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【第二回】地の文コンテスト ~私の日常~

【私の日常】 嘘つき Suzuki

著者:N高等学校『文芸とライトノベル作家の会』所属 Suzuki

その人は、私が女王をやめたいっていうたびにそんなことを言っていた。


「お嬢様はこの国で一番偉い女王なのです。その自覚をもって生活していただかなくては、国民に示しがつきません」


 最初は、ちょっと憂鬱な気分になってふと思ってしまっただけだった。でも、それを目ざとく聞きつけた彼がそんなことを言って。いつも鉄面皮の彼がそんなことを言うのが面白くって、ついついまた言ってしまって、そのやり取りが毎日のくせになってしまっていた。

 窓の外はすっかり冬の様相を(てい)している。吐く息が白い季節になって、私はのんびりと窓の外を眺めながらちんまりと彼が控えているのを感じていた。


「ふん。私は女王になりたいと思ってなったわけじゃないわ。産まれた先がたまたまここだっただけ」


 つんと、口からこぼれた言葉。だけどそれを言葉にしてしまうと、言う必要のないことまであとからあとから出てしまって。日々溜まっていた鬱憤(うっぷん)(せき)を切って流れ出した。こんなこと、もう嫌だって。

 そしてそれを『女王』なんて言う立場に起因したものだと思い込んでしまいたくなってし まったのだ。


「私はもっと普通の生活をしたいの」

「お嬢様は国民にとっての光であり憧れなのです。憧れの女王であり続けるのも、お嬢様のお役目なのですよ」


 それがただの強がりだってのは私が一番よくわかっていた。彼がいなきゃ、私は何もできない。そのことを強く思い知らされたのだから。

 だけど、それでも思わないわけじゃないのだ。もし、普通の少女に生まれていたらと。もし、別の形で出会っていたならと。それが実現しないことでも、妄想はしていいのだから。なんて、


「私はそんなの望んでないわ。憧れの存在より、憧れの存在を追いたいの!」

「憧れている方がいらっしゃるのですか?」

「……居るわよ。そりゃ、生きていれば憧れの存在ができてもおかしくないでしょう?」

「そうですね。確かにその通りです。ではその人を追うのですか?」


 一言一句、いつもと(たが)わぬ台詞を(つぶや)く。そうすれば、彼も一言一句いつも通りの台詞を、いつも通りの抑揚のない声で返してくれた。そんなアルゴリズムに安心してしまう自分がいる。冷たい声だけど、それでも安心してしまう自分がいる。

 追えたらよかったんだけどね、なんてそんなことを思った。でも、私は徹頭徹尾女王だった。 結局オルペウスほどは私は情熱的になれなくて。

 だけど、『その人を追いたかった』なんて台詞は脚本から外れているのだ。


「そうよ、私はその人を追い続けるわ。逃げるのをやめようとしたら権力を使ってでも逃げてもらうんだから」


 とは言ったものの、本当はそばにいて欲しい、なんて思っていた私はズルいのだろうか。私から逃げてはいても、逃げすぎないで欲しい。そう思ったのは贅沢(ぜいたく)だったのだろうか。


「お嬢様が憧れる方はなにかから逃げているのですか?」


 ひょっとしたら、だから罰が当たったのだろうか。


「べ、別に逃げてる人じゃないわよ。ただ追いつけない存在でいてほしいだけ」

「そうなのですか。ただ、権力を使うのは女王としてふさわしくないかと。今の時間だってもっとお淑やかに、女性らしく振舞って頂かないと」


 だから神様は私の権力を使ってしても追いかけられないようにしてしまったのだろうか。

 そんなことを思ってしまう。ねえ、


「もう、またそうやって私を女王にしようとするんだから! 人前に出るときはちゃんと女王になってるんだし、今くらい休ませてくれてもいいじゃない! あんまり女王女王って強要するならクビにするわよ?」


 そんなことを言うんじゃなかった。一度でも言ってしまったら、言葉は元に戻らないのだから。今では謝ることもできない。ましてやそれがプログラムに組み込まれてしまっているのだ。


(わたくし)はお嬢様の『お世話係兼教育係兼護衛』です。産まれたときからお嬢様のそば にいた(わたくし)を、そう簡単に解雇してよろしいのですか?」

「……ふん。今はクビにしないであげるけど、いつかクビにしてやるんだから。それまでに次 の『お世話係兼教育係兼護衛』を育てておくことね」


 だから私は、今日も後悔しながら『クビにする』なんて思ってもいないことを吐き出さなければならない。


「かしこまりました。では(わたくし)の人工知能を搭載したロボットをつくらせます」


 それは、彼の口癖だった。自分を模したロボットを作る。事あるごとにそう言っていた。だけど、それは彼がいなくなってしまうような、そんな言霊になりそうで、いつもそれを笑い飛ばしていたんだ。だけど、


「あーもういいわ。私から離れる気がないことは充分わかったわよ。ロボットをつくらせるのはやめときなさい。どうせ完璧なロボットはつくれないわ」


 だけど、本当に作るなんて思わないじゃない! 本当にいなくなるなんて、思いたくもなかった!


