第3眠:素敵な男性が近くにいないのが悪い
起きたら夕方でした。
「いつも不安になるのだけれど。もしかして、起こさなかったらミラーってずーーーっと寝てるの?」
アカリが晩御飯を呼びにきてくれたのだ。
「晩御飯なんて作ってくれるなんて、いつも感謝してま~す」
「本当よ。朝と昼しか作らないのよ普通。夜はお酒とおつまみぐらいよ。うちは酒場もやってるから出すだけで」
この宿から離れられない理由がこれ。
寝過ごしてもご飯が食べられる!
この大陸では、朝と昼にいっぱい食べて、夜にご飯なんか食べない。
お酒と、おつまみぐらい。
つまり、お昼までに起きないとご飯がないのだ!
それに対して私はお昼もよく寝過ごすので、ご飯に困る時が多い。
この宿に決めた理由が
「夜もご飯を出す」だったのだ。
「この宿に決めて幸せ」
「そう言って貰えると嬉しいけど。うちもミラーには奮発してもらってるから助かってるのよ。ミラー、一人でこの宿維持できるぐらいもらってるんだから」
わたしは眠りについての注文が激しいので、かなり多くのお金を宿に払っていた。
そしてこの宿はそれに見合ったサービスと施設を用意してくれていた。
「そうだ。メイルと相談しなくちゃね」
ご飯食べたら行こう。
メイルのいる場所は、オルグナ商会のお店の中か宿屋。
とりあえずオルグナ商会に向かう。
「オルグナ~。メイルいますか~?」
「おお、珍しいな!ミラーさんじゃないか!オルグナさんは奥にいるが、メイルちゃんは宿だ。もう帰ったよ」
「ありがとうございま~す。宿にいきま~す」
「ミラーだと?本当だ。珍しいな、お前」
オルグナが奥から出てきた。
「メイルと相談があって~」
「相談!?まさか、離れるとかか?」
オルグナが慌てる。
「いえいえ~。私を運んでくれる荷台のベッドの話です」
「……それは良かった。ああ、あの特注のベッドは凄いぞ。気に入ってくれるといいが」
「はい。そのベッドの中身でですね」
「まあ、安心したよ。メイルは宿に戻った。話をしてきてくれ。お前さんがいてくれて本当に助かってるんだよ。これからもお願いするよ」
メイルの泊まっている宿に行く。
超高級の宿である。
「御用件は?」
すぐ護衛が止めてくるが
「待て。この方はミラー様だ。メイル様に御用ですか?」
「はいです~」
話が早いなぁ
「どうぞ。ご案内します」
メイルは幼い。まだ12だ。
私より四つも下。
なのにドラゴン狩りで儲けたお金で、かなり良い宿に泊まり、高級な食事をしている。
元は凄まじく貧しい村出身で、何度も娼婦として売られそうになったそうだから、その反動なのだろう。
身につけている服やアクセサリーも高級品なのだ。
「ミラーさん、わざわざ来てくださるなんて」
「荷台のベッドの話なのですが。わたし、枕の形にこだわりがあるので、枕は変えたいのです」
「ああ、なるほど。今度荷台を見ながらで打ち合わせしますか」
メイルは、こういう提案とかに対して全部真面目に対応してくれる。
だから離れられないのだが
「メイルは恋人とか要らないの?」
ふと気になった。
まだ12。でももう12。そろそろ恋人が出来てもいいころ。
ニルスさんの話で、なんとなく気になったのだ。
虚をつかれたように戸惑った顔をした後に
「……そうですね。正直、素敵な男性に会ったことが無いので、そんな気持ちも生まれた事がありません」
ああ、そうか。
「それだ」
「……?なんです?」
「最近凄い口説かれるの。断り文句探してた。それだ」
この前魔法使い四人で飲んでいたら、酔っ払いみたいな粗暴な人が絡んできて、横にいた冒険者の二人に助けられたのだ。
それは良かったのだが、その助けてくれた人が、私を口説いてきたのだ。
「……口説いてきた本人にそれを言うのは喧嘩を売っているのでは……?」
「いいの。わたしはまだ素敵な男性に会ってないから、恋人作らないのです。うん。いい話だ」
私は上機嫌に自分の宿に戻った。
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「ニルスが戻って来ない理由は一つだろう?リーダー」
男女混合のパーティー。
