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半欠 -はんかけ-  作者: 一番 星
1/1

《1》

オーキマーシュは叫びだした。

でこぼこした道を駆けに駆け、

腹の奥底からの憎しみを込めて、

顎が外れんばかりに叫び続けた。

チカゲを失った悲しみはもう彼の心の中にはない。

ただ、体の細胞を一から書き換えるような激情が彼の体を突き動かしていた。

強い雨が降ってくる。

空は黒々としていて、濡れた体が冷えていく。

たが心の中の燃えたぎる炎のような憎しみは益々火勢を増すかのよう。

その中で、何故だろう、炎の先のほんのひと房だった、彼の中にはちらりと喜びが芽生えていた。



「オーキマーシュ」

少女が走ってくる。

「ヴェラ」

「聞いたわよ。天使たちに剣を授けてもらうんですって」

ヴェラと呼ばれたその少女は少しむすくれたような顔をして言う。

それを聞くと、オーキマーシュと言う名の少年はちょっと恥ずかしそうに笑った。

「そうなんだ。この間の剣術大会で、学園一位を取ったご褒美らしい」

「そんなのズルいわ。みんなが欲しがっていたのに」

「そう言われるとなあ」

オーキマーシュはちょっと頭をかく。

二人が話している剣とは、1ヶ月ほど前に彼らの惑星に降ってきた真っ白な剣のことだ。その剣は空から降ってきたと言うだけのただの剣ではない。彼らが学園から卒業する際に一人前になった証として与えられる、ガーディアンソードの元になった最初の剣だった。

学園の生徒たちからしたら、もう、伝説級の代物である。剣にはそれぞれ使命があるから、地上に降りてきたからには誰か使い手を探している。学園を卒業した現役の戦士か、あるいは生徒の誰かに与えられるのではと噂されていた。

その剣は機能的には現在使われているものほど使い勝手はよくない、骨董品だ。だが、名誉を重んじる彼ら戦士の卵たちは誰もが欲しがった。

「申し訳なくは思うよ」

「あら、その様子だと、まるで言われてはじめて申し訳なくなったみたいだわ」

「そんなことは…」

「ないの?」

「あります」

「ほらごらんなさい」

ヴェラが腕を組む。オーキマーシュはちょっと笑った。

「まあまあ、剣を受け取ったら真っ先にヴェラに見せにくるから」

「触らせてくれる…?」

「もちろん」

「私が一番でよ…?」

「受けとる僕を除いて、一番で。約束する」

そこまで聞くや否や、ヴェラはがばっとオーキマーシュに抱きついた。

「ありがとうオーキマーシュ、大好きよ!」



深夜。

学園の奥深く、礼拝堂の地下にその部屋はあった。

オレンジ色の焔が壁にかかっており、銀の額縁が炎の明かりを受けて光っている。

識者たちが、集まっていた。

識者は学園に住まう天使たちの声をこの世て唯一理解できる存在だ。それは学問として学んで身に付けられる術ではない。生まれながらに天使の言葉を理解できた者だけが、識者と呼ばれ天使との意志疎通を生涯の役目とするのだ。

眼鏡を駆けた青年、ジサルジットもその一人だった。

「天使たちが騒いでいる」

ジサルジットが言うと、他の識者も答える。

「災いの前触れだと」

また別の識者も答える。

「急がねばならないと」

識者たちは、呼応するように口々に言葉を発し始める。

「太古、我々はひとつの生命だった」

「ひとつであった」

「我々の中の彼の魂が言っている」

「繰り返してはならないと」

「そう言っておる」

急がねば…。彼らは口々に繰り返す。

そう。危機はじわりと、だがしかし確実に忍び寄っていた。



その日、学園の廊下をガタイのいい、少し粗野な印象の男が歩いていた。瞳だけがやや大きく、やや幼い雰囲気をまとっている。

ダハルトーナは、オーキマーシュとヴェラの同級生だった。二人とは同い年の「少年」だ。体つきが同級生の誰より大きかったので、出会う人出会う人に、大人だとよく勘違いをされている。

