Ⅰ:ディザイア・スミルノフ
私が目を覚ました時には、水平線の向こうまで真っ白な地面が広がっている場所にいた。私はここが何処かもわからずにずっと歩いている。寝巻のままで。ふと右を見ると、幼い頃の私が母親と一緒に遊んでいる情景が浮かび上がり、消える。過去の回想が浮かびあっがては消えていくたびに、霧が濃くなってくる。霧が邪魔してよく見えないけれど、小屋のようなものがあるのが分かる。立ち止まってよく観察していると、突然目の前に飲み物が入っている瓶が現れた。
「ん?なんだろ。お酒?ワインかな。ぶどうジュースもアリか。まあ、ジュースってことにしておこう。」
その瓶に触ると埃がかぶっている。かなり古そうだ。手で埃を払うとラベルのようなものが貼られていることに気付いた。
「ワイン?・・・1、4・・・3?年の数かな。やっぱお酒だ。」
私は勇気を振り絞ってワインを口につけた。すると視界が暗転して意識が朦朧とする。私はそのまま地面に倒れこみ、意識を失った。
クリスタルの結晶に映った少女の様子を見て、ディザイア・スミルノフはため息をついた。
「・・・なぜこのタイミイングで現れるの?あの子は。ねえディエゴ。見た?」
紅茶を飲んで待機している男がこちらを見る。男は怪訝そうな顔をして答えた。
「見たよ。あのクリスタルを使い始めて以来の大物じゃない?だってさ、腕のとこに、あったよね。」
――――――スミルノフ家の忠実なる家臣、アシュリー家のトルネコの樹の紋章―――――
見事に声がかぶった。スミルノフ家は、昔は魔法を使って富と名声を得た一族だったが、今はただ単に聖樹を守るだけの一族になり果てた。まあ今も結構重要だが、スミルノフという名前を聞いてもピンとくる人は少なくなってきている。アシュリー家はスミルノフの分家で、家臣になる事を永遠に誓った一族である。だが、ある事件をきっかけにして、アシュリー家はほぼ全滅。残されたのは子供だけ。ディザイアは聖樹の護衛をするとともに、アシュリー家の人間を探していた。
「・・・あの結晶に映るのは私の夢。私の夢は人間は干渉できない。ただし、」
「アシュリー家の人間は干渉できる・・・。」
「ディエゴ・・・。」
ディエゴはディザイアが見つけた最初のアシュリー家の人間だ。それ故、あの子の辛さがわかるだろう。ディザイアの夢に出てくるのは、悪魔、天使、怪物、幽霊、etc・・・。ニーズへックが出て来た時には大騒ぎで運命の神がいない今、どうすればいいのかとても困ったそうだ。でも、そのおかげでスミルノフ家とアシュリー家の人間は運命の神と同じ力を持っていることに気付けた。ある意味感謝できることもあった。
「ディザイア様!!お客様です!」
使いの者が部屋をノックしてそう言った。いきなりだからこの会話を聞かれたかと一瞬ビビったが、あのディザイアだ。彼女の部屋にやすやすとは近づけないだろう。
「ちょっと。こっちに来て・・・。」
小声で呼びかけると使いの者は部屋に入って来た。いつもティーポットを持ち歩いている変わった人だ。
「そのお客様の名前と身分ってわかる?」
「はい。名前は・・・マリー・デュース。身分は、エレン・ペンドラゴンの屋敷のメイドで、アシュリー家の人間と言えばわかるだろうと言っていました。」
「ゲホッ、ゴホッゴホッ。」
ディエゴが紅茶を吹いてむせた。ディザイアはというと、こっちもこっちで頭を抱えていた。
「わかった。入れてもいいけど応接間だけね。」
「了解しました。失礼しました。」
使いの者は出迎えに行ったそうだ。それにしても珍しい。たかがメイドがアシュリー家とスミルノフ家のことを知っているとは。
「ディエゴ、護衛よろしく。万が一の時は殺しちゃっていいから。」
「はーい。じゃ、行こうか。」
「あなたがマリー・デュース?」
「はい。ディザイア様ですね。ご主人様の事は私、ほぼ把握しております。それにしてもここ、薄気味悪いですね。」
