第六話
会場に二人で歩いて向かう途中、潤也はあることに気づく。
―――自分から話を振ることができないと。
女子とどこかに出かけることなんて一度もなかったし、学校では黙ってれば女子が話かけてきた。もっとも、今では話しかけられることはなくなってしまったのだが。
ギャルゲーであれば選択肢が出てきてそれを選べば会話がそれとなく成立する。そんな選択肢は現実にはでてこないので、二人は静寂を保ったまま会場へ向かっていた。
「きょ、今日はいい天気だな」
潤也の知りうる限り、最もオーソドックスな話の振り方だ。三次元の女子に興味がないとはいえ、会話が全くないのは彼にとって気まずい。話の振り方は0点であるが。
霧橋は少し困惑しながら、
「え、あ、うん、そうだね。まさか潤也くん、私に気使ってくれてるの!? 三次元に興味ないんじゃなかったの!?」
「い、いや、確かに三次元はクソだけど、何も話さないのは気まずいなって…思っただけだ」
「三次元の前で三次元はクソって改めて言われると、それはそれで気まずいよ…」
流石始業式でぼっちになった男。肝心なところでどこか抜けている。
霧橋は「うーん」と少し考えた後、
「じゃあ、ちゅききゃんのミナはどこが好きなの?」
その瞬間、潤也の眼の色が変わった。
「それはもちろん、三次元にはない純粋な心を持っているところもそうだが、緑の眼の色、美しい青色の髪の毛、髪型はポニーテ―ルというところがミナの真面目さを引き立たせている。真面目なのにきゃんでぃーの好きな味はドキドキマンモス味というよく分かんない味が好きなところもギャップがあって高ポイントだ。いや勿論ちゅききゃんのキャラは皆好きだが、ミナは格別だ。特に8話のミナとアヤがデパートで迷子になってしまった時、年上のミナが必死にアヤのことを励ましていたシーンも印象的で…」
「そ、そうなんだー」
霧橋はまたしても困惑し、後悔した。まさかこんなに早口になって語れるほど、ミナのことが好きだったとは思わなかったからだ。しかし、霧橋の顔は困惑に囲まれながらも、何故か嬉しそうに見えた。
「でも、そんなにミナのことが好きなら声優とか見ちゃったら冷めたりしないの?」
ここまでミナのことを愛しているなら、中の人を見てしまったら現実に引きもどされてしまうのではないかと霧橋は考えた。子供が着ぐるみの中の人を見てしまうとドン引きするように。
「いや、それとこれとは別だ。ミナは別の次元に生きている。声優とは、それをこの三次元の世界に命を吹き込むものだと俺は思っている。だから、声優さんはミナとは別の存在だ。だから冷めたりはしないぞ」
「じゃあ、ちゅききゃんの原作者とかは? その人がミナを作ったりしたわけだけど」
「霧橋は好きな人の親を見てドン引きするか?」
「いや、しないね…」
よくアニメを見ない一般人が「二次元なんて所詮人の描いた絵じゃん」とか言ったりするだろう。潤也にとってはその考えは甚だ理解できない。彼がそれに対して答えるのならば「三次元だって所詮人からつくられたものじゃん」と言う。ミナは2次元に生きているのだから、原作者を見ても引いたりはしない。むしろ、
「原作者さんはミナを産み出してくれた神様みたいな存在だよ」
彼は空を見上げ、しみじみと語った。横にいる霧橋が何故か誇らしげにしているのには気づかずに。