大人だと勘違いをされる理由はそれだけではなかったが。

「やいお前ら!何だって剣を渡す人間を、オーキマーシュに決めやがった!」

ダハルトーナは学園のあちこちに漂う、天使たちに怒っていた。

三十センチほどの小さな子供のような幼い見た目の天使たちが尻込みしたように身を引くのを、ダハルトーナは無理やり手でつかもうとする。

勘違いをされる理由のもうひとつは、その威圧感だ。普通の少年ではまず持ち合わせないような、堂々とした態度がその大きな体とあいまって、相乗効果的に彼を年相応の少年とは思えない大人の男に見せていた。

「やめなさいよ。嫌だって言ってるわ」

それを止めに入ったのは、ヴェラである。彼女はダハルトーナの前に立ち、真っ直ぐダハルトーナを睨んでいた。

「まるで彼らの言葉がわかっているみたいな口ぶりだな、ヴェラ」

「わかるわけじゃないわ。ただ、なんとなくよ。でもきっと天使たちは私たちの言葉がわかるのね。やさしい、けれどさみしそうな目で、いつも私たちのことを見守っているもの」

「はっ何が見守っているだ。見る目の全くないやつらめ!」

「ちょっと」

ヴェラの後ろにいた天使たちをダハルトーナは再びつかもうとした。

だか。

「ふん!…ふん!」

ダハルトーナの手は天使の体をつかみかけて、そしてすり抜けた。

何度も試してみるが、ふわりとした不思議な抵抗感を感じるだけで、やはりつかめない。するりとすり抜けてしまう。

「もう!わかってるでしょう?天使の体は私たち人間にはつかめないのよ?」

「わかってるが、どうしようもない!俺は怒っているんだ!」

「もう!そんなことしてる暇があるなら、その時間に剣の腕でも磨いたらどうなの。オーキマーシュに剣で勝てるなら、剣を譲ってもらえるかもしれないわ」

「そうか、それはいい考えだ!素振りをしてくる!」

「もう。相変わらずせっかちなんだから」

走って行くダハルトーナの後ろ姿を、ヴェラは見送った。



「精が出るね、オーキマーシュ」

そう言って、ジサルジットは水の入った水筒をオーキマーシュに向かって差し出した。

オーキマーシュは剣を振っていた手を休めて、手の甲で顎を伝ってきた汗を拭い、笑った。

「ありがとう。ジサルジット」

「また引き締まったかい?」

「どうだろう。毎朝鏡で自分の顔は見ているけれど、体まではじっくり見ることはないからなぁ」

「羨ましいよ」

ジサルジットは近くにあった腰かけに座る。それに釣られるようにオーキマーシュも隣に座った。

「羨ましいって?何が?」

「戦士の卵で、一番の実力者の君がさ」

「そうかな?それを言ったら識者としての才を持つ君こそ羨望の的だろうに」

「確かに僕は識者としての才を持って生まれたが」

言葉を切り、ジサルジットは寂しげに目を細める。

「それは同時に戦士になる可能性を持って生まれなかった、とも言える」

「それは…そうかもしれないけど」

「たまに別の人生があったらなと思うんだ。ここにいる識者の僕と、水鏡の中の僕に別々の人生があって、僕は同時にどちらの人生も知ることが出きる。そしたら、水鏡の中の僕は体を動かして悪魔の手先と戦うのだ、と。だが、そういうときは大抵、すぐに夢想からは切り離されて現実に戻るんだ。そして君のことがたまらなく、たまらなく羨ましくなる。自由に羽ばたける君のことが、ね」

「僕は鳩かなにか?」

「はは。まあ、そんな感じ」

「僕は普通の人間だよ。ジサルジット。君はわかってくれるだろ?」

「ああ。特別扱いはしない、僕と君との約束だったな」

二人は数年前に学園に入ったばかりのことを思い出した。当時のオーキマーシュの成績は、魔法も剣もからっきしだった。目立つことのない存在だった彼だが、幼馴染みのヴェラに魔法や剣術で遅れをとるのが悔しくて、人の来ない学園の裏庭にある池の側でいつも練習をしていた。そんな時だった、二人が出会ったのは。

