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5.5,こんなの、あたしじゃない。

ここだけさくら視点です

 ホテルでもう1泊してから帰るスケジュールで、ほんっとよかったなあ。だって疲れたもん! がんばったあとの乙女はゆっくりしたいのです。

 シャワー浴びて、髪も乾かして。あとはのんびりタイムだ! 椅子に身体を預ける瞬間が、とっても気持ちいい。ビジネスホテルも非日常で。家のいすとはやっぱり座り心地が違うなー。背もたれも置いてあるクッションもふかふかだ。

 ベッドそばのランプだけ点けてるから、いい感じに暗くて雰囲気もおっけー。牧ちゃんが上がってくるまでのんびりしてよーっと。

 ふだんは行水気味らしいけど、今日はゆっくり浸かりたい気分なんだって。そうだよね。きっといろんな気持ちになってるもんね。整理して、感慨に浸る時間は必要です。


 牧ちゃん、本当によかったなあ。自分のことみたいにうれしい。いや、それ以上かも? なんて言ったら怒られるか。

 でもねー、あの走り見たらにまにましちゃうよ。必死すぎて折れるんじゃないかって思うくらい鬼気迫っていたあの子が。わたししか見ていなそうだったあの子が。あんな気持ちよく走っていて、楽しそうな顔までしていたら。悔しいと同じだけ、うれしくもなるよ。

『陸上は好き?』とか、疑うようなこと聞いちゃって。よかったのかなって、ずっと気にしてたけど。少しでもきっかけになってたならいいなあ。まあ、『あたしがいるから変わった』だったら、それはそれで、不安にはなっちゃうかなあ。ごめんね。

 牧ちゃんには負けたけど、わたしも去年より順位上げられたし。1500以外に3000でもIH決勝出て、入賞できたし。成果上々って感じ!

 これで、一区切りできるなあ。高校陸上はまだ終わらないけど。


 ちゃんと本心のはずなのに――胸が痛い。あたし、なんで悲しいの。


 おかしい。意味わかんない。こんなの、あたしじゃない。

 いつでも笑顔がトレードマークのさくらさんが、落ち込むなんてこと、ありえない!

 のどの奥がせりあがるみたいに苦しい。背中に手を回して、青いクッションを取り出した。ぎゅっと抱きしめる。とりあえず落ち着こう。

 クッション越しに心臓のどくどくを感じる。少しずつ、少しずつ、ゆっくりになってく。ぎりぎりで涙をこらえた。

 なんで、こんな。自分自身に問いかける。すぐには出てこない。ほんのり明るい空間で、しばらくじっとしていて。


「……くやしい」


 そのうち、するっとひとり言が出ていた。ああ、そうだったんだ。自分でも驚くくらい納得がいって。

 あたしは、牧ちゃんに負けるなんて、少しも思ってなかったんだな。今までも、これからも。友達でライバルだって、ずっと思ってきたつもりだったけど。実際これまでは勝ってきてたから――いつのまにか油断して、思いあがってたのかもなあ。優越感、感じてたのかもなあ。

 うれしいも悔しいも本心で、それ自体はたぶんいいこと。でも、負けて驚くのは、だよねえ。牧ちゃんに失礼だ。

 あの子はいつも正面からぶつかってくる。尊敬も、ライバル心も、隠さずにぶつけてくる。素直だけど素直じゃない、そんなところが、実は好きだったりする。かわいいなって。

 あたしはたぶん、それを受け止めてただけ。彼女の思いに応えて返そうなんてこと、してこなかった。

 ひたむきにがんばるあの子を見て、すごいなって思ってただけ。火が着いたりしていなかった。

 ――その結果が、今日だ。


 場に合わせるのは得意なほうだと思うけど、きっとそれだけじゃいけなくて。笑顔だけじゃ乗り切れないこともあって。

 言いたいこととか気になることがあったら臆さず言うって、自分に誓ったのに。

 もっと本音で話せばよかった。今からじゃ、遅いかな。


 わかんない。後悔がぐっと強くなる。感情に任せて、クッションをもっと強く抱きしめた。やわらかいもので受け止めてほしかった。

 牧ちゃん、まだ帰ってこないでね。


 来年からは新しい道に進むつもりだけど。

 今のままじゃ――ちょっと、終われないかもなあ。

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