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旅人が、二人。  作者: 鷹鴉
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プロローグ 在る日の森にて「Beast」

 白く二筋、風に(なび)かれた。氷菓(ひょうか)の如く冷えた風は身に()みて。

 一筋は人間の吐息。もう一筋は薬草の(いぶ)された煙。

 刹那(せつな)の後、つい先程まで煙草を咥えていた所からは、吐息と煙が織り混ぜられた溜息が(こぼ)れた。


 空気の冷たさに似て、薄いアイスクリームの如き大地。僅かに先を覗かせる万年草には霜が降っている。

 辺りにほんのりと積み上がった雪の上には、こんもりと狼の魔獣が雑魚寝していた。その血液は地に染みて。

 そして、内の一匹が小さく震えて、二度と動かなかった。


 再び、そして先程よりも大きな溜息が煙と共に蒸発した後、その口は小さく空気を震わせた。


「全く……。こんな寒い中で……。もっと楽な依頼なら良かったが」


 呟きの主は、十八、九程の茶髪の青年と(うかが)える。だが、その身に羽織(はお)る濃い吉岡染のロングコートからは、年季を感じさせる。

 更には血を払う為だろうか、短いマントも纏い、頭に被る色褪せた漆黒の帽子には、全周に渡って(つば)が付けられていた。


「ヒィィイイイ! 冷たい! 冷たいでカーク! 氷漬けになっちゃう!」


 続けて聞こえた悲鳴の主は、十三、四程のうら若い少女だ。

 だが、余りの冷たさにうちひしがれて転げ回っている。どうやら下らぬ石ころに躓き、転けてしまったらしい。

 完全防備では無いものの、最低限防寒に十分な格好はしている。運悪く首元に雪でも入ったのだろう。

 これではその精悍(せいかん)な顔立ちも台無しと言えよう。


「心配するな。氷漬けになったらオークションにでも出してやる。世にも珍しいエルフの氷漬けだ。希少も希少だぞ? 良かったなクローディ」

 

 しかし、カークと呼ばれた青年から反射した言葉は無情な物だった。

 大して気に留めた様子もなく、煙草を吹かしている。


「ちゃうやろぉお?! ……ああ、もう……。もうちょい人に優しい言葉吐く方がええと思うで?」


「その言葉、あと二千年くらい早く言うべきだったな。何、お前の前世の前世ぐらいだろう?」


「………。」


 クローディと呼ばれた少女は恨むような目を向けつつ、もう何も言うまいと静かに起き上がり、衣服に付いた雪をパッパッと払う。

 すぐにあらかたの雪は宙を舞い、残った塵芥の如し粉雪も体温で融け、認知出来なくなる。


「そんで? この死屍累々の狼共はどうすん? 持ち帰るん? それなりにはなると思うで?」


「まさか。何体在ると思ってる。そんな事をしていたら、道中で何処かの誰かさんが凍え死んじまう」


「そりゃどうも。アイスになりそうで悪かったなぁ。ほんなら、どうすん?」


「放置するだけさ。寒さで餓えた奴共の腹程度は満たせるだろうさ。こんだけ冷えてりゃ腐る心配も要らねぇよ」


 宙に浮かぶ、暖かなお天道様をその視界の片隅に入れては、再び視線を狼の魔獣へ戻す。

 そして、その膝は真っ直ぐに(そび)え立ち、その背骨は僅かに歪曲したまま立ち上がり、頂点に頭は鎮座する。

 その足はやがて消え去る雪に幾つもの痕跡を残す。


 お天道様に背を向けて、彼らは街へと、依頼主の元へと歩を進める。

 途中、たったの一度だけ屍へ振り向いて、


「どっちが獣なんだか……。いや、獣以下なのかもな……」


 小さく独りごちた。隣を歩くクローディの耳にも届かぬ程、静かに独りごちた。そして、(あざけ)るような(わら)いを(かす)かに浮かべた。


「なぁ、冬が終わったら何処へ向かうん? カーク」


 黒髪の少女の問いに対し、煙を吹かした後に、こう答えた。


「前に向かうだけさ」

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