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透明人間  作者: 天野美伽
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2 ゲオルギーさん

 



 きっかけは、大学講師をしている友人が『ロシア科学アカデミーから、面白い人が公演に来た』と話しだしたことだった。僕なんかはロシア科学アカデミーなぞ知らなかったが、なんでもロシアの最高峰の国立アカデミーらしい。何が面白いのか聞くと、所属はロシア科学アカデミーのロシア文学研究所なのだが、幼少の頃から透明人間に憧れ、プライベートで透明人間研究家としても活動していると講演会で話したそうだ。多くはジョークだと受け取ったらしく会場は和やかな雰囲気になったが、講演会が終了後、直接「透明人間研究家として活動しているのは本当か」と尋ねたところ、ジョークなどではなく本当であることを確認したのだと言う。



「ロシア語が出来たのか?」


 僕がそう尋ねると、友人はそんな相槌で話の腰を折るなといわんばかりの顔をしてみせた。


「教授は親日家で、奥さんが日本人なんだ。君なんかより流暢な日本語を話すさ」

「ジョークを本気に受け取った日本人に、夢を見せただけなんじゃないか。日本に忍者がいると信じる外国人に、忍者がいると裏付ける振る舞いをするように」



 オカルトは好きだが、フィクションばかりの世界だ。真実だと熱弁を振るう人の顔を何人も見てきたが、あまり憧れるものではない。

 友人はムキになって否定した。


「教授は真面目な方で、本気で質問した僕をからかうことはないよ」


 友人はおもむろに携帯を取り出す。



「じゃあ、会ってみると良い。雑誌のネタにもなるだろう」

「何が、じゃあ、なんだよ」



 そうツッコミを入れるが、友人は真面目な顔で携帯のロックを外すと電話画面を開いた。「今からアポを取ろう。君が雑誌のライターをやっていることも話しているからね」と、強引に話を進められる。

 なんだか、用意周到である。しかも、友人は人が暇だと決め込んでいるようだ。



「どうせ僕は売れない暇なライターですよ」



 友人はにやりと笑って僕の言葉を承諾と受け取り、同行して良いかと聞いてきた。それこそが友人の狙いだったと分かり、少し悔しくなる。

 友人は得意げに電話をかけ始めた。すぐに繋がり、笑顔で話す。ちょっと待って下さい、と、こちらへ顔を向け来週の月曜16時は空いているかと聞いてきた。

 頭の中のスケジュールを確認する。それほど忙しいわけではないので、ほとんどの日が空いているようなものだった。空いてると返すと、すぐに電話へ戻り話を終えた。

 インタビュー記事のタイトルは『透明人間を目指して』かと、ぼんやり考えていた。





 カフェというより喫茶店というような店で待ち合わせをした。


 店内には、僕と友人以外居ない。

 BGM代わりなのか、店の奥から微かにラジオのような音が聞こえてくる。店が狭いのでソファ席はなく、全体的に暗めの木製でまとめられている。

 おばあさんが一人で店をやっているらしく、メニューを持ってきた。ブラックコーヒー、カフェラテ、紅茶、アイスクリーム、チーズケーキ、チョコレートケーキ……特に珈琲にこだわりのある老舗というわけではないらしい。これといったものはなく、友人と2人してアイスのブラックコーヒーを頼んだ。


 5分ほどすると、金髪で濃いグレーのスーツ姿の外国人が店内へ入ってきてドアのベルがカランカランと音を立てた。身長が190センチはあるのだろうか。髪の毛はほとんどが白髪になっており、顎に蓄えたひげも白かった。




「お忙しいところ、ありがとうございます。徹、ゲオルギー・ルキーチさんだ」


 友人がそう紹介した。


「初めまして、雑誌のライターをしている岡徹です」



 軽く頭を下げると、よろしくお願いしますと言われ手を差し出された。その手を握り握手をする。外国人と話す機会があまりないため、これが噂の握手! と心の中で興奮を抑えきれない。


 ゲオルギーさんはホットコーヒーを注文する。


「友人から話を聞いて興味を持ちました。えーっと、ゲオルギーさんと呼んでも良いですか?」


「はい、良いですよ」


「ゲオルギーさんの……まずは、お仕事、研究の話からお聞きしたいです」


「ロシア文学研究所の研究員として、論文を書いたり公演をしています。研究所は、サンクトペテルブルクのプーシキンハウスというところです」


 友人の言う通り、僕より流暢な日本語だった。普段はロシアにいるので、日本で公演会や講義をする際は、奥さんとの観光を兼ねているという話をされた。

 ひと通り経歴や最近の日本での過ごし方を聞き、束の間の沈黙が訪れた。



「貴方は、透明人間になりたいですか?」



 唐突にそう尋ねられる。ゲオルギーさんの目は茶色だが、窓から射し込んだ日光により緑色に輝いていた。茶色なのに緑がかっているというのは、どういう色なんだろうか。


「興味はありますね。ゲオルギーさんは透明人間の研究をしていらっしゃるそうですが、何故透明人間なんですか?」


 不思議な色の瞳を覗き込み、尋ねる。ゲオルギーさんは真顔を崩さない。


「幼い頃から透明人間に魅力を感じていたからです。ただのロマンチストですよ。言葉では言い表せない」


「研究とは、どういったことを……」



 ゲオルギーさんはコーヒーを少しだけ飲む。



「小説や映画と、現実は違いますよ」


 緑色の眼で、僕を見透かすかのように見つめる。


「薬物なんか専門外ですからね。量子力学や光学なんかも私には全く分かりません。まあ、今や透明マントや透明シートなどが開発されて透明に見せることはそう難しくないようですが……。私が使うのは、ココです」


 ゲオルギーさんは自分の頭を指差す。


「自分の脳だけを使います。物質は必要ない。そして完全な透明人間になる」


 ゲオルギーさんは、口を潤すかのようにコーヒーを口に含む。


「今回日本にも協力者がいるので、会ってみると良いと思います。私はまだ1週間ほど忙しくしていますので」


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