識者は戦士の卵たちと共に実技以外の知識を学ぶ。

同じクラスの中に最初の一年間だけ混ざるのだ。

二人の代に生まれた識者はジサルジット一人だった。それが、彼を孤独にした。孤独が故に、はぐれ者のオーキマーシュが目に入ったのだ。

『何してるの』

『え?練習!』

『バカじゃないの。そんなの無駄でしょう。君のことは知ってるよ。同じ学年の中でも、成績は後ろから数えた方が早いって』

『だからさ。だから頑張るんだ』

『ふーん』

それから、二人は再び話す機会に恵まれる。

『またやってるの』

『え!あ、こんにちは!』

『なんだか、こないだと雰囲気が違わないか?妙に固いと言うか』

『こないだは、識者のジサルジット様とは露知らず…!』

『様…?』

『みんな、様って呼んでるので』

『そう』

『…いらないなら、僕は、様がない方がいいけれど』

『…いらないって言ったら、やめてくれるのかい?』

その日から、二人は一気に打ち解けた。

友達になった。

それから一年ほど経ったある日。

オーキマーシュは周囲の目線が変わってきているのを感じた。彼の努力が実っていき、学年で一番優秀だったヴェラを魔法の成績で上回ったときからだ。周りの学友たちとの間に壁を感じた。ハッキリしたものではないが、近くには居させてくれないような、そんな形のない壁を。