「しょうがないじゃない。魔物除けとか、合成用とか。」
「でも、目玉はちょっと・・・。まあ、うちの屋敷もこんな感じの部屋がありますけどね。侵入はかたく禁じられているけれど。あと、ここに来るのに一苦労。飛行艇なんて私聞いておりません。どう登ろうか考えました。」
「今なんて言った?」
「え?飛行艇?」
「ちがう。その前。」
「・・・こんな感じの部屋?」
「そう。あなたの屋敷にこういうものがたくさん置いてある部屋があったとしても、メイドよね?どうしてわかるの?おまじないがしてあって近付くこともできないはずだけど。」
マリーはニヤッとした。私の目をよく見てください、というのでよくみると、オッドアイの黄色の方に模様が見えた。千里眼の模様だ。
「はぁ・・・。今日は何かとため息が多いわ。で、あなたのご主人様は思い出したの?」
「はい。そうみたいです。今朝、起こしに行った時のことです・・・。」
「・・・様。・・・て・・・!」
誰かが私を呼んでいる?あれ、私さっきまで何してたっけ・・・。あ、そうだ。変なところを歩いてて、それでワインを飲んで。そのあとは、よく覚えてないや。
「エレン様!!もう10時ですよ!?」
この声は、マリーか。あれは夢だったのか。まあ、現実には起きてほしくないけど。
「ん・・・マリー、今何時?・・・。」
「だ、か、ら!10時だって言ってるじゃないですか!!」
10時か。10時ね・・・。10時!?やばい寝過ごした怒られるどうしよう。私はとび起きてすぐに着替える。普段は8時起きなのに。2時間も寝過ごしてしまった。
「ごめんマリー!髪の毛梳いてくれる!?」
「しょうがないですね。今日だけですよ?それと、アーサー様がとっても不機嫌ですよ。」
色々うるさい執事と、昨日から来ている隣の屋敷に住んでいる幼馴染のアーサーに、めっちゃ怒られる。アーサーは、時間をしっかり守り、男のくせして品のある奴。よく執事に見習えと言われた。でも、私はまだ直ってない。マリーにもよく言われる。まるで男女逆転したみたいだって。何が悪いってなるけど、長年勤めているメイドは、お母さんもそうだったって言ってよく笑ってたっけ。あ、そういえば、
「ねえマリー。」
「なんですか?痛かったですか?」
「ううん。夢見たんだ。私のちっちゃい頃の記憶が出てきては消えるんだけど、その中にさ、気になることがあってね。」
「気になる?どうして。」
「・・・お母さんの死刑。人前で。たくさん見てた。それになる前宿泊先のとこが燃えて、お母さんと別れた。その時言われたの。」
「なんと?」
「お屋敷の奥の部屋になぜこうなったのか理由があるって。」
「・・・。」
マリーはあの部屋が何のためにあるのか。どうして侵入禁止のおまじないがあるのか大体の見当はついていた。マリーがまだ新人の頃、エレンの両親の会話を聞いてしまったのだ。重い話だった。エレンの父の苗字はアシュリー。それに関する事をすべて母に話していた。マリーはただイヤリングを届けに行っただけなのに、千里眼を使えばよかったと後悔した。マリーは、千里眼が便利すぎる故に知る必要のないプライベートの事まで知ってしまう事が分かっていたので、好んで使わなかった。
「エレン様。お話があります。重いお話です。ついてきてください。」
マリーの顔つきと喋り方が冷酷になった。私はこれまでにない恐怖を抱きながら、マリーについていくことにした。
私たちは一番偉い執事の所へ行き、奥の部屋の鍵を貸してもらい、その部屋へ向かった。
「エレン様。こちらになります。」
私は覚悟を決めて、その部屋に入った・・・。
なんか書いた中で一番長い。これからだんだんダークな展開になるので、めっちゃ疲れるかも。でも、こういう暗い話書くの初めてだし、こういうの好きだから案外楽しかったです。
次回の更新は予定通りにはならないかもしれませんので、ご了承を。