側にとってもリスクのある行動なのだ。
それでも紅は強制追放を選んだ。
そうしなければ、景一郎は諦めきれないと判断したから。
遠くない未来、その無謀さゆえに彼が命を落とすと判断したから。
「――もう手続きは済ませてある」
背を向ける紅。
除籍処分はパーティのリーダーの許可があれば、本人の了承は必要ない。
つまり、すでに景一郎は【聖剣】ではないということだ。
「パーティの共有財産から、4分の1は景一郎の口座に入れておくから」
「――いや、いらない」
景一郎は首を横に振った。
「全部、みんなで使ってくれ。紅たちに見合う装備となったら、かなりの額が必要だろ」
4分の1でも【聖剣】の財産なら数億円は下らない。
一般人となる彼には大きすぎる。
そんなものを受け取るほど恥知らずにはなれない。
「さようなら。景一郎」
「さよなら紅。――楽しかったよ」
2人は短く言葉を交わした。
その言葉を最後に、景一郎は部屋を出た。
閉じる扉。
だが彼はその場から歩き出せなかった。
拳を震わせ、立ち尽くすことしかできなかった。
(分かってたことだろ)
いつか来ると分かっていた終わり。
(才能が違うんだ)
スタートラインの時点で、景一郎ははるか後方にいた。
背中に手を伸ばすことさえ許されない距離にいた。
(だけど――もっとあいつらと一緒に冒険したかった……!)
こうして影浦景一郎は【聖剣】から除籍された。
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