『君は特別扱いをしないでいてくれた、初めての友達だ。だから、君のことを僕が特別扱いをするのは変だと思う』

『なに?ジサルジット。急にどうしたの』

『可能性の話さ。これからどんなに君が強くなろうと、戦士としての名声を得ようと、僕は君を特別扱いしたりしない。約束する。そういう意味で特別な人間になるよ』

『あははは。大げさなんだけど、ジサルジット。でも嬉しいよ。同じ約束を、僕も君にしよう』

それが一年ほど前の話。

羨ましい、と素直に吐露するジサルジットは、誠実な友人だった。

だから、オーキマーシュも誠実な友人でありたいと思えた。

「…ジサルジット、僕は欠けているんだ」

「欠けてるだって?」

「ああそうさ。僕はなぜだか物心ついたときからずっと、そんな思いを抱えて生きてきた。それを埋めるために僕は生きていると言っても過言ではない」

「その欠けは埋められそうかい?」

「わからないが、この学園で認められれば、もしかしたら何かが変わるかもしれない。あの剣のことでさえ、その大きな変化の一部分にしか過ぎないような、そんな予感がする」



学園の上空に、暗雲が立ち込めていた。

「こんな、劣勢になるなんて…」

血を吐きながら、ジサルジットは天を仰いでいた。

傷は、悪魔の使徒が横っ腹を切り付けた一つきり。だが、回復魔法も使えない、非戦闘員の識者を行動不能にするのには十分な傷だった。

学園全体が、突然悪魔の使徒の軍勢に襲われた。教員も生徒も必死に戦うが、敵と戦士の数に差がありすぎた。

世界の各地に散っている屈強な戦士たちを呼び戻すのにも時間がかかる。

天使の使徒たる戦士たち、あるいはその卵たちが、次々に倒れていく。

「何故だ…!ここ何十年もこんな大きな襲撃はなかった!」

「こんな数がいたなんて…!」

「奴ら、我々人間から隠れながら、数を増やし、機会をうかがっていやがったんだ!」

悪魔の使徒の軍勢と戦う戦士たちに混じって、ダハルトーナが叫んだ。

「この反撃の機会を!!」



「気がついた?オーキマーシュ」

目を覚ましたとき、オーキマーシュは透明な球体の中にいた。呼び掛ける声の主の姿は見えなかったが、その声には心当たりがあった。

「ヴェラ?ここは、一体どこだ…?」

「聖石の中よ」

「聖石…?」

ぼんやりと透明な球体の壁の向こうに、ヴェラの姿が見えてきた。

「リリアフィ先生があなたを眠らせてここまで運んだの。ごめんなささいね、無理やり連れてきてしまって」

「そうだ、確か、悪魔の使徒の軍勢が学園に迫ってきてるって!」

「そう。今私たちの学園は彼ら悪魔の使途の軍勢と交戦中」

「僕も戦わせてくれ!」

「ええ。でもその前に、私の話を聞いてほしいの」

「話だって?」

「なぜ、この学園は狙われたのかしら。世界中に私たち天使の使徒たる戦士たちの拠点は山の数ほどあるわ。ここ何十年も大人しくしてきた悪魔の使途たちが、最初に狙うにしては小さな拠点だと思わない?」

「それは…」

「彼らがこの学園を狙う理由があるとすれば、考えられる可能性は…アーエルダート礼拝堂。礼拝堂の周辺にしか存在できない、私たちの持つ剣の力の源である天使と、天使たちと意志疎通ができる識者。もし天使と識者がここにいると勘づかれたとしたどうかな。彼らに天使たちは悪魔の使徒たちにどうこうできる存在じゃないけれど、識者は天使の声が聞こえる以外は普通の人間だわ。識者を失い、天使たちの力を上手く借りられなくなったら、私たちは、どうなると思う?」

「…」

「きっと負けるわね」

負ける、と絶望的な台詞を口にするくせに、ヴェラはどこか穏やかな顔をしていた。

「ヴェラ、何をしようとしているんだ…?」

「あなたを異世界に送り出すの。私たちの最後の希望としてね」

異世界。授業で聞いたことがあった。高度な魔法の使い手だけが使える、別の世界に転送させる禁断の魔法があることも。

「そんなこと君一人でできるわけないじゃないか!」

「識者のジサルジット様が天使たちの言葉を伝えてくれたの。天使たちが選んだ戦士を、守ってって。その戦士はこの世界を救うから、今失ったらいけないって。だから私たち、学長先生もその場にいたみんなも、あなたを逃がすことに決めたの。みんなで、よ。天使たちの言葉を信じて」

「そんな…!」

「…でも、心配だなあ。あなたは向こうでちゃんと上手くやっていけるかしら。みんなはあいつなら大丈夫だ!なーんて言うけどさ。体壊したりとかしないかな。だってあなたって、パセリが苦手でいつまでも食べられなかったもの。あんなに好き嫌いはダメだって、口酸っぱく言ったのに」

ふふふ、と彼女がちょっと笑う。

「…あ、そうそう。この剣、予定よりも早くなっちゃったけど、天使たちがあなたにって」

彼女が聖石の中に剣を投げ入れる。慌てて受け取った。あの剣だ。空から降ってきた、白い剣。

「もっと力をつけて、そして助けに来てね!この世界を!私たち、あなたのことをずっと待ってるからね!」

「待って!ヴェラ!!ヴェラ!!僕は君を残してなんて…!!」

背中を向けたヴェラが横顔だけで振り替える。

ああ、覚悟を決めた、一人の少女の顔だ。その瞳だけが彼女の決意と恐れとを同時に湛えていた。雫が一筋、頬をつたう。

「さようなら、オーキマーシュ。パセリがちょっと苦手な、私だけの王子様」

その瞬間、オーキマーシュの体は溢れんばかりの光で包まれた。



その時、どこかで流れ星が流れたみたいな、不思議な心のざわめきを少女は感じて立ち止まった。

「千景、どうかしたの?」

「うん?いや、なんでもない」


勢いだけで書き始めたので、これしてー、あれしてー、とだいたい書いたな!と思ったら、確認中に剣渡し損ねてるのに気がついて、危うく主人公そのまま世界渡っちゃうところでした。

うっかりヴェラさん。


予想外に長くなったので構想の半分くらいで一旦切りました。

次で終わってほしい。体力が持たない…(切実)。

あと、後半暗い話になると思うので、それでもよければ最後までお付き合いください。

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