虜囚1
「そろそろ良い頃だろう。」
即効性の催眠ガスだからな。その分持続性は低い。
念の為にリビングアーマーの亜種であるカーズドコートを身に着ける。
戦闘能力としては皆無に近いので苦肉の策と言える。心配は要らないとは思うが、俺が殺されたりするとその時点でこのダンジョンは終わりだからな。
護衛としてリッチキングとヴァンパイアロードを連れて行く。正直な所、過剰戦力だと思わないでもないが念には念を入れての事だ。
ちなみに言うと彼らに名前は無い。付けても良いのだが、それをしてしまうと命令を与えられぬ限りはその配置したフロア・部屋から動けなくなってしまうのだ。名付けをするとそのモンスターは俺と言うダンジョンマスターの眷属となり、かなりの力を得ることになるのだそうだが、今の所はフロア間を自由に動いてくれた方が助かる。いちいち命令するのも面倒だしね。
その為、俺に名付けをしてもらえるのは著しい戦功や成果を上げた者、と言う何ともハードルの高い物になってしまっている。
「向こうの反応は?」
「依然としてバッドステータスのままです。あるじよ。」
「そうか。では、開けてくれ。」
偉そうに見えるだろう?元日本人としては、自分で出来る事は自分でやると言うのが身に付いていたんだが、配下の、特に知能のある魔物に揃って説教された。
曰く、あるじ自らがそういった雑事をする事はおかしい。
曰く、あるじを軽んじさせる原因にもなり得る。
曰く、我々の仕事を奪うつもりか?これでは心から仕える事にはならない。
等々。
大袈裟かとも思ったのだが、それでこいつらの気が晴れるなら、任せようと言う事になった。
むしろ諦めた、とも言えるが。
個室はベッドに丸椅子だけと言った、とてもシンプルな構成で出来ている。
明かり取り用の窓には鉄格子が嵌められ、これぞ『牢屋』と言った造りだ。
俺が丸椅子に座ると、斜め後ろにリッチキングが控える様に待機し、斜め前には屈み込む様にヴァンパイアロードが警戒するようにして待機している。
「起こしますか?」
と、言う問いに頷きを持って答えると、ヴァンパイアロードが息を吹きかける様にして何らかの魔法を行使する。
「う………、ん……、ここ……は……、ハッ!」
男が目覚める。
順番自体に特に意味は無い。ただこいつの部屋の方が近かっただけだ。
「目が覚めたか?」
「お前は……、一体……?ここはどこだ!」
「不敬であろう。控えよ。」
リッチキングが、静かだが怒りの籠った声と共に周囲一帯が凍るような殺気をぶつけると、ヴァンパイアロードは今にも男を叩き潰さんばかりの圧力を放つ。
圧倒的強者の怒りを、モロに受けた男は息の仕方を忘れたかのように口をパクパクと開け閉めさせて、喘ぐように呻き声を上げる。
「構わん。」
俺がそう言うと、
「「はっ!承知しました。」」
と言う言葉と共に今までの圧力が嘘か幻の様に立ち消える。
途端に力の抜き方や息の仕方を思い出したかのように、肩で息をする男に向けて話しかける。
「別に難しい事を聞きたいわけじゃないんだ。この地の人々の生活や様式、技術や魔法なんかの事に付いて一般的な物を聞きたくてね。しっかりと俺の知りたい事を教えてくれるなら無事に帰す事を約束しても良い。何なら謝礼も渡す事も考えよう。」
逡巡する様に少し考えた後、男が口を開く。
「お前が……、ひっ……」
配下の2人からの圧力が瞬時に増し、息を呑む様に怯えるが、俺が片手を上げる事で圧力はあっさりと霧散する。
「あ、あなたが、ダ、ダンジョンマスターですか?そ、それに俺の他の仲間は?ここはどこ、だ?」
「質問するのはこっちなんだがな。まぁいい。一つずつ答えよう。」
ほっとしたように息を吐く男に、
「まず最初の質問だな。その通り、俺がこのダンジョンを治めるマスターだ。」
「そして、2点目。君の仲間だが、申し訳ないが4人は死んだ。そして4人は逃げたよ。残りの1人は君と同じ様に捕虜とさせてもらっている。」
「3点目だが、想像しているだろうがここはダンジョンの中だ。洞窟部分ではなく、君達が侵入した際に見た塔の一部だよ。」
「そう……ですか……。捕まっているのは誰でしょう?そして死んだのは?」
「悪いな。余りそういった事に興味が無いんだ。だから誰だ、と聞かれても答えようがない。捕らえてあるのは青い髪の女性だと言う事くらいかな?」
「分か……りました…。何でも聞いて下さい。分かる事は全てお答えします。」
「まぁ、そう構える事は無い。本当に基本的な事を聞きたいだけなんだ。どのような物を食べ、どのような生活をしているか。教育や宗教、それから貨幣はあるのか。その価値は?一般の人間はどれ位の収入があり、冒険者はどれ位なのか。奴隷の制度や、国の制度・政策について。また、軍や魔法を使える者、戦力や人数など。」
「分からない事は分からない、と答えてくれて構わない。ただ、もう1人捕虜が居る事を忘れないでくれ。もしも、言っている事に嘘や矛盾などがあった場合には後悔する事になると思うよ。」
答えは無かったが、震え上がっていたので、俺が言っている意味は十分に理解してもらえたと思う。
2人の捕虜が居る意味。別にどちらかが居なくても困らない所か、そのうちには他国からも調査の人員が派遣されてくるだろうと言う事。
また捕まえれば済むだけの話だ。
どんな形にしろ、異文化と言う物はなかなかに興味深い。
例え、俺が人と言う物に興味が無かったとしても物事の成り立ちや習慣の意味なんかは考えると面白い。
どんな事が聞けるだろうか?
読んで頂いてありがとうございます。
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