ダリアとダミア
「全く、何処かでネズミでも追っかけてるんじゃないかと思って来ちまったじゃないか……」
目の前の女性が髪をかきあげながら言う。
鮮やかなオレンジ色の癖髪、すっと通った鼻筋。線が細く、黒の細身のワンピースが彼女の豊満なボディラインを更に際立たせている。
黒の三角帽に、長い大杖。黒いローブを肩に引っ掛けたその姿は正しく、
「魔女……」
物語に出てくる若く美しい魔女そのものだった。
青い瞳が志朗を捉える。
「あぁ、アンタが妹の言ってた弟子だね?」
女性が志朗を見て言った。
「あの、すいません。俺本当は――『オトモ。実はアタシは、弟子と一緒に来たんだけどね。鈍臭いから置いてきちまってねぇ、迎えに行ってくれないかい?』」
オトモは、不服そうな顔をした。
「私は貴方様の妹の【ダミア様】の使い魔であって、貴方様の使い魔ではございません」
「ダミアが居ない今は、アタシがアンタの主代理だよ。
分かったらさっさと行きな!」
「……全く、主様といい、姉君様といい、姉妹揃って使い魔使いが荒いですね」
オトモは、ぶつくさと文句を言いながら大杖で地面を突き、空に飛んでいった。
路地には、志朗と女性だけが残された。
「……さて、お邪魔虫は行ったね」
女性は言った。
「アタシはダリア。アンタ、名前は?」
「志朗です。花前志朗……」
「……シロウ」
ダリアが何か言いたげに繰り返した。
しかし、すぐに先程の調子に戻って、
「……アンタが妹、ダミアの弟子じゃない事は知ってる」
志朗は、驚きの表情でダリアを見上げる。
「今ちょいとばかし面倒な事が起きててねぇ。
どうにかしようと思ったが、どうにも手が回らない。弟子の手も猫の手も、子供の手も借りたいくらいだったのさ」
ダリアは、志朗に人差し指を突きつける。
「それで、妹と話し合って別の所から使えそうなのをここへ連れて来る事にしたのさ。
『手を貸して』くれるんだろう?」
志朗はハッとした。老婆に出会った時に、老婆が言っていた言葉。
――『少し手を貸してくれないかい?』
「…………。」
「心当たりがあるだろう?」
ダリアは、ニヤリと口角を上げる。
「でも、それは……!」
靴紐を結んでいた老婆…ダミアを立たせる為に手を貸したのだ。と志朗は言った。しかし、ダリアは「それがどうした」とでも言わんばかりの表情だ。
「運が悪かったね。文句ならダミアに言っておくれ」
鼻を鳴らして腕を組んだダリア。
いよいよ悪い夢だと……悪い夢であって欲しいと、志朗は思った。
志朗はここに来てからずっと、これは現実かもしれないという思いと、きっと夢だろうという思いが半々だった。
夢とは思えない程リアルではあるが、こんな事が現実に起こりうるはずがない。
きっと志朗自身が忘れているだけで、老婆を無事に道案内し終え、家で休んでいるに違いないと。
或いは、老婆の存在自体も志朗の見ている夢の一部ではないかと。
そして、いくら現実の様に見えても夢であればそのうち目が覚めると、志朗は何処かで楽観視していたのだ。
「悪いが、これは夢じゃないよ。
信じたくないかも知れないけどね」
ダリアは、静かに志朗に告げる。
「……俺は、どうしたら家に帰れますか?」
「簡単さ。ダミアの弟子として王に謁見し、手を貸してやればいい。
面倒事の片が着けば、すぐにでも元の場所へ返してやるさ」
ダリアはそう言うが、裏を返せばその面倒事とやらが解決するまで家に帰ることは絶望的だと言うことだ。
志朗は、眉根を寄せる。
――これじゃあ、まるで騙し討ちじゃないか、理不尽にも程がある。
だが、国王に会い、問題を解決するすればすぐにでも返すとダリアは言った。その言葉を信じていいのか微妙だが、今家に帰る為には彼女の言う通りにするしかない。
「……問題が解決したら、返してくれるんですね」
「あぁ、勿論」
志朗の目を見つめながら、魔法使いダリアは言った。