出立の朝
某所
薄暗い廊下に、志朗は立っていた。
高級そうな絨毯が敷かれていた城の廊下とは違い、絨毯も何も敷かれていない木造の廊下だった。
周囲には木を掘って作った装飾や木の手すりがあり、壁の窪みに置かれたロウソクの灯りが時折揺れる。窓はなく、外の様子は伺えない。
――ここ……何処だろう?
志朗は、確かに与えられた客室のベッドで眠った筈なのだ。
しかし、今志朗は城とはまるで違う場所で1人立っている。周囲に人の気配は無く、魔法で辺りを探ってみてもなんの反応も無い。
――夢……?
等間隔に扉が並んでいるが、どれも開けることは出来なかった。
扉があるだけで曲がり角の様なものも無く、ただ廊下がどこまでも真っ直ぐに伸びていた。
頬を撫でる風が、どこか生暖かく感じる。
――……映画で出てくる館みたいだ……。
その時、遠目に茶色い壁が見えた。
どうやら廊下の突き当たりまで来たらしい。茶色い壁に見えたのは、大きな両開きの扉だった。
志朗は、ドアノブに手を掛ける。これまでの扉と違い、この扉は開く様だ。
その時、不意に扉の向こうから物音が聞こえた。
何かが軋んでいるような、揺れている様な音。
ドアノブを握る手に力がこもる。
ゆっくりドアノブを回し、恐る恐る扉を開ける。
扉の向こうにあったのは、1m先も見えないほどの濃い霧だった。
不明瞭な視界。ヒヤリとした空気……。
入口で立ち止まったままの志朗の耳に、誰かの声が届く。
それは、女性の歌声だった。
夜明け前
――あの夢はなんだったんだろう?
寝起きの頭で志朗は考える。
先程見た夢の内容が、頭から離れないのだ。
あの場所はどこだったのか、霧の向こうにいた人影は誰だったのか……。
なんともモヤモヤした気分が晴れないまま朝食をとり、ロビーに来た志朗。丁度アルメルシアと、昨夜会った給仕、エミリーも到着したようだ。
アルメルシアは、落ち着いた色合いのワンピースに身を包み、フード付きのケープを羽織っていた。
志朗は、城下で似たような服装で歩いている女性が多くいたのを思い出す。恐らく、この国の一般的な服装なのだろう。
エミリーも、昨夜の給仕服ではなくアルメルシア同様、落ち着いた色のロングワンピースを着ていた。
「おはよう。シロウ」
「おはようございます。ルシアさん」
昨夜と変わりなく穏やかに微笑むアルメルシア。そして、
「…………。」
志朗を鋭く睨みつけるエミリー。
「お、おはようございます。エミリーさん」
「…………おはようございます」
エミリーは、一言だけ返すとまた口を噤んでしまった。
「私のお付のエミリーです。
あまり人付き合いが得意な方ではないけれど、とても真面目で信頼出来る人よ」
アルメルシアはそう言うが、明らかにこちらに敵意を向けるエミリーに、志朗は大いに戸惑った。
なんと声を掛けたらいいか、そもそも声を掛けて良いものか……。
なんとも気まずい空気のまま国王に出立の報告をし、志朗達は城を出た。