ニルスがかつて所属していたパーティーだ。
「分かってるよ。だがな、表面だけ別れても……」
リーダーの隣には、幼げな顔で不安そうにしている少女がいた。
「別にファティマと別れろとは言わんよ。名目上は恋人同士でもいいよ。だがな、ニルスに気があるぐらいは思わせてくれないと」
リーダーのカルテアとニルスは、元々恋人に近い関係だったのだ。
それに、途中から加入したファティマが、カルテアに取り入って、奪い取った。
その結果ニルスは離脱した。
元々ニルスの才能を評価していたアルバニは、ニルス離脱時から苦言をしていたのだが、ニルスが離脱直後に入ったキャラバンでドラゴンスレイヤーを達成すると、呼び戻すように、何度も話をしていた。
「あのな、俺はファティナを追い出せとか、別れろだなんて言わん。ファティナは大切な仲間だ。
だがな、ドラゴンスレイヤーのニルスがうちに戻ってきたらどうなる?どれだけの仕事が得られると思う?」
ドラゴンスレイヤー。
その称号持ちは貴重であり、それだけでパーティーの格が上がる。
この格が大きな問題なのだ。
「キラービーぶっ殺して、銀貨何枚稼ぐみたいな真似しなくて済むんだぞ!ドラゴンスレイヤーがいれば、ビッグベア(大きい熊)どころか、オーガー討伐も認可される!金貨が十枚どころじゃない!百枚を一回で得られる依頼が受け放題だ!」
アルバニは熱弁をふるうが
「アルバニ、そこまでだ。二人はよく分かってるよ」
「だがよ、ダニー」
「考える時間はいくらあっても足りないんだよ。いいか、ニルスが戻ってきたら、どうしたって、ニルスはファティマに悪印象抱くし、カルテナにアプローチするぞ。
ニルスが戻って来ないのは、そこの関係で悩んでいるからだが、カルテナが妥協するのも変なんだよ。
そこは、ニルスの決断をゆっくり待つのも大事だ」
「ダニーよぉ。確かにお前さんの言うとおりだ。俺は焦ってまた二人を傷付けたらしいな。済まなかったリーダー。
だが、俺は、俺達は上に行きたいんだ。雑魚狩って小銭稼ぎするのは納得できねーんだ。そこは分かってくれよ」
「ああ、お前の話はいつも正しい。もう少し悩ませてくれ」
ダニーとアルバニは席を立ち離れる。
「……どうするの?」
「どうもしない。俺達はこのままだ。ニルスの決断を待つ」
「もし、戻ってくるって言ったら?」
「事前に付き合えないと言うさ。元はそれが理由で離れたんだ。戻ってくる時は、それに納得して帰ってきたと判断する」
「……うまく行くかしら?」
「正直、ファティマが恋人じゃなかったら、俺はすぐニルスに乗り換えてたよ。アルバニの言ってる事は正しいからな。だがそれでも別れるなんて有り得ない。それぐらい大切だよ、ファティナ」
「ありがとう!私もよ。カルテナ」
二人は抱き合う。
(身体エロいからなぁ……ファティマ)
心で呟き、カルテナはファティマとキスをした。
冒険者の格について
冒険者には称号があります。
「○○スレイヤー」
「××バスター」
など。
冒険者には冒険者ギルドがあり、討伐依頼を斡旋するのですが、無理のある依頼を受けさせることはありません。
ちゃんと実績のあるパーティーにしかるべき依頼を受けてもらいます。
逆に言うと、実績を積まないと、称号が貰えるモンスターと戦うチャンスすら得られないのです。
これが結構冒険者達の不満になっており
「実績作らないと良い依頼が貰えないが、そもそも実績を積む為の難しい依頼が受けられない」という悪循環に陥りやすいのです。
これに対して、メイルのキャラバンは、冒険者ギルドと関係なく、勝手にドラゴン狩りに行っているので(報酬金付きのイエロードラゴンの時はキチンと話を通して狩りにいきましたが)
ミラーや、ニルスのような「いきなり最高の称号のドラゴンスレイヤーを手に入れる」とかになります。
普通の冒険者は、地道に称号を積み上げてからドラゴン討伐の依頼を受けるので、こんな事態にはなりません。
ドラゴンスレイヤーの称号があれば、冒険者達の中でも実力も折り紙付き、実績も十分と見なされるので、取りたい依頼を好きなだけ選べます。
そういう点で、ニルスとミラーの価値は、他の冒険者達から見ても異常な事になっています。