(わたくし)の気持ちが通じて嬉しい限りです。そう簡単にこの立場を降りるわけにはいかないものなので」


 それじゃあ下りないでいて欲しかった。ずっと、私の横にいて欲しかった。


「私が本気で嫌がれば立場もクソもないのだけれど?」

「クソというのはおやめください。お嬢様にふさわしくありません」


 本当にクソみたいだ。そんな言葉づかい、女王たる私にはふさわしくないのだけれど。

 そばにたたずむ彼の冷たい手に振れる。いや、これは彼じゃない。彼を模した、彼の録音した音声を流すだけのロボット。それが、今の彼の正体。私が決まった台詞を言えば、それに対応した台詞を返してくれるだけの、ただの家事ロボットだ。見た目こそ彼に似せてはいても、 そんなの彼じゃない。どうしても彼には思えなかった。


 そしてその言葉を最初に聞いた私は、


「そして、お嬢様が私を本気で嫌がることはありませんよ」


 本心を突かれて、ぎくりとして、


「私のなにを知った気でいるのかしら。私は嫌なときは嫌って言う性格よ?」


 否定にすらならない言葉を発して、


「――憧れの存在。それは私なのでしょう?」


 そして私は――



「……違うわ、ロシャン。あなた相当恥ずかしい間違いをしたのだけれど、よくそんな平然とした顔でいられるわね」


 嘘を吐いた。


 明らかに嘘だった。本当は彼――ロシャンのことが好きだったのに。恥ずかしくて、照れくさくて面と向かって言えなくて。そして、結局最後まで言えないままだった。

 言えたらよかったのに。今でだってそう思う。なんで、どうしてその一言が言えなかったんだろうって。伝えられなかったんだろうって、それをずっと後悔してきた。言葉は伝えられるうちに言っておかないと、静かになった後では届かないというのに。


「予想が外れてしまったようですね。大変失礼致しました」

「そんないつもと同じ表情で謝られても謝られた感じがしないのだけれど……」


 だから、ロシャンがあっさり引き下がった後にしまったと思っても、もうどうしようもなかった。


「んん、喉が渇いたわ。紅茶を入れてくれる?」

「お菓子は如何(いかが)なさいますか?」

「そうね、ロシャンが好きなお菓子をもってきてくれる? 紅茶もお菓子も二人分、ね」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 そう言うと、ロシャンロボットは紅茶を入れるべく部屋を出ていった。その背中を見送る。これでプログラムは終わりだった。後は彼が紅茶と私の好物のクランベリースコーンを持ってくるだけだ。

 ねえ、ロシャン。どうして、隣にいてくれないの? どうして、後ろに控えているのがロシャンじゃなくてロシャンロボットなの? ねえ、どうして、



 私を置いて逝ってしまったの? ねえ、どうして!



 冷たい。温度だけじゃなくて、心まで。ロシャンロボットの声には温かみを感じられないし、私が望むことも言ってくれない。ロシャンの顔をしてるし、表情一つ動かさないし、ロシャンと同じくお世話係を完璧にこなす。だけど、それはロシャンじゃない。

 違うのだ。ロシャンじゃない。どこが、なんて聞かれても答えられないけれどわかるのだ。 彼はロシャンじゃない。私が求めているのは彼じゃない。違うと言ったら違うのだ。彼はロシャンに限りなく似た、別のものなのだ。


 それが、限りなく辛かった。


 あの人の、ロシャンの面影がないのなら割り切ることもできたのに。だけど、中途半端に似ているせいで、彼の中にロシャンの面影を探してしまう。そこにいるのは彼ではないのに。そしてそのことに気づいて失望する。それでも、彼を求めるのをやめられなかった。

 あなたは私のわがままを聞いてくれなきゃダメなの。私のわがままを聞いて、『そんなことダメですよ』なんて諫めながら私の思考を誘導して、最期にはハイハイって言ってくれなきゃダメ。いつも小言を言ってイライラさせて、私をからかってくれなきゃダメなの。そうじゃなきゃダメなのに。いつもいつも私の横にいなきゃダメなのに


 ロシャンは……、もういないのだ。


 そう言えば、最初にそんなことを言ったのもこんな寒い日だった。びっくりして、いろんなことが頭を駆け巡ったのを思い出す。

(なんであんなカマかけたのかしら。私の思考が読まれていたとか……? いやいやいや。 ずっと隣で見てるからってそんなことまで分かるわけがないわ。第一私はロシャンの思考をよめないんだし)

 それは今となってはロシャンは私の心を読んでいたようにしか思えない。本人はそれを明かす前にいなくなってしまったのだけれど。


 ロシャンロボットが紅茶を入れて戻ってくる。温度管理が適切にされた紅茶と、相も変わらずの鉄面皮。その二つがロシャンの名残だ。

 そう言えば、その時はこんなことも思ったのだった。

(というかロシャンが表情を変えないからわからないのよ。もう少し可愛げのある表情を見せなさいよね!)

 そして、その思考を呼んだように、ロシャンは言ったのだ。


『お嬢様に振り回されるのも、振り回すのも。(わたくし)の役目ですから』って。


 でも、この台詞はロシャンロボットには反映されていない。これのキーに当たる台詞を私が言わなかったせいだ。それは寂しいことで、やっぱり偽物なんだと思ってしまう。


 ねえ、ロシャン。あなた言ったよね。『そう簡単にこの立場を降りるわけにはいかないものなので』って。あの言葉、本当にうれしいって思ったんだよ? なのに、簡単にわたしの前からいなくなって。なんでよ、何でいなくなっちゃったのよ?

 そしてこうも言ったよね。『振り回されるのも振り回すのも(わたくし)の役目』って。 なら、あなたは横にいなきゃダメじゃない。あなたが横にいなきゃ振り回せないし、振り回される意味がないじゃない。なのに、なんで。


 そんなことを思っても、ロシャンは帰ってきてくれないのだ。


 吐く息にフッと声にならない言葉を載せてみる。


 ロシャンの、嘘つき。

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