エキセントリック人物列伝〜豪胆な我妻〜
自分で言うのもなんだが、僕はこれといった取り柄もない、リストラに日々脅えながら生きる、一般的なサラリーマンだ。ただ僕には唯一、他の人とは違う点がある。
・・・・・それは、この上なく美しく、それでいて悲しいくらい偏った考え方を持つ妻がいることである。
「なんかあったのか?百合子」
片手に緑色のスリッパを握った妻が階段の前で突っ立っていた。
妻の名は百合子。管野美穂似の正統派美女だ。ちなみにあのスリッパはトイレ用のスリッパである。
「ゴキブリが出たのだ」
妻はどこか一点を見つめながら言った。
「ゴキブリ。・・・よし。僕がやっつけよう」
豪胆な妻もやはり女。ゴキブリは怖いか、とちょっと萌えながら笑っていると、すっと長い腕を僕の進行方向に伸ばし、道を塞いだ。
「もう私がしとめた。・・・なぜあなたの手を煩わせよう」
妻は表情を変えずに言った。
「・・・・なんだ。てっきりゴキブリが怖いのかと思った」
じゃあ、なぜそんなところに突っ立っていたのか、と妻を見ると
「一発でしとめられず余計な苦しみを味あわせてしまってな。・・・少し後悔していた」
と、妻は僕の目の前に拳を突き出し、握っていた拳を開いた。
・・・・キャーーーー!
地に落ちたのは、なんと放送規制がかかりそうなくらいおぞましいゴキブリの遺骸だった。
僕は情けないことに、高い声を上げてひっくり返ってしまった。
『第十一条 ゴキブリを素手で掴むな』
リビングの掛け軸が一つ増えた。
「・・・また一つ、うちのリビングも賑やかになったな」
掘りごたつでお茶を飲みながらその掛け軸を見て百合子はしみじみ言った。
「・・・百合子。不名誉な記録なんだぞ。これは」
僕は掛け軸を書くのに使った習字道具一式を片付けながら言った。
「母上、また掛け軸が増えたのですね」
5歳になる娘の伊織が百合子の隣で淡々と言う。
「伊織!母上じゃなくてママって言いなさい!!!」
と僕が注意するものの
「呼び方なぞ、なんでもいいではないか。注意すべきことは他にいくらでもあるぞ、伊吉(“いよし”は僕の名前)」
と百合子がいうので伊織は治そうとしない。
あ、だからと言って伊織が聞き分けが悪いわけでは決してない。・・・むしろ三歳なのに大人びているし、かなり良い。ただこの呼び方だけは譲れないようである。
「・・・はあ。ほんとに伊織はキミそっくりだよ」
困るくらいね。
「ふふふ・・・・やったね」
・・・こうして珍しく無邪気に笑う彼女は反則なくらい美しいのである(あほ)。
おかしな文章、おゆるしくださいませ。