花前 志朗
1話あたり1000文字前後で投稿していきたいと思います。
拙い部分も多々あると思いますが、宜しくお願い致します。
時間は少し遡る。
都内某高校
よく晴れた空にチャイムの音が鳴り響く。
教室には、鞄を手に席を立つ生徒達。
開いた窓からは、湿り気を含んだ暖かい風がカーテンを揺らしている。
友人と思い思いに雑談をしながら教室を出ていく彼等の歩みも、今日はいつもより心なしか軽く見える。
教室の前の黒板には『終業式』と書かれていた。
明日から夏休みとあって、皆何処へ遊びに行こうかと話し合う声がそこかしこから聞こえてくる。すぐに教室の人影はまばらになった。
そんな中、教室の後ろの方で糸のように細い目を更に細めながら、通知表を眺めている少年が一人。
少年の持つ通知表には、『花前 志朗』と書かれていた。
「志朗! ようやく夏休みだな!
帰ろうぜ……って、それ進路希望調査?」
少し経ってから、――恐らく別のクラスの生徒だろう。糸目の少年……もとい志朗に親しげに話しかけたのは、キャラメルの様な茶色の髪をした少年だった。
少年は志朗の前の席に腰掛け、机の上に広げられている書類を手に取る。
「うん。なんて書こうかと思って……。」
「あいかわらず真面目だな。
まだ夏休み始まったばかりだぞ? もう少し後でもいいんじゃね?」
「最初はそう思ったんだけど……これだけ夏休み最終日まで残りそうな気がして……。」
困ったように笑いながら言う志朗。
「お前高校決める時も散々悩んだもんな」
「優柔不断なのは、自分でもわかってるんだけどね……。」
「おやじさんとおふくろさんはなんて?」
「父さんは、公務員は止めとけって。母さんは、俺の決めた事ならって……。
親戚もみんな色々アドバイスくれるけど、正直どうしたらいいか分からなくて」
机に伏せながら志朗は言う。
「志朗は、自分がどうしたいとかあんの?」
「…………まだ」
「まずはそっからだよなぁ」
志朗はおもむろに顔を上げる。
キャラメル色の癖毛をかき混ぜている優介と目が合った。
「てか、今将来決めろって言われてもなぁ。
よく分かんねぇし、」
そう言った優介は、志朗の目の前で軽く手を振り、
「まぁ、あんまり考えすぎるなよ。
考えすぎて目開いてないぞ?」
いつものように志朗をからかった。
「考えすぎるのと目が細いのは関係ないと思う。これでもちゃんと開いてるよ。
優介こそ寝癖治ってないんじゃないか?」
いつものように志朗も笑いながら返す。
志朗の目は糸のように細く、一瞬見ただけでは寝ているか起きているか分からない程だ。
そんな志朗の糸目を優介がからかい、優介の癖毛を志朗がからかうのが、2人の日常になっていた。
初めて言われた時はあまりいい気分では無かった志朗だが、優介に悪意は無く、ちょっとした挨拶程度にやっているのだと気付いてからはそこまで気にすることも無くなった。
すぐに軽口に軽口で返せるようにまでなった。
「これは天パだし! 今日はちょっと湿気に負け気味なだけだし!!」
癖の強い茶髪を振り乱しながら優介が言った。
志朗は開いていた通知表を閉じ、鞄に仕舞って席を立つ。
彼の黒い髪を、夏風が優しく掬った。
「なぁ、これからゲーセン行かね?」
鞄を背負い直しながら言った優介に、志朗は頷いた。
「いいよ。駅前のゲーセンで良い?」
勿論とばかりに親指を立てる優介。
2人は足早に教室を出ていく。
「……ところで、さっきからずっと気になってたんだけど、髪染めた?」
優介は、気付いてくれるのを待っていたとばかりに満面の笑みを浮かべる。
「おう! 朝から生徒指導の先生にめっちゃ怒られた」
「せめて休みに入ってから染めれば良かったのに……」
「夏は待ってくれないからな」
「意味わかんない」
呆れ笑いを浮かべる志朗に優介は楽しそうに笑った。
廊下には2人の少年の楽しげな話し声が響き、後には誰も居ない教室だけがあった。