その6/雪印パーラー
■その6/雪印パーラー
普段ならまず食べない、買わないのに旅行中だとつい食べてしまう、買ってしまう。そうさせてしまう魔力が旅行にはある。
特に私のような「旅行中は財布の紐とズボンのベルトは緩める」と決めている人ならば尚更だ。
この雪印パーラーもその典型だった。
ここの名物はなんと言っても昭和天皇のために作られたというスノーロイヤルと呼ばれるバニラアイス。だが、気軽に食べるには値段がちょっと。何しろ珈琲とのセットで1,100円を超える。これでもセット価格でお安くなっているのだ。
普段だったらまず食べない。だが、旅行中の私は財布の紐とズボンとベルトがゆるい。さらに体重と体脂肪率は心に目隠しをしている。おまけに飛行機の中でもらったガイドブックに10%オフのクーポンが付いていた。
「まぁ、記念にいいだろう」
と先のセットを注文した。
数分後。私は美味しいもののためなら金に糸目はつけないという人たちの気持ちをほんのちょっとだけ理解した。
スプーンを差し込んだ時のふわっとした感触。入れた途端、口の中でとろけ、優しい甘みが舌を流れるように広がっていく。
私は言葉を失った。全ての思考を停止して、目を閉じ、全ての感覚を舌に集中した。できればさらに耳を塞ぎ鼻をつまみたかったほどだ。
これはアイスの綿菓子だ。新千歳空港のソフトクリームのような手ごたえはないが、さし込んだスプーンを優しく受け入れてくれる。甘みはまったくくどさがなく、喉を通ると波が引くように消えていく。決して後に引かない。それでいて、しっかり味の記憶は残る。
「……これは、1,000円以上出しても食べるわ」
以後、私は札幌に来る度にここでアイスを食べるのを楽しみにしている。最近はアイスだけでなく、パフェにも手を広げつつある。が、あいにく食事メニューまでは手が回らない。食事に関しては、まだ寿司やジンギスカン、豚丼などに足が向くからだ。
幸いなのは、ここが札幌と言うことだろう。もしもこれが私の地元で気軽に行ける場所にあったら。日常の範囲内だったら、私はまず店内に入らなかったろう。年に1度の贅沢だから許せるのだ。
余談だが、私がお土産としてこのスノーロイヤルを通販で取り寄せ、実家にお裾分けした時、母は一口食べて
「珍しい。豆乳のアイス」
と言って私をずっこけさせた。私がいくら説明しても
「違うよ。これは豆乳のアイス。だって豆乳の味がするもの」
頑として譲らなかった。
以後、私は実家へ1度もこのアイスを持って行っていない。