開幕
草木が鬱蒼と茂る森の中。
遥か上空には、鮮やかな緑の葉をつけた木々が枝葉を広げ、足元には自然に任せて伸びたであろう雑草達が密生している。
平時であれば、決して人が踏み入らない様な深い森の中だった。
そんな森の中に、佇む影が2つ。
一つは歳若い少年。
黒い詰襟の学生服に身を包み、スクールバッグを持った……およそ森に入るのに適した服装とは思えない格好の少年だった。
やや長めの前髪から覗く糸のように細い目は、一見表情が読めないように見える。
しかし、困った様に下がった眉や、落ち着きのない様子から少年は酷く困惑している事が見て取れた。
少年の視線は、もう一つの影の方へ向けられている。
それは、少年の膝位までの大きさの小柄な影だった。
しかし、黒いローブを身にまとい、二本足で立っていたその影は、およそ【人】と呼べるものではなかった。
全身を黒く短い毛が覆い、頭部に生えているのは一対の三角耳。
ふっくらとした口元とそこから生える長い髭。
目はアーモンドの様な形に開き、金色の虹彩と縦長の瞳孔を持った瞳は、理知的な輝きを放っている。
それは二本足で立つ黒猫だった。
黒猫も、同じ様に少年をじっと見つめている。
沈黙が一人と一匹を包む。
「…………えっと、人違い……ですよね?」
沈黙を破ったのは少年。その声は酷く動揺しており、自身の状況を飲み込めていない様だった。
黒猫は、首を横に振る。
「いいえ、人違いではございません!」
ハキハキとした子供の様な声が、黒猫から発せられる。そして、
「貴方様こそ、我が主……【東の魔法使いダミアのお弟子様】です!
首を長くしてお待ちしておりましたよ!【お弟子様】!!」
黒猫は、少年に向けてそう言ったのだった。