表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

3/6

 番組やラジオの中で、家族の話が出てくることは間々あったと思う。意識して避けていたとしても、些細な拍子で話題は変わる。その中で、M君がどう立ち回っていたのかというと、どうということもないのがインターネット上での評価だった。まあ彼にとっては家族はいないのがデフォルトであり、幼い頃はともかく、他人の話を聞いたところでさほど感じるものはないのかもしれない。実際M君は、親と暮らさなかったのは相当の事情があると言いながらも、日常の軽い言い口だった。

 年のせいか、目が疲れる。ひとり本宅でPCモニターをスクロールさせていた私は、一度椅子を引いた。インターネットを使えば噂のひとつくらいは拾えるかと思ったのだが、その逆だった。12歳のときにデビューして以降、順調に役を大きくしながら生き残って来たM君は、当たり障りのないものから無関係な第三者が暇潰しに書き込んだとしか思えないものまで、とにかく情報が溢れていた。この中に真実が紛れているとして、判定する材料はない。想像していた展開ではあったが、ここまでとは思っていなかった。

 となれば、やはり、彼の生年付近の時事を参考にするしかない。リストアップしていた項目を、M君が出したヒントと照らし合わせながらひとつずつ調べていくことにした。

 外れが続き、午前2時を廻ろうとしていた。これを潰したら一区切りと思っていたところに、目に留まる記事があった。

 とある有名政治家の不倫が発覚した、というニュースだった。ニュース自体は残念ながら珍しくもないのだが、その相手の女性が賞を冠した経歴のある写真家だったのだ。言われてみれば記憶に残っているのだが、この女性が当時高校を出たばかりの18歳で、しかも既に妊娠しているとかしていないとかで尚更お茶の間の注目を集めていた。

「写真……」

 思わず呟き、公表されていた彼女の活動名を検索バーに打ち込んだ。大抵のページは親子以上に年齢差のある不倫の件ばかりを書き立てていたが、18の若さでその道の受賞歴があるくらいだ。少し探ると、彼女の趣味や生い立ちが掲載されたサイトに行き着いた。そこでまた瞼が知らず開いた。彼女は大のスイーツ好きで、休日の度に専門店やケーキバイキングに足を運んでいたということだった。

 これだと思った。結局妊娠していたのか否かはわからないが、していたとすればヒントと噛み合う。あとはどうにかシャンデリアと関連付けばいい。もしかしたら、そっちは政治家のほうと繋がるのかもしれない。一応調べる必要はあるが、ここまでわかれば今日はもう十分だ。そんな爛れた最中で生まれた子供なら、政治家の父親側はもとより、母親側の親族が拒否するのも無理はないことまで説明がつく。急激に疲労が襲ってきたが、頭の上の重しが取り払われたことのほうが、私の中で大きな比率を占めていた。その日はとてもよく眠れた。

 クリスマスイヴからクリスマスに日付が変わった後、別宅に入るとM君はソファーに座っていた。

「遅かったね。クリスマスくらい早めに切り上げようとか思わなかった? 俺、待ってたんだけど」

 答えに行き着いて以来、会っていなかった。口元が緩みそうになるのを堪えた。M君はそれを見逃さなかった。

「なんかいいことあった?」

「答えがわかった」

 ばれているのだから隠す必要はない。白状すると、M君は、一瞬わからなそうな顔をしてから綻んだ。

「あの話ね。本当にわかったんだ」

「苦労したんだぞ」

「そう。じゃ、これ。お祝いとクリスマスを兼ねて」

 身体を捻り、M君はソファーの裏から赤いラッピング袋を取り出した。リボンは緑色で、片手に載るサイズと載らないサイズでふたつ用意されていた。

「どうせプレゼントとか気の利いたことしないと思ったから、俺がふたつ買ってきた。こっちがロゼワイン。恋人で過ごすクリスマスにおすすめなんだって。広告に出てた」

 次に小さいほうが持ち上げられた。

「で、こっちがアロマキャンドル。クリスマス限定デザインセット。これ今日使っていい?」

「随分浮かれてるな」

「そりゃ浮かれるよー。だって初めてのクリスマスだし。あとケーキ……はさすがに今の時間だと重いから買ってこなかったんだけど、美坂さん、いつもみたいになんか軽く作ってよ」

「言われなくても」

 横を抜けようとした私の手首を、M君は掴んだ。一瞬、景色が一色になった。ただそれだけの後に、M君はにっこりと八重歯を見せた。

「こっちじゃないほうの家で。問題解けたんでしょ? 答え合わせでどっちにしろ本当のことわかるんだから、鍵ちょうだい。そういう条件だったよね」

「君は私の車に乗らないだろ」

「ほんっとに空気読めないオジサンだね。もう電車止まってるし、行きたいって言ったら乗せてけってことに決まってんじゃん。今のこの状況と、今までのその情報って関係ある? それに、言ってなかったけど、撮られてる俺って演技だからね」

 どうにか本宅を教えずに済まないかと思案していたところに、最後の一言だった。好奇心をくすぐられた。本宅のカメラはとっくにバッテリー切れになっていることを、M君はきっとすぐに見抜いてくれる。

 交互にシャワーを浴びてから、ロゼワインで乾杯した。ベッドに潜ると、M君は心持ちいつもより解放的に見えた。暗がりの中に焚いたアロマキャンドルの香りが、柔く寝室に漂っていた。

「シャンデリアだけ」

 一区切りがつき、ふたりで横になっていたときだった。M君は、私から受け取った本宅の鍵を見やった。妻が置き去ったその鍵は、M君の枕元の小棚に置かれていた。

「チョコレートと写真はわかった。でも、シャンデリアだけわからないんだ。どんな形で君のお父さんに結びつくのか」

「お父さん?」

「ほかのふたつはお母さんに繋がるんだから、あとはお父さんだろ。調べたんだがわからない」

「ああ、そういうことか」

 どういう調査をしてどんな結論に至ったのか、もうM君には話していた。ところがどういうわけか、M君の反応は希薄だった。どの角度から調べてもシャンデリアだけがM君の両親に繋がらず、しかも出題者当人の味気のなさも加わって、私の胸には墨を垂らしたような不安が広がっていた。

 だが、まったく関連性のない3個のキーワード中、2個が該当するのだ。残る1個との矢印が不明でも、正解と見做すのが不自然とは私には思えなかった。

「まあいいじゃん。よく頑張ったと思うよ。偉い偉い」

 温もった指先が横顔を這い、同時に髪を撫でられた。そのままM君は私に身体をずり寄せた。

「疲れたんじゃない? ちょっと寝たら?」

「正解は?」

「結構複雑なんだよね。話せば長くなるから、一回寝たいんだけど。美坂さんは眠くないの? 俺よりお酒弱くなかった?」

「そうだけど気になる」

「寝てからにしようよ。俺、なんかすごい疲れてるかも……」

 末尾は欠伸に吸い込まれ、ほとんど聞こえなかった。それを見るとなんだか私も眠くなり、目を擦った。自分でその仕種をしてから、島谷との会話を思い出した。

「話の続きは朝だな」

 M君は既に動く気配がないので、私が身体を起こした。アロマキャンドルを吹き消し、床に放っていたローブを纏った。面倒でも着て冷やさないようにしておかないと、ここから年末までは本当に休めない。

 M君はもう眠っていた。仕方なく毛布を多めに被せ、私はベッドの隅で丸くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