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夜闇と老婆


 時刻は20時。

 夏とはいえ、この時間になればさすがに日は落ち、住宅街は人の姿もまばらになっている。


 暗い夜道を、志朗(しろう)は特に急ぐでも無く考え事をしながらゆったりと歩いていた。


 考えていたのは、昼間の学校で貰った通知表。

 成績はお世辞にも優秀とは言えず、全体の真ん中程。



 ――もう卒業後の進路を決めろと言われてもな……。


 まだ高校に上がったばかりの志朗には、卒業した後の進路などまだまだ先の話の様に思えた。


 大学に進学するか就職するか……あるいは高専に進むか。


 今の所特に目指したいものがある訳でもなく、さりとて進学でも就職でも良いかと問われると首を傾げてしまう。


 志朗の父親は公務員だが、本人は公務員は止めておけと口を酸っぱくして言うし、母親は志朗の決めた進路ならと静観している。

 父方の祖父は手に職をつけるために高専に行った方がいいというし、父方の祖母はそこそこ名前の通った大学に通った方が後々有利だと言う。

 母方の祖父は、公務員が安泰だと言うし、母方の祖母は、進学よりも就職した方が断然いいと言う。


 誰の意見も尊重したいのは山々だが、こうまで噛み合わないとどうしたらいいか分からないというのが志朗の悩みだった。


 昼間に、優介から言われた言葉が脳裏によぎる。


 ――『志朗はどうしたいんだ?』



 ――俺、どうしたいんだろう?


 ――……どうするのが良いんだろう?



 漠然と考えながら前の方を見るともなしに見つめていると、志朗は少し先の交差点で立ち往生している老婆に気がついた。


 黒のワンピースに身を包み、一抱えもある大きな黒い風呂敷に包んだ荷物を背負って辺りを見回している。

 まばらにあった人影はいつの間にか無くなり、交差点付近には老婆と志朗しかいない。


 道に迷ったのだろうか?そう思い、志朗は老婆に近づいた。


「大丈夫ですか?」


 老婆がこちらを見る。


「あぁ、少し道に迷ってしまってね。

 この辺りに公園はあったかい?」


「歩いて5分程の所に古い小さな公園がありますよ」


「きっとそこだ。

 案内して貰っても良いかい?」


 老婆の言葉に、志朗は頷いた。


「荷物お持ちしましょうか?」


「あぁ、助かるよ」


 老婆は、背負っていた荷物を下ろす。

 地面に着いた時、傘位の大きさの棒の様なものが飛び出しているのが見えた。


 志朗は、自身の持っていたスクールバックをリュックの様に背負い、空いた手で地面に置かれた荷物を丁寧に持ち上げる。


 荷物は志朗が思っていたほど重くなかった。そのまま荷物を優しく小脇に抱えてから、志朗は老婆を連れて歩き出した。


「若いのに偉いねぇ」


「いえ……」


 老婆の言葉に曖昧な返事をした志朗。

 年配の人と話をする機会が乏しく、未だにどう返して良いか分かず戸惑ってしまう。


「夜遅くなって親御さんに心配されないかい?」


「親には連絡を入れてますから……」


「親御さんとは、仲が良いのかい?」


「えぇ、それなりに」


 志朗の表情が、緊張しつつも僅かに柔らかくなった。

 老婆は、「そうかそうか……」と呟く。その声は心なしか喜んでいるように見えた。


 その時、「おっと……!」という声と共に、老婆が軽くつんのめる。どうやら靴紐が緩んでしまったらしい。

 老婆の履いていた靴は、紐で縛るタイプのブーツだった。


 ――夏なのにブーツ?


 志朗は、ほんの僅かな違和感を覚える。


 老婆は、すぐに靴の紐を結び直す。


「ごめんねぇ、この歳になると靴の紐を結ぶのも一苦労さ……。

 申し訳無いんだけど、少し手を貸して(・・・・・)くれないかい?」


 老婆は、深い皺が多く刻まれた手を志朗の方に差し出す。

 志朗は、老婆が立ち上がるのを手伝う為に、そっとその手を取った。


 その時、


 急に全ての照明を落としたように辺りは真っ暗になり、


 同時に志朗の意識も暗転した。


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