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その7/ホテル~我が定宿~

■その7/ホテル~我が定宿~

 札幌にいる間、根城となるホテル。私は10年ほど毎年ホテルを変えていた。特に意味は無い。全国展開のビジネスホテルが主だが、時には記念とかで多少安くなった豪華なホテルに泊まったこともある。

 私のホテル選びで重視していることといえば風呂、部屋の広さ、値段、食事であるホテルにはただ寝るだけに帰るのではない。疲れた体でベッドに倒れ込み

「あー、疲れた」

 と大の字になってくつろげる空間に帰るのだ。


 だが、条件全てを満たすホテルなんてそうそうない。今年のホテルはアレは良かったがこれがちょっと。ということの繰り返しで、結果、毎年ホテルを変えることになる。

 私は根っからの庶民なのだろうか。あまり格調高いホテルだと萎縮してしまう。先に述べた豪華なホテルの時も、フロントに立った時点で居心地の悪さを感じてしまった。もっとも、さすがに朝食バイキングはこれでもかとばかりに豪華だったが。

 朝食バイキングといえば、昔と今では求めるものがまったく違うようになってしまった。食が細くなり、食べる量が減ってしまったせいだ。食べないものをいくら並べられても楽しくないのだ。食べるものだって決まってしまっている。

 それだったら、へたなバイキングよりもバイキングでない朝食メニューがある方が嬉しい。もっとも、そんなホテルは少なくなってしまったが。

 個人的に重視しているのが大浴場があるかだ。先述したように、私にとってホテルはやることやって、行くとこ行って戻ってきた時にぐでーっとくつろげる場所である。飯を食って風呂に入って、パンツ一丁でベッドに横たわるあの時間をどれだけ楽しめるかだ。

 そのため、設備が最新である必要は無い。設備だけなら伝統ある豪華なホテルよりも新しいビジネスホテルの方がよっぽど充実している。


 そんな私でも、やはりいくつか回っているに満足できるホテルは見つかるもので、ここ数年、私は「中殿ホテル」を定宿にしている。

 このホテル、設備は最新とは言いがたい。これを重視している人が泊まれば不満タラタラとなるだろう。テレビは民放BSが見られない。当然、有料カードを購入して映画やエッチな番組を見るなんて出来ない。

 トイレのウォッシュレットは便器の大きさと合っていない。とりうえずつけた。という感じだ。

 風呂は1つ。時間で男女を分けることもなく、女性や家族が入ると、入り口にそのことを告げる札を下げて、出るまで他の客にはご遠慮いただくというもの。

 クーラーは付いているが、温度調節は「強」「弱」「微」で分ける。

 つまり設備は全体的に古い。にもかかわらず私が定宿にしているのは「居心地が良い」からだ。札幌に限らず、それまで泊まったどのホテルよりも居心地が良い。

 特に朝食時にそれを感じる。ここの朝食はバイキングではない。メニューは3種類のみ。私はいつも軽めの洋食。中身といえばバターを塗ったトースト(6枚切りが2枚分)とサラダ、飲み物(おかわり自由)。ジャムが3種(イチゴジャム、ブルーベリージャム、マーマレード)添えられている。それだけである。食べ盛りの若者ならば足りないと文句を言うに違いない。

 実際、私も朝食なしで泊まった年がある。その年の朝食は外のモーニングを利用した。結果、翌年からまたホテルの朝食に戻った。やはりあの空気に代わりは無いと感じたからだ。

 ロビーの片隅に備えられたテーブル席、空いている場所に座ると、ホテルの人がおはようございますの挨拶とともにテーブルにマットを敷き、準備を始めてくれる。朝食を運んでくれる。ちなみに、その時に朝食の券などはない。私の名前、部屋番号を聞いてくることもない。つまり、何も言わなくてもホテルの人はお客の顔と朝食のメニューとを把握しているのだ。

 それだけではない。私は珈琲は砂糖なし、ミルクだけで飲むのだが、はじめの一回に砂糖は結構ですと添えられたものを返したところ、次からは珈琲はミルクだけ添えて持ってくるようになった。翌年には何も言わないのにミルクだけ添えたコーヒーを持ってきてくれた。

 私の小説ならば「すみません。砂糖を忘れました」と後で持ってきては断られるというオチがつくところだ。

 珈琲のおかわりも、なくなった頃にやってきては「おかわりはいかがですか」と聞いてくる。ドリンクバーのように自分で入れる必要は無い。何というか、ビジネスホテルでありながらちょっとした上流階級の雰囲気が味わえるのだ。

 ちなみに私がこの「ホテルの人がお客の顔を把握している」というのを実感したのは、初めてここに泊まった年の初日である。夕食に町へ出、戻ってきた時、預けていた鍵を取りにフロントに歩いて行くと

「お帰りなさいませ」

 と私が何かいう前に部屋の鍵を出してきた。出入りの度に名前と部屋番号を言って鍵を出してもらうのに慣れていただけに衝撃だった。

 もっとも、ホテルマンと水商売の女性はお客の顔を覚えるのも仕事である。一流のホステスなどは数年前に1度だけ来た客でも顔を覚えているというし、泡のお風呂の女性は顔をみて思い出せなくても、裸になってお客の股間のものを見れば思い出すという。

 しかし、それを実感したのはこのホテルだけである。

 食後、珈琲を飲みながら備え付けの北海道新聞を読んでいると、それだけでなんだか気分が充実してくる。

 チェックアウト後も、ホテルの人が正面玄関前まで見送りに出てくれると、つい「またお世話になります」と言いたくなる。なんだか小っ恥ずかしくて言ったことはないが。

 お気に入りの、居心地の良いホテルがあるというのは、それだけで幸せなんだなぁと思う。



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